腐らない鎖

【5月11日 金曜日 午前11時30分】


ちょうど3時間目が終わった。


教科書を机に入れるためまとめていた俺の左肩が軽くつつかれた。

反射的に後ろを向いた。


「どうし――」


むにっと俺の頬に人差し指が突き刺さった。


「いえーいひっかかった〜」


伊藤亜美だ。ちょっと嬉しそうにしながら俺の頬をムニムニとつついてくる。


「もう、どうしたの〜」


彼女の手を払い向き直った。


「昨日相談室来てくれたじゃん?」


「そうだね」


「てことで、はい!」


伊藤は一枚の紙を俺に差し出した。


「えっと、入部届け…?」


「そっ。一人しかいなくて寂しいの」


「んー。とりあえず受け取っておくね」


確かに昨日は入部すれば二人っきりだしいい事ありそうだなーとか思ったけどいざ入部となるとなんか迷ってしまう。


今までは直ぐに家に帰ってゲームできたが、部活に入るとその時間が減る。


ゲームの出来る時間の減少は本当に伊藤の好感度上昇と釣り合う対価なのだろうか。


「だめ。今ここで書いて!」


返事を保留しようと入部届けを自席に入れようとしたが伊藤に強引に引き止めた。


「え、えぇ、でも色々考えたいし」


「だーあーめ!」


どうにか誤魔化そうとするも伊藤は全く引き下がらない。意地でも今決断させる気だ。


「入るだけ、入るだけでいいから、ね?」


じっと目を見て懇願してくる。ちょっと可愛いけど割とウザイ。


「う、うーん」


「むぅ。じゃあ今度クレープ奢ってあげるから!」


なかなか了承しない俺を伊藤はもので吊ろうとしてきた。


「えー。ほんと?」


正直クレープなんか好きでもなんでもない。嫌いでもない。

可愛く思われるがためのキャラ作りだ。

だが、


「ほんとに。駅前の高いところのやつ奢ってあげるから!」


そう言われると、俺はキャラを保つために吊られないといけないのだ。


「えっと、じゃあ入部だけね…」


「やった!あっりがとぉございまぁーす!」


「いえいえ~」


何かに勝ったように両手を上げて喜ぶ伊藤に、苦笑した。






放課後、俺と伊藤は部室である展開33にて4つの机を正方形に並べ、横並びに座っていた。


「で、直也君は誘わないの?」


「あの人入っても戦力にならなそう…」


戦力か。一応部活の機能性についても考えてるみたいだ。


「んー。知り合い誘ってみる?」


「海人君の知り合いなら、まぁ、いいけど…」


彼女はどこか気に食わないような顔をしている。

そういえばこいつがクラスで女子と楽しそうにしてるのはほとんど見たことない。

あざとさと可愛さ故に、同性からは嫌われるってやつか。


「じゃあ、新入部員についてはしばらく保留だね」


「そっかぁ〜」


生憎だが、俺にはこんな部活に誘える程コミュ力があって仲が良い奴はみんな他の部活に入っている。

今は欲張らずに二人で活動しておく、又は新入生が何人か入部してくれるのを期待するくらいた。


その時、ドアがトントンと叩かれた。


「あ、どうぞ〜」


伊藤は少し姿勢を正した。


俺も釣られてドアの方に視線が動いた。

ガチャっと音を立てて、ゆっくりと開いた。


「こんにちは」


ドアから顔を出し、消え入りそうな声で挨拶したのは、肩までのポニーテールの女の子だ。


「こんにちは〜」


伊藤も少しボケっとした視線を送りつつ軽く会釈した。

この様子だと、知り合いというわけでも無さそうだ。


「まぁ、座って」


俺は向かい側の席を座るように促した。

ポニーテールの彼女はどこか申し訳なさそうにこちらにやって来た。

上履きの柄は青い。同じ2年生のようだ。

こっちまで来ると、俺と向かい側の椅子に座った。


「えっと、相談ですか?それとも入部?」


伊藤がわかりやすい愛想笑いをしながら彼女に話しかけた。


「相談なんだけどさ」


「そっかー相談か〜。どんなどんな?」


どんな?って聞かなくても勝手に喋ってくれそうな雰囲気だったが、 伊藤が無駄に口を挟んだ。


「男の子って、どう振れば後腐れしないのかな?」


彼女はほぼほぼ顔色を変えず伊藤を見つめつつ言った。


俺は一瞬面食らった。

うっわーこの相談されてる男子可哀想。

告る相手を間違えたな…


「え、えっと、告られたの?それとも付き合ってるの?」


伊藤は既に崩れかけている愛想笑いで問い続けた。


「告白されたの。メールでね」


メールで告白…なんか、現代だなぁ。直接言い渡す告白の方が今やもうマイナーかもしれない。


「ぜ、贅沢だわこいつ…」


とても小声だったが、確かにそう言ってるのが聞こえてしまった。


まぁ確かに相手の告白を断っておいて、今までと同じ関係を維持したい、と言うのは欲張りであり贅沢である気もする。


「どうしたの?」


彼女はその伊藤に追い打ちをかけるように声をかけた。


「な、なんでもないよ!」


慌てたように体勢を戻し、彼女と向き合った。


「まぁ男子のことだから、あとは海人君よろしくね〜」


そう言うと、彼女は荷物を持ち席を立って逃げるように教室を出てしまった。


「え、ちょっと待ってよ!」


そう声を出した時には、ドアはバタンっと勢いよく音を立てて閉じた。


思わず、はぁ。と深いため息が漏れてしまった。


荷物も持っていったんだし完全に帰る気だろう。


「んー。やっぱり後腐れ無く、なんて贅沢だよね」


二人残された部屋で、彼女はそう呟いた。


「なんだ。聞こえてたの?」


「うん。こんな静かな教室だもの」


「まぁ、一応来てくれたんだし、相談には乗らせてもらうよ」


相談に乗る、というか俺の暇つぶしに付き合わせる、というのが真意である。


「その方がありがたいな」


彼女は右手で頬杖をついた。


「んで、その告白してきた彼は振りたいけど、その彼とのあとからの関係が不安、かぁ…」


どうしたものか。よく聞く話ではあるが、友達としてこれからもよろしくね、では必ずどこかで歪みが生じる。


それを防ぐための解を導かなくてはならない。


「うん。出来ればもう接することがないくらい完全に断ち切りたいの」


俺が思考してる時に、彼女が割り込んできた。

そう言った彼女の声色は今まで聞いたものより少し違った気がする。

彼女の表情が、ほんの僅かに険しくなったように感じた。


その言葉に、なにか深い意味があるような気がしてならなかった。

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