プリクラ機の中はほぼ密室

服屋を出たあと、俺は袋を2つ持っていた。

片方は伊藤の、そしてもう1つは



買ってしまった…



女性物のブラウスとミニスカート。


買ったと言うよりは買わされたに近いそれを見つつ、前を何事も無かったかのように歩く伊藤の背中を追う。



「あ、海人君!」


ふと伊藤が振り向いた。


「ん、何?」


「ご飯食べよ?」


伊藤が指さす先にあるのはショッピングモールにしては不釣り合いなイタリアンの店。


時刻は11時半。お昼には少し早いけど。

「じゃあそうしよっか」

女子に合わせる、というのがデートのお約束だろう。



そして数分後。


全くわからねぇ。

なんなんだこのメニューは。


店に入ったはいいが、メニューにあるカタカナの羅列の意味が全くわからない。

アッチューガだのヴィシソワーズだのなんだこれ?となるようなものしかない。


せめて写真くらいつけてくれよ…


「決まった?」

平然と伊藤が聞いてきた。

分かるのかこいつは。なんだその意外な知識。


「うん」

もうとりあえず意味のわかるカルボナーラでいいや。






「連絡、無いね〜」

食べ終わり、ちまちまホットコーヒーを飲んでいると携帯を見つつ伊藤が話しかけてきた。


普通に考えて林と吉井のことだろう。


「大丈夫かなぁ」


そう呟きつつ、俺も携帯を確認した。


通知はない。


特になんの問題もないから通知がないのならありがたい。


「あ、海人君」

ふと伊藤が顔を上げた。

「ん?」


「プリ撮ろ?」






ガヤガヤとしたゲームセンター特有の騒音が響く中、伊藤の提案でプリクラ機の中に有無を言わさずぶち込まれた。


「ねぇもっとくっつくの!」


「わっ!?」

そう言うと伊藤は俺の左手を掴んでぐっと寄せた。


直後、3 2 1 カシャッという音声と共にシャッターを切られた。


「んー次は〜…あ、そうだ」

一瞬考えるようにしたがすぐに彼女は行動を起こす。

俺が何か考える隙もなかった。


「ぎゅーっ」

「え、や、ちょっと待って!」

突如、背後に回って思いっきり抱きしめてきた。

背中にむにゅっと生暖かい、でもなぜか心地いい物が当たる。


「ちょ、当たってる、当たってるってば!」


「あーてーてーるーのっ」


そう言った瞬間、再びシャッターを切られた。


表情くらい、作らせてくれよ……

と思いつつ、彼女の腕を解こうとした。


が、解けない。

「え、えっと亜美ちゃん?」


「ほら、ピースして!」


言われるがままに咄嗟に表情を作ってピースサイン。


カシャッとシャッターを切られる。


再び逃げようともがくがその手は離れない。


「ねぇ逃がさないよ?あと3枚もあるじゃん」

ふと彼女が呟いた。


耳元に彼女の吐息を感じ異様なまでにこそばゆい気分になる。


「さ、さすがにダメだって!」

主に俺が。


「えー、何がダメなの~?」

カメラに映るその表情はものすごく意地悪で、妖艶に微笑んでいた。


「え、えっと、そ、それは…」

言葉に詰まる。いや言い様がない。


「はむっ」


「ひゃぁっ!?」

耳を甘噛みされ、思わずビクッと体が反応する。


カシャッ


とその瞬間にシャッターを切られた。


「ね、狙ったね亜美ちゃん」


無駄に余裕を見せようと笑顔をつくろったが画面を見て明らかに引きつっていることに気づく。


「えあっえあいよ〜」


狙ってないよーとでも言ったつもりだろうか。

しかしその口の動きが余計耳を妙に刺激する。


もはやそういうプレイになって来ている。


「いいからせめてもう耳はやめよ、ね?」


自分の顔が赤くなってることに今更気づく。


そろそろ色々と棒のように固くなってきてしまいそうな予感がするがどうしようもない。


「はぁむっ、んちゅぅ、れろれろ」


更に伊藤は俺の耳を舌でいじり回す。


ざらざらと、それでいて生温かい感触が耳だけなのに体全身を伝わるかのような錯覚に落ちる。


「ん、や、だめ…」


これはマジでヤバい。


力が抜ける瞬間、


「なぁにやってんじゃぁー!」


ガサッという音と共にカーテンが開かれた。


「げっ林涼夏…」

その瞬間、露骨に嫌な顔をして彼女はやっと手を解いた。

「すずちゃん!」

やっと助けが来た…凄まじい安心。


「あっ」

なにかに気づいたように個室に入り、ぐっとくっついてきた。


すぐにその意味はわかり、慌ててピースサイン。


そして伊藤も女子特有のカメラを向けられた時に見せる素晴らしい笑顔でその1枚に対応した。


カシャッ


まともな写真は、この1枚だけだった。

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