男の娘

「で、どうしよう~」


机にうつ伏せになりつつ意気消沈した伊藤が嘆いている。


「んー。ほんとに誰も頼れる人がいないとはなぁ…」


正直カップルの知り合いくらい割といるかと思ったら予想以上にいなかった。


「まぁそれならもう仕方ないよね」


鈴木がふと口を開いた。


「飯田君が私たちのどっちかと行くしか」


「んー。まぁそうなるよね~」


それが現状の最善策だろう。しかしそうすると一つ問題が発生する。


「どっちを選ぶの海人君!!」


「うわっ!?」


急に血相を変えて伊藤が飛びついてきた。


「ちょ、ちょっと待って考えさ」


「私?私だよね。ねぇ!!」


落ち着かせようとしてもそれすら許されないほど肩を掴まれぐわんぐわんと体を揺さぶられる。


「はぁ」


そのとき鈴木が小さくため息をついた。


「私その日空いてないから、亜美ちゃんお願いね」


「ほんと!?」


その言葉を聞いた途端伊藤はぱっと明るく笑顔になった。


「全く、わかりやすいなぁ」


若干つられて愛想笑いになりつつ、そう呟いた。

伊藤も、鈴木も。



【5月26日 土曜日 午前10時40分】


俺はいつぞやの痛い記憶を思い出す噴水で2人を待っていた。

隣には既に林がいて、ショートカットの茶髪をくるくると指でいじっている。


「んー来ないね」


ふと林がそう呟いた。


「まだ20分前だからね。仕方ないよ」


そういう俺もここに来たのはつい10分前で、まさか先着がいるとは思ってなかった。


「んー。にしても暇だなぁ」


「そうだね~」


「あ、ねね」


若干上の空になりつつあった意識が林の呼びかけではっとする。


「ん、何?」


「海人君ってどうして女の子の格好しないの?」


「…はぁ?」


唐突な質問にちょっと素が出てしまった。


「だって海人君私より女の子じゃん」


ニヤニヤしながら俺の頬をつんつんといじる。


「男子なんだから当たり前でしょ」


顔を逸らしつつ呟いた。


「ていうか今日の服装私たち入れ替えた方が似合いそう」


林はそういいつつくすっと微笑んだ。

俺は白めのパーカーに、紺色の長ズボン。


ある程度話せるくらいに知識はあるが、自分の服装はそんなに考えていなかった。


林はクリーム色の半袖に、赤いワイシャツを着ずに腰にまいている。

割とぴっちりしたジーパンがより彼女の脚を細く見せた。


「んー。どっちかと言うとすずちゃんが男っぽすぎる気がするかも…」


正直さほど寒くないこの時期の日中は女子ならミニスカか短パンが一番いい気がする。


「まぁこの髪型と合わせるんだし男っぽくなっちゃうよ」


若干苦笑しつつ明るめに言っていた。


「そうかなぁ…似合う気がするけどなぁ」


一度そう思ってしまうとどうしても着せたくなってしまう。

ミニスカやらワンピースやら色々と使って着せ替え人形のように遊びたい。

なおどこかが大きすぎて少しだけへそが出てしまっているいまの服装も好きだが。


「どーこみてんだっ」


「んにゃっ」


その時、ビシッとデコが弾かれた。


「もー何〜!」


叩かれたデコを抑えつつ嘆いた。

赤くなってるんじゃないかと思うほど高火力なデコピンだった。


「何って胸凝視してたのは海人君でしょ」


ちょっと膨らみつつ顔を寄せてきた。


「え、マジ?」


「自覚なし!?」


本当に自覚はなかった。


「…無自覚で胸見るとかやばいよ?海人君」


割と蔑むような冷たい目線を俺に当てつつ呟かれた。


「うぅ、誤解だって~」


ちょっと涙目にして瞳をじっと見た。


「もう仕方ないなぁ~」


そうすると、大抵上機嫌に許してくれる。


「ほんと?ありがとう!」


満面の笑みで胸の内で計画通りとガッツポーズ。


「あ、涼夏~!」


ふと遠くからそんな声が響いた。

聞いただけでわかる陽気な声。


「ひなた~遅いよ!」


林も立ち上がって彼を迎えた。

俺も座りながら笑顔を振りまきつつ軽く手を振る。


「ごめんごめん。二人とも早いな」


こっちまで来ると謝る気のなさそうな軽い謝罪が飛んできた。


「いいよ。まだ約束の時間まで10分あるし」


早く来すぎていたこともあるが、それでも遅れてきたことに軽くても謝るあたり割と良い奴なのか何も考えてないのかどちらかだろう。


「僕は飯田海人。よろしくね」


全力の愛想笑いで右手を差し出す。


「おぉぅ。よろしくよろしく!」


若干変な感嘆の声を漏らしつつニヤニヤしつつ彼も俺の右手を取った。


「あ、俺は吉井日向。日向って呼んでくれな!」


図々しい上になんとなくこういうやつとは関わりたくなかったが、今回に限っては仕方ない…

その時だった。


「海人くーん!」


聞き慣れた声が駆け寄ってきた。


「あ、亜美ちゃん。おはよー」


伊藤は白シャツに赤いロングスカートと割とシンプルな服装だった。

でもその服装は比較的普段の制服姿より大人っぽかった。


「亜美〜おはよ!」


「うん。おはよ」


林の呼びかけに若干ひきつった笑顔になりつつ伊藤も挨拶を返した。

と思ったら、林のすぐ側まで来たところでぎりぎり聞こえるほどの小声で


「馴れ馴れしく呼び捨てしてるんじゃないわよデカパイ」


「ふふん、嫉妬かなぁ?」


いきなりの宣戦布告だったがそれでも笑って対処していた。


「何話してるん?あれ」


ふと男…吉井だったか、が話しかけてきた。


「ま、まぁ挨拶みたいなものだよ。多分」






近場の大きなショッピングモールまで来た。


「じゃあ私たち別に見て回るからなんかあったら呼んでね!」


ふと伊藤がそんなことを言い出した。


「あ、おっけー」


「了解しやした!」


林も吉井もそれでいいみたいだが、それでは今回の目的が果たせない気がする。


「え、でも亜美ちゃんそれじゃ」


「いいから来る!」


林と吉井が二人っきりになってしまうし危ないんじゃないかと伝える前に、強引に腕を引かれ行先もわからぬまま連れていかれた。



「で、二人はどうするの〜?」


試着室の中にいる伊藤に背を向けつつ問いかけた。


「どうせ私たちいたらほんとに襲うかわかんないじゃん」


ガサガサという衣擦れの音と彼女の声が響く。


「だから緊急事態になったら呼ぶようにって伝えてあるの」


お前らいつそんなこと話してたんだよ…と少し不思議に思った。


「その方がほんとに体目的がわかりやすいでしょ」


「んー。まぁ確かに」


ちょっと危ない気もするが、既に分かれてしまった以上仕方ない。

その時、カシャッという音を立ててカーテンが開かれた。


「海人君、これどう?」


彼女は紺色のワンピースを着ていた。

胸の少し下あたりでキュッと締められた形状がよりスタイルをよく見せる。


「うん。似合ってるよ」


と言ったがワンピースなんて平均的な体型してれば誰でも似合う…と言うのは置いておこう。


「じゃあ次は海人君の番!」


「え?」


そういう彼女の手には白いブラウスとミニスカートがあった。


「えっと…僕男の子なんだよね」


愛想笑いすらぎこちなくなりつつ1歩後ずさり。


「男の娘ね。覚悟しなさい海人君!」


「え、あ、ちょ!」


逃げようとした瞬間に腕を掴まれ更衣室に服共々ぶち込まれた。

急いでカーテンを開けようとしたが、開かない。


「着たら開けてあげるね!」


カーテンの向こう側から話しかけてきた。


「えー…」


どうやら着ないと終わらなそうだ。

もう一度伊藤がもってきた服を見る。

ブラウス、男子で言えばワイシャツと、ミニスカート…


「マジかぁ…」


そう小さく呟いた。





「可愛い。可愛いよ海人君!」


足がすーすーする。上には制服を着ていて下はほとんど着ていないような感覚。

思わず手がスカートの布を伸ばそうと下に引く。

違和感しかない。


「こっち向いてこっち!」


仕方なく少しだけ伊藤の方を見る。

するとカシャシャシャシャっと凄まじいカメラの連射音がなった。


「も、もう、そんな撮らないでよ!」


足に安心感がない。布を巻いてるだけなので実際肌に触れてるのは下着だけと言ってもいい。

しかし辛うじて隠れているというのがもう逆に恥ずかしい。


「かわいいよ海人君すんごく可愛い!」


伊藤は変態のように顔を赤くなお息を荒くして写真を撮り続ける。


「お、終わり!!」


思わずカーテンを閉めた。


変な羞恥プレイのような感覚になってしまう前に、すぐに着替えて更衣室をあとにした。

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