俺に力なんてない

【5月20日 日曜日】


駅近くのファミレスで鈴木と今日の計画について話し合っていた。


「大丈夫?静凪ちゃん」


相変わらず無表情な彼女にそう問いかけた。


「うん、大丈夫」


淡々と答えてはくれたが、先程から飲み物に口をつける回数が多いのに気づいていた。

そして全く目を合わせない。


言葉では大丈夫、と言っているが、緊張しているのだろう。


こういう時どうすればいいか、俺にはわからなかった。


その時、携帯がピコンッと音を立てた。

メールだ。


差出人の欄には『大原康太』と書かれていた。


「準備出来たぞ。いつでも行ける」


という内容のメールだった。


「了解。」


その時の時刻は午後1時55分。

約束の時間の5分前だ。


「行こう。静凪ちゃん」


俺の鼓動は焦るように早くなっていた。

しかし、この状況は俺が鈴木を引っ張らなければいけない。


腹を括るしかない。


「…わかった」


多分、鈴木はまだ決意しきれていない。


どうして出来ないのかはわからないが、彼女の中でいくつもの葛藤があるのだろう。


だが、俺がするべきはこの問題を解決することだ。

そんなこと、気にしてる場合じゃない。


彼の携帯から、鈴木に関するデータを一切消させる。

それだけは、絶対に達成する。



ファミレスを出て、駅の方の噴水付近をざっと見渡した。

2人の男がいた。


スポーツ刈りで、遠目に見ただけでも分かる大柄な男。よく見ればピアスもつけている。


もう1人は、身長165くらい。俺よりちょっと高い。

雰囲気でいえば落ち着いていて、真面目そうだった。


「あっち、だよね?」


俺は、真面目そうなやつを指さした。


「うん。そうだよ」


その答えを聞いて、俺はそっと胸を撫で下ろした。

まぁ初めからわかっていたのだが。


「じゃあ、行こっか」



「こんにちは。大垣くん」


そいつの元に行くと、先に鈴木が声をかけた。


彼はいじってきた携帯をポケットにしまい、鈴木の顔を少し見てから、俺の顔を凝視した。


「どうしたの。静凪。そいつは誰?」


彼は引きつった笑顔を作り、鈴木の方を見て話し始めた。


「私の彼氏。海人」


そう言いつつ、俺の左腕に抱きついてきた。

一瞬ドキッとした。


呼び捨ての上この演技は中々やるな。少し感心した。

そんなことを考えている中でも、2人の会話は続く。


「へぇ。そうなんだ」


彼の表情から愛想笑いは消えた。


「で、何?」


目つきは鋭くなり、眉間にはシワがよっていた。

その声は低く、鈍く胸を刺してくるような嫌悪感を感じた。


「私に関しての携帯のデータを消して。それでもう関わらないで」


鈴木の声は力強かった。俺の腕を掴む力も、言葉を発する度に強くなっている。


「なんで。別にいいじゃん」


彼は不器用に笑顔を作って気丈に振舞おうとしている。


「なんでって…」


彼女はそこまで言って言葉に詰まった。

その先に続く言葉は、関わりたくないから、とかそのへんだろう。


それを言えない理由は、彼女が優しすぎたから、だろうか。


「別にいいって?」


俺は、口を挟んだ。


「お前が良くっても俺は良くねぇんだよ。あと静凪もだ」


出来る限り威圧感を与えられるように、彼の目をじっと見つめて逸らさないように意識して発言した。


「うるせぇな。チビが」


上から見下される。

こんな見た目じゃ、正直何も出来ない。


「じゃあ、意地でも消さねぇってことか?」


できる限り、声のトーンを低くして睨みつけながら問いかけた。


「あったりまえじゃん。彼氏だかなんだか知らないけど、静凪の彼氏は俺なんだよ。調子乗んなやガキ」


胸ぐらを掴まれ、グッと寄せられた。


「飯田君!」


鈴木の左袖を掴む力が強くなった。

口調も目線も声色も、全て意識したが、全くの無意味だった。

彼からしたら、言葉通り『クソガキ』がイキってるようにしか感じないだろう。


「そうか。じゃあお前と話すことはもうない」


俺は力いっぱい彼の胸を押し返した。

胸ぐらを掴んでいた腕は外れたが、一歩後ずさりしただけだ。

俺の精一杯はその程度だった。


「調子乗んなよクソガキ!」


その言葉と共に、固く握られた拳が顔面めがけて飛んできた。


思わず目を瞑ろうとする本能に逆らって、必死に拳の行く末を探る。


特に腰のひねりもない拳。伸びもない。

だから多分、当たっても、


「ぐぁっ」


ゴツンっと鈍い音を出して視界が揺れた。

その衝撃に、思わず声が漏れた。


「飯田君、大丈夫!?」


後ずさりする俺の左腕をぎゅぅっと抱きしめて彼女は叫んだ。


「なんでよ。殴らなくてもいいじゃん!」


その声は、潤んでいた。

大垣に対して切実に声を上げる彼女の腕を握る力はさらに強くなっている。


「いいんだ。静凪ちゃん」


半分泣きそうになってる彼女の頭を軽く撫でた。


「あとは頼む。康太」


「おい、お前」


少しだけ離れた場所で座っていたスポーツ刈りの男が声をかけた。


「はぁ?」


大垣は気だるそうに彼の方に振り向いた。


「これは流石によ、警察行きってやつじゃねぇか?」


彼が呈した携帯の画面には、これまでの俺達の様子がしっかりと記録されていた。


もちろん、俺の顔面に拳がめり込む所まで。


「誰なんだよお前は!」


そう言いつつ大垣は彼の携帯めがけて掴みかかった。

「おぉっとあぶないあぶない」


言葉とは裏腹に、するりと軽くステップを踏んでかわした。


康太の口元は笑っていた。


「どうせならストレートがよかっただろうが、すまねぇな」


しかし、彼の目は大垣自身を突き刺すような、貫くような鋭さがあった。


あの時の目だ。


彼がそう言った直後、湾曲するように踏み込まれた足に連動したカーブする拳が、


ゴッ


と、腹から出る音にしては異質な音とともにめり込んだ。


「ごふっ、がっ、ぐが」


半分嘔吐くような声とともに、地面に膝をついた。

その光景を見ていた鈴木は、ひっと目を背けた。


そして俺は、大事になる恐れを抱き、周囲を見回した。

だが、幸いなことにみんな少し見てはすぐに目をそらす。


『見てないふり』と言ったやつだろう。


「ありゃ、これじゃ俺も同罪だな」


康太はしゃがんで大垣と目線を合わせ、そう呟いた。


「互いに警察のお世話にはなりたくねぇだろ?じゃあ俺もこの動画消してやる代わりに、お前もその子に関してのもの、全部消せよ」


大垣は、無言で立ち上がって、携帯のロックを解除して俺に差し出してきた。

俺はそれを、静凪に渡した。



しばらくすると、彼女は俺にその携帯を渡してきた。


「もういい?」


「うん」


彼女は小さく頷いた。


俺はその携帯を受け取り、大垣に渡した。

彼は携帯を受け取った。


「ちっクソガキが」


そう悪態をついて、彼は背を向けて去っていった。




「全く、最後までなんか腹立つ野郎だな?」


大垣が去っていったのを見て、康太が口火を切った。


「そうだね。でも、ありがとう」


協力してくれた彼に、素直に感謝した。


「いいってことよ。んじゃ、またな」


そう言うと康太はそそくさと背を向けて歩き出した。


「待って!」


突然鈴木が、声を上げた。

康太も驚いたように振り向いた。


「あの、その。ありがとっ」


鈴木は、勢いよく、深々と頭を下げた。

康太は一瞬、呆気に取られたように口を開いたが、すぐに閉じた。

すると、ニヤニヤと笑みを浮かべて、


「感謝なら、一発殴られたそいつにしろよ」


そう言いつつ、なんだかんだ上機嫌な様子で去っていった。


「…ごめんね。怖いとこ見せて」


未だに腕から離れない彼女に、できるだけ優しく話しかけた。


「ねぇ、飯田君」


呼びかけてくる声は、少し震えていた。

彼女は俺の左腕を強く、しがみつくように抱きながら。

そして、呟いた。


「ちょっとだけ、家行ってもいい?」

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