セキュリティ

俺は、教室を出て職員室に向かった。


「石塚先生いらっしゃいますか?」


「はーい」


職員室だからか、小声に返事をした女性の教師が俺のもとへ寄ってきた。

2年4組の担任であり、1年の頃も俺の担任の教師だった。


「退部届けを頂きたいです」


「え、まだ1日目じゃない!?」


驚いたのか、声が少し大きくなった。


「い、いや、訳あって必要になって…」


とりあえずここで躓いていては進展しない。

必死に言い訳をしようとしたが、上手い言い訳が思いつかなかった。

自分が退部するわけじゃないしな…


「えぇ…」


先生も全く納得していない。

そこで俺は1つ代替案を思いついた。


「あ、やっぱりいらないです」




クリアファイルを片手に、俺は部室、展開33に戻った。

ドアを開けると、中のポニーテールの彼女は、携帯をいじっていた視線を上げて、俺の方を見た。


「あ、おかえりー」


相変わらずその表情は無だ。


「はい」


俺は持ってきたクリアファイルを渡した。


「転部届け…?」


「うん。流石にただ退部じゃなんかあれだし」


ほんとは退部届けをもらう言い訳が思いつかなかっただけだが。


「で、私にほかの部活に逃げろって言うんだね」


「ご名答」


「はぁ。そっか」


彼女は落胆のような表情を見せた。


この感情の動かなそうな彼女をここまで落胆させてしまう答えだったと思うと、少し罪悪感を持ってしまった。


もちろん、彼女が落胆した理由は分かっていた。

転部も退部も、出来るのならば既にやっている、ということだ。


それができない理由、携帯のデータだ。

その問題を解決しないことにはどうにもならない。


「安心して、あとはどうにかする。まずは現状を変えないと意味が無いと思う」


策なんて何も無い。既にわかっていた。携帯のデータを第三者である俺が消すなんてほぼ不可能であることを。


「…そうだね」


そういうと、彼女はカバンから筆箱を出し、転部届けに何かを書き出した。


きっと、彼女自身もわかっている。こんなこと、一時的な退避であり、下手をすると現状を悪化させる可能性があるということを。


それでも俺の案に乗ってくれた。


つまり、期待されている。


まだ俺に失望していないのなら、その期待には答えたい。

ちらっと彼女の方を見ると、着実に記入箇所を埋めていた。

どうやら言っていた通り現所属はテニス部のようだ。

2年5組12番の鈴木静凪と言うらしい。


「しずなちゃんって言うんだ」


「せな、です」


「あ、ごめん…」


そっちかぁ~、と胸の内で悔やむ。


「いいよー。よく間違えられるから」


そう言いつつ、彼女はすぐに記入項目を埋めた。


「じゃあ、書き終わったから顧問に出してくるね」


「あ、ありがとう」


そう言うと、鈴木は先程の俺のように教室を出た。


意外と行動力はあるみたいだ。


だが、感心してる暇はない。

鈴木の彼の携帯のデータの問題を解決しなければならない。


ふと、鈴木のカバンに目がいった。そこから、僅かにピンク色のカバーをつけたスマホを視認出来た。


周囲に人はいない。おそらくテニス部の顧問と言うならテニスコートにいる。よって往復大体10分くらい。


鈴木が出て行ってから1分も経っていない。


まだ、時間はある。


俺は、迷いなく彼女の携帯に手を伸ばした。


逡巡ほど無駄なことは無い。行動を起こす、それが状況を変えるのだ。


確実に、重要な情報がある。


これは決して悪意あるものではない。


善意だ。善意ゆえの行動だ。だから問題ない。

善意ならばどんなことをしてもいいのかと言う理論はいまは気にしてる場合じゃない。


彼女の携帯を手に取り、スリープモードだった携帯をすぐに起動させた。

そしてそれは現れた。


『暗証番号を入力してください』


「はぁ…」

大きくため息をついた。

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