彼女はその一言で察する

【5月14日 月曜日 午後3時30分】


「こんちゃ~」


放課後、ノックもせず部室のドアを開けた。


「あ、海人君だ」


先に部室に来ていた伊藤が反応した。

部屋を見渡す限り鈴木は見当たらない。


「静凪ちゃんは?」


「せな?」


伊藤はきょとんとした顔で聞き返して来た。


「あ、まだ言ってなかったね」


その時、トントンとドアが叩かれた。


「あ、どうぞ〜」


伊藤が先に声を張った。

ドアはガチャっと音を立てて、例の彼女の姿が見えた。


「こんにちは」


控えめな声で挨拶しながら、部屋にするりと入ってきた。

俺も席を立って、彼女の隣に立ち伊藤に向き直った。


「新入部員の鈴木静凪。訳あって転部してきたの」


「え、訳あってって訳分からないんですけど」


説明がざっくりしすぎで混乱してるのか、なんだかあたふたしている。


「えっと、よろしくお願いします」


鈴木は丁寧に伊藤に頭を下げた。


「よ、よろしく…」


彼女はまだ状況を飲み込めてないみたいだ。昨日のこともあり少し気まずそうだ。


しかし、今はその心配をしてる場合じゃない。


「まぁ、いきなりだけど亜美ちゃん。僕はこの子と話があるからちょっと抜けるね」


「はぁ!?」


まずは鈴木のために二人で話しあわなければならない。


おそらく伊藤が聞いていても邪魔になるだけだ。


流石に伊藤を追い出すのも少し悪い気がするので、大人しく鈴木を連れて部屋を出ることにした。


「ほら、行こ!」


「はーい」


鈴木の手を引いて部室を出た。


「あ、ちょ、ちょっと!」


伊藤の呼び止めを無視して、バタンっと勢いよくドアを閉めた。


「さて、彼のことで少し話―――」


喋りだそうとした俺の唇を、鈴木が人差し指で触れて止めた。

唐突な鈴木の行動に、一瞬動揺した。


そして、どうしてそんな行動をしたのか考える前に、彼女が口を開いた。


「あんまりその事についてはここで話したくないかな」


「…ごめん。確かにそうだね」


だとしたら2人で落ち着いて話せる場所を考える必要がある。

そこで思いついた場所を俺は適当に彼女に伝えた。


「1、ファミレス。2、カラオケ。3、僕の家。どれがいい?」


「な、なんだかどれも微妙だね」


彼女はちょっとだけ眉を寄せた。


「そ、そのくらいしかないでしょ」


「んー。一番近いのは?」




「亜美ちゃん、僕帰るね!」


ドアを開けて早々言い放った。


「は?」


彼女は正しく訳が分からないと言った表情で、俺に威圧のような目線を向けてきた。

俺はとにかく急いで2つのカバンをとって部室を出た。


「おい飯田ぁ!」


おぞましい悪魔の遠吠えのような声に背筋を凍らせながら、まるで何かを封印するようにドアを勢いよく閉めた。


「はい、静凪ちゃんの」


俺は持ってきたカバンの片方をドアの前で待機していた鈴木に渡した。


「ありがとー」


感謝はしているのだろうが、無表情すぎるからか全く伝わらない。感謝されてる感ゼロだ。


「うん。じゃあ行こっか」


俺は、彼女の少し前を早歩きでリードした。







「ただいまー」


帰ってくる声はない。


その代わり、「おじゃまします」という声が続いた。


「まぁ親もいないから、自由にして」


「そうなんだ~」


…ここでどうして?とか聞いてこないあたりこいつは、本当に俺に対して興味が無いのだろう。

勝手にそんなことを思って落胆した。


「僕の部屋2階だから、とりあえず来る?」


「あ、うん」




特に嫌がる様子もなく、簡単に部屋に連れ込むことが出来た。


彼女は入ってすぐ、壁に背をつけて体育座りのように腰を下ろした。


なんだかんだ、ガードが緩すぎる。

これは男子から狙われても仕方ない。


なんか少し呆れた。


そんなことを思いつつ、俺もベッドに腰掛けた。


「なんか意外」


鈴木が珍しく自分から話しかけてきた。


「どうして?」


「飯田くんってもっと女の子っぽい部屋かと思ってた」


「ぼ、僕は男子だからね」


部屋の中まで演技出来るか、と胸の内で呟いた。

その時、メールが一通来た。

伊藤からだ。


「今度好きなだけ言い訳しなさい。全部聞いて踏みにじってあげるから」


お前も昨日逃げたじゃねぇか。まぁ今はこいつに構ってる場合じゃない。

俺はさっそく、本題に入ることにした。


「まぁ、彼のことについてなんだけど」


鈴木は、伏せがちだった顔を上げた。


「結論から言うと、僕が彼の携帯のデータを消すのは不可能かも」


そう言うと、彼女はまた顔を伏せた。


「でも」


俺は言葉を続けた。


「彼自身が消さざるを得ない状況にすることは、出来る」


伏せた顔をあげて、俺の目をじっと見つめた。その表情は、僅かながら驚いていた。


「…かもしれない」


自己防衛本能的なものだろうか。思わず目線を外し、そう付け加えてしまった。


「いいよ」


彼女はそんな頼りがいのない俺の答えを、承諾してくれた。


「少しだけでも可能性があるなら、そうして欲しい」


その声色は、弱々しくなかった。


「私、なんでもするから」


「おぉ…」


その言葉におもわず男の反応が出てしまった。

無論、彼女にそんなゲスいことをさせる気は無い。


が、

なんでもするって言ったことは、決して忘れないでおこう。


「それで、私に何か出来ることはある?」


俺がしょうもないことを考えてるとは知らない鈴木は、真剣にその事について話を進めようとしている。

俺も思考を切り替えて、簡単に彼女がするべきことを伝えた。


「関係を切りたいやつをデートに誘って。それと、僕と付き合って」


そう言った瞬間、彼女は初めて大きく目を見開き、しばらく驚愕の表情を維持していた。


「え、えっと、ごめんね。まさか付き合えなんて―――」


「一日だけ、ね」


振られる前に重要な情報を吐き出した。


まぁ、OKだったらOKだったで付き合ってしまうのもありかとは思っていたが、もちろんその後にも1日だけ、と付け足した。本当だ。多分。


「…必要な事なんだね」


その声色は、少し沈んでいた。


「やるよ。彼女。デートにも誘う」


そして、いつか聞いたことのある決意した時の声色に変わった。


「ありがとう」


静かに感謝を述べた。


「私のセリフだよ」


鈴木は、すっと立ち上がった。


「こんなに私のために動いてくれて、ありがとう」


彼女は軽く微笑んだ。

だが、それはまだ儚い。

感謝されてる。でもまだ優越感に浸るのは早すぎる。


「解決したら、亜美ちゃんとクレープ食べに行こうね」


冗談混じりにそう言った。


「うーん。私多分伊藤さんに嫌われてるしなぁ」


彼女の声から抑揚は無くなった。


「え、どうして」


「で、私はいつ飯田くんの彼氏になればいいのかな?」


俺の質問には答えず、鈴木はすぐに問い返してきた。




鈴木が問題の彼に電話をかけている。

しばらく発信音が響いたあと、僅かだが男の声が聞こえた。


「あ、大垣くん?…うん…はい」


彼女はぎこちなく会話を始めた。

俺は小声で彼女の耳元に


「スピーカーにして」


と囁いた。

するとすぐに、男の声が広く届くようになった。


「セナから電話なんて珍しいね。どうしたの?」


その声に聞き覚えはなく、正直悪い声ではない。


「えっと、今度の日曜日空いてる?」


鈴木は相手の質問には何も答えず、淡々と質問だけをぶつけた。


「え、日曜?」


「うん。20日」


「あぁ、空いてるよ!」


相手の声は嬉々としていて、この約束になんの疑いもかけてないだろう。


「駅前の噴水で2時に待ち合わせして」


俺は通話相手に聞こえないように、出来る限り小声で耳打ちした。


「じゃあ駅前の噴水で、午後2時ね」


鈴木はそう言って、相手の返事を聞く前に通話を切った。

まぁあの様子なら確実に来るだろう。

デートかなんかと勘違いしてるんだろうか。


これで全ての布石を打つことが出来た。


やっと、この騒動を解決することが出来る。

そう思った時、鈴木は携帯を落とし両手で床を突いた。


「す、鈴木!?」


意識ははっきりしてる。

しかし目を固く瞑って歯を食いしばり、息も荒くなっている。


急なことに思わず苗字で呼んでしまった。


「どしたの。体調悪い?」

唐突な自体に俺はかなりテンパった。


「ち、違うの」


彼女は、珍しく声を張り、勢いよく俺から離れて壁を背に体育座りをした。


「ごめんね、なんでもない」


「なんでもないわけ―――」


「なんでもないの!」


彼女は目を伏せたままそう叫んだ。

少しだけ息の詰まるような沈黙が部屋に響いた。


「…そっか」


俺は詮索をやめた。


「うん…」



再び、静寂が訪れた。



1分にも満たない静けさだ。

しかし、異様に長く感じる沈黙に、俺はどうすることも出来なかった。


「じゃあ、私帰るね」


鈴木が口を開いた。


「あ、またね。静凪ちゃん」




バタンっという音と共に彼女は俺の家を出た。




「…はぁ…」



1人になった家で、深々とため息をついた。




鈴木がいなくなった後、伊藤に今週は部活を休む、とだけメールした。


「そっか」


そう簡単な返事だけ、帰ってきた。


そして、学校でも伊藤から話しかけてくることは極端に減った。

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