偏差値が高い学校ほどカップルが少ない

【5月22日 火曜日 午後3時20分】


「こんちゃ~」


軽く挨拶をしながらドアを開ける。

中には既に鈴木と伊藤がいた。


「あ、海人君こんちゃ〜」


無邪気にニコニコしながら軽く手を振って返してくれた。鈴木は何も言わずに携帯をいじっている。


「うん。課題やってるの?」


伊藤の机には四百字詰めのよくある原稿用紙が置かれていた。


「ううん。遅刻の反省文」


にひ〜となんの反省の色も見せずに笑う彼女が書く反省文に意味なんてあるのだろうか、と若干疑問に思う。


「も~。遅刻しすぎると進級やばいよ?」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと考えて遅刻してるから!」


これについては割と真面目に心配していたのだが、こちらの心配など彼女は知る由もない。


コンコンっと部室のドアがノックされた。


「あ、どぞ〜」


元気よく伊藤が許可を出した。

ガチャっと古風な金属音とともに開かれた扉から、短くもサラサラ揺れるショートヘアに可愛らしさを感じさせる少女が姿を現した。


「海人君こんちゃっ」


小麦色の肌、若干色素の抜けた茶髪、あどけなさを強調する八重歯。

全体的に幼げにまとまった彼女とは面識があった。


「すずちゃんじゃん。久しぶり〜」


「知り合い?」


ふと伊藤が肩をつんつんしながら聞いてきた。


「うん。去年クラス同じ。林涼夏ちゃん」


ちょっとだけ声を潜めて答えた。


「ふ〜ん」


そういう彼女の目つきは若干鋭い。


「あのね、私も色々あるんだよ〜」


そう言いつつ伊藤と対面するように席に座り、両手を足の間に置いた。


「むぅ…」


その姿勢はより、胸を強調させた。


制服姿だと若干スタイルが影に隠れるが、それでも隠しきれない大きさだ。

全体的に幼く、なおかつ言動も幼げな彼女の持つ最終兵器である。


「ん~」


「え、えっと、どう…したの?」


伊藤はじーっと林の胸を凝視し続けており、林は全く彼女の行動を理解出来ていない。


ふと気になって鈴木の方を見てみると、彼女ですらちらちらと林の方を盗み見している。


「ぐっ…負けた」


ふと伊藤がポツリとそんなことを漏らした。

一目見た瞬間から負けている、という感想は置いておく。


「で、どうしてここに来たの?」


逸れていた話のレールを無理やり戻した。


「あ、あのですね〜私今度デートすることになっちゃってさ」


「え、すずちゃん彼氏いたの!?」


前はそう言う噂が全くなかった。

特に好きでもなんでもないけれどなんとなくショックを受けるのは何故だろうか。


「あ、彼氏じゃないよ。男友達」


「へ〜そうなんだ」


なんだ紛らわしい。

彼氏じゃないならデートって言うなよ。

と思いつつも少し安心してしまうのはなぜだろうか。


「海人君は彼女いるの?それとも彼氏?」


唐突に林が話を振ってきた。


「どっちもいない。彼氏ってなんだよもう」


無論俺にホモの趣味はない。

直也のせいで若干そういう噂が立ちそうなのは自覚しているが。


「あ、膨れてる。かーわぃっ」


演技だけどな。と心の中で呟いた。


「で、なんのお話でしたっけ?」


割と棘を感じさせつつ伊藤が横槍をさしてきた。


「えっとなんの話までしたっけ?」


「で、え、と、の話でしょうが!」


やたら伊藤がカリカリしている。

相変わらず女子との相性は全般的に悪い。


「あ、そうそれ。私今度男友達とデートするんだけど、そいつ体目的とかって噂あるの」


「その胸のせいね」


俺が何かを思うより先に伊藤が小声で呟いた。


「ふふん。嫉妬かなぁ?」


どうやらその声は聞こえていたらしく、林は組んでいた腕を上下させてさらにそれを強調した。


「う、うるさいなぁ!でっかいからって偉くないんだから」


机に両手を付き立ち上がって激を飛ばしている。

うるさいと言ってるが伊藤が最も声を張っている。


「小さいことの言い訳?見苦しいなぁ」


キーキーうるさい伊藤を林は余計焚き付けた。


「ほらほら、もういいから座って」







かなり呆れつつ二人を制止したが、伊藤はまだ頬杖をついて不機嫌感を醸し出している。


「で、体目的に思われてるから何しろっていうのよ」


不機嫌にむすっとしつつも会話の進行は続けるようだ。


「だからさ、ダブルデートしたらいいんじゃないかなって」


林は得意げに提案してきた。


「…それで、私たちにカップルをやれと?」


そういう伊藤の口は笑っているが目に光はない。


「うんうん。流石にほかのカップルいたら襲わないでしょ~」


「あーもう!」


再び伊藤が机をついて立ち上がった。


「私生憎ながら彼氏も仲がいい男子もおりませんのでダブルデートのご提案は却下させていただきます!」


いや俺は仲良くないのか…と少し傷ついた。


「えー。海人君は仲良くないの?」


俺の思ったことをそのまま林が口にした。


「海人君は女の子です!」


「違いますけど!?」


伊藤の迷いない答えに、突っ込まざるを得なかった。






「そういうことで、今週の土曜日お願いしまーす。場所と時間はまた連絡するね!」


ガチャっと言う音ともに林は教室を出た。

まだ誰が行くかも決めてないのに。


「私あいつ嫌い!」


唐突に伊藤が叫んだ。


「どうしたの急に」


「胸だけじゃないのあんな奴!」


どうやらまだ根に持ってるみたいだ。


「胸なんてそんな重要じゃないから大丈夫だって」


もちろん大きい方が好きだけど。


「そもそも、私だってそんなに小さいほうじゃないのに…」


そう言いつつ両手を自分の胸に当て始め、思わず目線をずらした。


「そう言えば静凪も意外とおっきいよね」


「え、いや、別に…」


伊藤が鈴木に話を振った。

まぁたしかに伊藤よりは大きい…かもしれない。

この前家に来た時のインパクトがでかい…


「ねーずるい〜!」


「えっと、そんなこと言われても…」


子供のように駄々をこねる伊藤に、ただひたすら困り果てる鈴木。


もう9割型伊藤の八つ当たりになっている気がする。


「大人しそうな顔しやがってこのむっつりスケベ!」


ぷくっと膨らみつつ変態なおっさんみたいなことを言い出した。


「す、スケベじゃない…」


鈴木は顔を赤くしてぶんっと顔を逸らし、ポニーテールがそれを追うように揺れた。


「はぁ、もうそんなことよりダブルデート、どうするかでしょ」


なんとなく2人のやり取りを見ているのも飽きたので口を挟んだ。


「ん〜」


伊藤は考え込むように顎に手を当てて唸った。


「わっかんない!」


そして満点の笑顔で開き直った。


「あー。はいはい」


まぁ元よりそんなに期待してなかったのでそれでいい。


「まぁとりあえず僕達が知ってるカップルに頼むしかないよね」


実際ただ林が無理やり個室に連れ込まれたりするようなことがないようにするためなのだから俺と誰かでも問題は無いのだが、俺の見た目的にダブルデート感が一切出ないだろう。


「ということで、丁度いいカップル知ってる人〜」



そう声をかけたものの、誰一人として微動だにしなかった。


「…非リア高校」


鈴木がぼそっと呟いた。


「うがぁ〜〜〜彼氏欲しい彼氏が、彼氏がぁぁ〜〜!!!」

そして伊藤は『非リア』という単語をきっかけに発狂し始めた。


「だめだわ。この部活」


この惨状を眺めて、一人小声で呟いた。

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