顔文字の乱用は時に人を苛立たせる

4桁の暗証番号。

0000から9999までの10000通り。

誕生日とかを知っていれば僅かながら希望はあるが、それすら知らない。


鈴木が帰ってくるまでの数分に、それを当てることなんて不可能であることは小学生でもわかる。


覗き見る事は無理か、と諦めかけた時。


その携帯に、1件のメールが来た。

そのメッセージの内容は、ポップアップで表示された。


「セナは彼氏とかいないよね?」


差出人の名前はogakiと書いてあった。

大垣、だろうか。


「別にいないなら付き合ってくれてもいいじゃん」


続けざまに通知が来た。


「他に好きな人がいるなら諦めるけど、いないんでしょ?」

「またブロックしたの?」

「何度でもアカウント変えてくるからね」

「逃げても無駄だよ」


「愛してるよ。セナ」


その後も、しばらくこいつからのメールは続いた。

背筋が凍った。


「…クソ野郎」


静かに舌打ちして、呟いた。


彼女は逃げていた。逃げられなかったのではなく、いくら逃げても追われ続けていたのだ。


つまり彼女は今も逃げ続けているということ。


俺は、鈴木の携帯をマナーモードにして静かに彼女のカバンの中に戻した。



しばらくすると、鈴木は戻ってきた。


「ただいまー」


「あ。おかえり」


教室に入ると、椅子に座って、ふぅ、と一息ついた。


「ちゃんと転部できた?」


できる限り普段通りに接するように、ちょっと無理して愛想笑いを作り続けた。


「うん。大丈夫」


俺にクリアファイルを渡しながらそう答えた。


「どこに転部したの?」


「え、ここだよ?」


その答えを聞いた瞬間、思わず席を立った。


「な、なんで!?」


「だってほかに入るとこないもん」


「いやあるでしょ…絶対ある」


なんとなく思い浮かべただけだが、軽音部とか適当なとこに入ればいい気がする。


「むぅ。そもそも退部届けじゃなくて転部届けを持ってきたのは君なんだから仕方ないでしょ!」


「…まぁ、たしかに」


痛いところを突かれたからか、反射的に彼女の言うことを認めていた。


「じゃあ私もう帰るね」


時刻は5時。部活を終えるには少し早い。


「あ、待って」


やらなければならないことを思い出し、咄嗟に呼び止めた。


「ん?」


鈴木はくるっと回ってこっちに体を向けた。


「連絡先交換しておこう」




家に帰ってから、俺はとある友人と電話をしていた。


「まぁ、頼むって」


俺はそいつに頼まなければならないことがあった。


「はぁ?俺がそんなことやってるほど暇に見えるか?」


携帯から半分嘲笑するような口調の男の声が響く。


「見えるわアホ。お前学校行ってねーだろ」


そう言うと、彼は、はっはっはと愉快に笑い始めた。

こいつの笑う理由はイマイチ分からない。


電話相手は大原康太。中学時代の友人だ。そして尚、俺が『可愛い』芝居をしてることを知っている人物。


ある程度長い付き合いであるから、互いのことは割と理解している、つもりだ。


「仕方ねぇなーお前がそんなに言うなら協力してやるよ」


やたら上機嫌にそう言ってくれた。

俺が言葉を発する前に、彼は続けた。


「お前がクソ野郎って思うなら、相当なやつなんだろうし」


その声にふざけた調子はなかった。


「ありがとう」


「その言葉は終わってからでいいんだぞ」


「はいはい。日時はまた連絡する」


「了解」


彼の返事を聞いてから、俺は電話を切った。


これで1つ目の準備が整った。

俺は2つ目の準備にかかるため、鈴木に


「月曜放課後部室来てね!」


と、メールを送信した。


しばらくすると、


「あ、うん」


とだけ返事が来た。女子らしくないなぁ簡素だなぁ可愛くねーなぁ。

と、思っていた時だった。


「かいとくん(。・ω・)ノ゛ コンチャ♪」


と顔文字を使った可愛らしくて女子らしいメールが来た。


差出人は、伊藤亜美。

あー。伊藤ね。はい。

ちょっとだけ気が滅入った。


どんなに可愛いメールでもこいつだと可愛さよりあざとさのウザさが勝ってきてしまうのは何故だろうか。


「どうしたの?」


とだけ送り返すと、すぐに返事が来た。


「今日は部活任せっきりにしてごめんね?」


なんだ。その事か。確かにこいつ部長のくせにすぐ消えたまま帰ってこなかったな。


「別にいいけど、何してたの?」


「バイト((*゜Д゜)ゞデシ!」


その返事を見た瞬間、あ、うざ。 と口に出そうになった。


「はいはい、明日はちゃんと来てね」


「ハゥイ(゜ω゜`)ノ」


ウザすぎるだろこいつの顔文字。 煽ってんのか?

一言うぜぇと言ってやりたい気持ちを抑えつつ、俺は携帯の電源を落とした。


落としたあとに、伊藤に鈴木が入部したことを伝え忘れたことに気づいた。


「…まぁ、いっか」


問題にはならないから大丈夫だろう。

そう正当化して、俺はベッドに倒れ込んだ。

やっと、今日の部活動が終わったような感覚だ。


今日は、やたら長く感じた。

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