逃げ出す算段

 前王の葬儀が終わったその夜、俺達はノアゼット様の部屋で頭を寄せ合って、どうやってこの王国から平穏に退去するか相談していた。葬儀が無事に終わった解放感に浸る間もない。


 昼間の葬儀は、まあ、しめやかに行われ、悪くない内容だったんじゃないかと思う。俺が故人の業績を讃え、ノアゼット様が信仰について説教をする。人生の最期において道を誤ったことについて、許しを請う祈りをささげた後、石の台の上の前王の遺体に火がつけられた。その灰を集めて壺に入れ、王家の墓地の一角にできた真新しい区画に埋葬して終了する。


 俺は用意された原稿を読むだけだったし、あまり俺達は準備に関与していなかったのだけど、式典は滞りなく行われた。それなりに実務能力があるので、なんとか王国を運営していけると思うんだけど、そういう話じゃないらしい。組織には長が必要なのだ。人々を導き進むべき方向を示す役割を果たす人物は確かに必要だ。


 成り行きで引き受けちゃたけど、葬儀の主催者ってことで、なんとなく次期の王って雰囲気は出ちゃっていたし、参列した民の視線も、そういう風に感じているのが見て取れた。少しずつ、外堀を埋められていっている感じがする。俺達の旅が当てのないものなら1年ぐらい面倒見てあげてもいいような気はするんだけどねえ。


「これで最低限の義務は果たしたと思うのですが……」

 そういうノアゼット様自身もすんなり旅立たせてもらえないということは感じているようだ。

「でも、客観的にみれば、外見上、今日の式典の二人は新王と新神殿長って感じだったわよね」


「なんとか諦めてもらえるいい方法はないでしょうか?」

「こう言ったらなんだけど、彼らからしたら、ノアゼット様とシューニャってのはいい選択だと思うわ。資質は十分あると思うよねえ」

「ディヴィさん!」


「いえ、そうすべきってことじゃなくて、彼らがそう考えるのは当然だから、そう簡単にはあきらめないだろうってことよ。今更だけど、少しとんでもない事やっとけば良かったかもね。やっぱり他の人の方がいいと思わせるように、式典をぞんざいにやるとか」


「そんなことはできません」

 即座にノアゼット様が言う。

「それよ。責任感があって、常識的だし、だからこそ自分たちの上に推戴したくなるわけ。そうだ。シューニャ。何か実害はないけど、幻滅するようなことやってみない?」


「急にそんなこと言われても。それにそんなことしたら、幻滅するのは、この国の人だけじゃないでしょ。嫌ですよ、そんなの」

「緊急事態なんだから、私たちはちゃんと分かってるし、大丈夫」

「この状況で幻滅するっていったら相当なことをしなければ効果ないと思いますけど。それこそ前王並みのことでもしないと」


「そうよねえ。確かに比較の対象はそこだもんね。なんか、小耳に挟んだんだけど、シューニャ様は腕が立つだけじゃなくて、慎み深く素晴らしいとか言われてたんだけど、何か心当たりある?」

「さあ、なんでしょう?」

 あるけど言わない方が良さそうだから黙っておこう。


「まあ、いいわ。シューニャの評判を下げて、別の人を探させるというのは、もうこのタイミングじゃ現実的じゃなかったわ。でも、他に彼らが自発的にあきらめてくれそうな方法思いつかないのよね」

「それじゃあ、いっそ、夜逃げでもします?」


「バレずに抜け出せるならそれでもいいけど無理でしょ。ドアを開けた瞬間に、何か御用ですか、って言われるのがオチよ」

「強引に出かけたらどうですかね?」

「それこそ力づくで止められるわよ。大勢で取り囲まれたら身動きできなくなるでしょうね。泣き落としとかもあるかも」


「俺が実力で排除するってのはダメですよね? もちろん、可能な限り手加減はしますけど」

 ノアゼット様は首を横に振る。

「完全に八方塞がりですね。もう、いっそクラウス様に来てもらって説諭してもらうしかないんじゃないですか。この者たちの邪魔をしてはならぬと」


 ノアゼット様が小さくため息をつく。そんなことできるわけないですよね。すいません。ディヴィさんに、馬鹿言ってんじゃないわよ、と言われるかと思ったら、何か真剣に考え始めた。

「意外といい考えかもしれないわ。シューニャ」

 へ? いい考えですか?


「いいこと考え付いたわ。ちょっと側に寄って。もっと近くに」

 ディヴィさんに頭を寄せさせられる。まつ毛の本数もばっちり数えられそうなほど近い。誰かがしゃべれば吐息がかかるし、いや、マジ、天国だよ。

「ディヴィさん、いい考えというのは何でしょうか?」

 ひそひそ声で話すノアゼット様の息が耳をかすめた。ふわあ、蕩けそう。


「ちょっと、シューニャ。ちゃんと聞いてる?」

 おっと、まずいまずい。昇天しそうになっちまったぜ。

「はい。聞いてますよ」

「いい。クラウス様を呼んでくるのは……」

 なーるほど。それはいい手かもしれないな。



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