ディヴィの懸念
「なに、シューニャ。今日は随分とめかしこんでるじゃない。どうしちゃったの? あんたからいい香りまでするんだけど?」
ディヴィさんが鼠を前にした猫のような表情で言う。まさに予想通りの展開。がさごそやってるのが気になったのか、部屋から出てきたらきたらすぐこれだよ。
「ほんとだー。いい香りだね」
プウラムが寄ってきて、背伸びをし、俺の髪の毛に顔を近づけ息を吸い込む。ほとんど鼻が触れんばかりの距離だ。身長差があるので俺の腕に捕まり、熱心に匂いを嗅いでいる。近い、近いよ。お、なんかプウラムも甘いいい香りがするぞ。
「これ、何かの花の香りだよねえ。うーん、何だろう。ねえ。ノアゼット様も嗅いでみていよ。本当にいい香り」
ノアゼット様が近づいて来る。プウラムのように無防備に俺の髪に顔を埋める勢いで近づくことはないものの、それなりに近い距離だ。
「確かにいい香りですね。あまり、シューニャらしくないですけど」
そう言って、クスリと笑う。
「で、どういう風の吹き回し? こんな、あんたらしくないことしちゃって」
ディヴィさんの質問に俺は事情を説明する。
ノアゼット様達が出てきたので、離れた所に控えている二人組をディヴィさんが
チラリと見て言う。
「ふーん。随分と待遇がいいのね。まるでもう王様になったみたいじゃない。陛下、ご機嫌いかがでございますか?」
わざとらしく膝を折って礼をした。
「いや、本当に冗談じゃないですよ」
「あら、王様って憧れじゃない。もう、いっそ王になっちゃえば?」
「お断りします」
「あら、それはどうして?」
「俺は一度に二つの心配ができるほど器用じゃありませんからね。ノアゼット様を送り届けるだけで精一杯ですよ」
「まあ、そう言うだろうと思ってたけど、随分とはっきりと言うじゃない。王様の地位ってそれほどの魅力はないんだ」
「マダムがこの場所に留まるというなら留まります。でも、それはないでしょう。だったら、俺は付いていく。それだけのことですよ」
「シューニャ……」
「何ですか。当然のことでしょう?」
その日は、英気を養うためにのんびり過ごした。食事をして、だらだらして、また食事して、といった具合。唯一真剣にやったのが、ドータウ王が持っていた生命の杖の破壊。ディヴィさんが調べてみたところ、あまり性質のよろしくない代物だということなので、後々の為に壊しておこうということになった。
中庭の真ん中でディヴィさんが杖を持って立つ。自分に身体強化の補助魔法をかけた終わったところで、俺がハルバードで杖を滅多打ちにした。3撃ほどで杖にひびが入り、次の一撃で真っ二つに折れる。折れた部分から濃い紫色の何かが滴るように落ちていく。
「これでもう大丈夫だと思う。もう力を感じないわ。ただの棒きれよ」
そう言って、ディヴィさんが残りの柄を投げ捨てる。
「だけど、シューニャ。あなた随分と腕を上げたわね。最初に会った頃は結構張り合える自信あったけど、もう敵わないわ」
「いや、俺は武器を振り回すだけしか能無いし、ディヴィは色々と魔法使えるじゃないか」
「その魔法を使っても、もう勝てる気がしないの。あなたが武器を構えている正面に立つだけで、正直背筋が凍るわね」
「やだなあ。人を怪物みたいに言わないでくださいよ」
「そうね。だけど、もうあなたはかなり怪物の領域に入りかけてるわよ」
「ひでえ言われようだな」
頭をかきながらぼやく。
「そんなあなたが人の心を持ったままいて欲しいと心底思うわ」
「いや、ちょっと、さすがに」
「ごめんなさい。でも、あなたはもう人という存在は超えちゃってるの。でも心は人のまま。その心を失ったら容易に怪物になりえるわ」
ディヴィさんは一呼吸おいて続ける。
「どうして、天使が人に対して感情を抱かないか。強い力を持つ者はその執着するものを失ったら危険なの。あなたの心を壊すのはそれほど難しくない。あなたも分かっているでしょ。碌でもないこと言いいたくはないけど、私はとても心配なの」
「ああ。ディヴィ。大丈夫だよ。そんなことは起こさせない。それに万が一そのようなことが起きたとしても、俺が怪物になることはない」
はっきりと言い切る俺にディヴィさんは寂しそうな顔をする。
「まったく。どうしてあなたはそうなのかしらね」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。さっきも言ったじゃないか。俺はもう怪物並みの強さなんだろ。その俺が全力で守るんだから。それに、ディヴィとプウラムもいるし。この三人を敵に回せる奴なんてそうは簡単にいないよ」
「そうね。じゃあ、私もできる限り頑張るわ」
テラスから俺達を見下ろしているノアゼット様とプウラムに手を振る。元気よくぴょんぴょん跳ねながら手を振って応えるプウラム。そっと肩のところまで手を挙げて小さく動かすノアゼット様。そして、俺の背中を見つめているディヴィさん。かけがえのない三人と共にいられることを感謝しよう。
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