王として
「俺は王じゃねえ」
思わず声が大きくなる。
「すぐに王におなりになります」
女はひどく断定的に言う。
「じゃあ、その点はまあいいや。一応置いておいて。で、仮にそうだとしても、いきなり部屋に押しかけてくるのはどうなの?」
「お連れの女性と別の部屋でお休みになられているではありませんか?」
「だから?」
「別の者と一夜を共にするとの思し召しと受け取りました。王が特にご指名されなかったので我らが参上いたしましたが、追い返されるとは……。そのような冷たい仕打ち、我らを不憫とは思われませぬのか?」
少し鼻声になっている声で切々と問いかけてくる。おおう。なんというダイナマイト級の勘違いというか文化の違い。
「お連れの女性には及ばぬかもしれませんが、これではあまりに……。このまま私が戻ればどのように嘲られるか。」
「ああ。違うんだ。違うんだ」
「何が違うと仰せになりますか」
「今日は色々あったからとても疲れているんだよ。緊張の連続だったし。正体が知れない奴との戦いもあったからさ。つまりはそういうことなんだ」
「もちろん、心得ております。王はただ横になられれば、あとはすべて私共にお任せ下さい。拙いながらも精一杯務めさせて頂きます」
そう言って、更に体を密着させるようにして、二人がかりで俺をベッドに誘おうとする。おいおい、待て、待て、待て。ストーップ。
「いや、そうじゃなくてね。本当に体力の回復が必要なんだ。それに、ほら、前の王様の葬儀もまだじゃない? 服喪中には身を慎まないとね。ということで、お休み」
女性たちの脇をすり抜けて、一足飛びにドアにたどり着いて開け、外に出るように手で促した。
「誤解させて申し訳ないかったけど、心遣いはありがたいと思ってる。なので、気を悪くしないで欲しい。まあ、葬儀もまだだし、全てはそれが終わってからね。それと、二人とも本当に魅力的だよ」
まだ、ためらっている二人の背中を押すようにして部屋から出しドアを閉める。鍵をかけ、閂もかけた。
ふう。大きなため息が出る。何の心の準備もないままの急展開なので焦ってしまった。ベッドに腰掛けて冷静になろうと努める。まだ心臓がドキドキしていて、あまりうまく考え事ができないが、だんだんある考えが浮かんできた。
これはきっと既成事実を作ってしまえということだったのかもしれない。情を通じてしまえば、王になるのを断りにくくなるし、生真面目なノアゼット様との関係が気まずくなって、ここに残る公算が高くなると読んだのだろう。まあ、勘ぐり過ぎかもしれないが、招来する結果は同じ事になったはずだ。
しかし、俺も意気地なしだよな。据え膳食わぬは、とはいうけど、全くその気にならなかった。確かに彼女たちは外見は整っていて魅力的だったけど、なんていうのかね、初対面でああいうふうに迫られるとむしろ引いちゃうんだよな。これが経験の無さなのか?
いや、違うな。ロマンチストすぎるのかもしれないけど、やっぱり気持ちが伴わないのはちょっと違う気がする。今日、なし崩し的に関係持ったら絶対に後悔する自信がある。錯覚でもいいから心を通い合わせた相手がいい。うーん、幻想を抱き過ぎなのかねえ? つーか、心が知れた相手って俺にいるの?
まあ、俺はどーせヘタレですよ。でも、それでもいいもんね。これでノアゼット様との関係が悪化するのは防ぐことができたはずだから。寝よ寝よ。そして、ノアゼット様の夢でも見よ。
ぐっすりと眠って翌朝になる。いつもの習慣で、まだ外は夜が明けていないようだ。部屋のカーテンをめくってみるとようやく空の端の方が白んできたぐらい。以前に比べれば、日の出が早くなってきたとはいえ、早朝といっていい時間なのは確かだった。
普段なら、朝食の支度をしたり、パズーや馬の世話をしたり、色々とやることがあるのだが、今日はすることが無い。目が覚めてしまうとすることがなくて暇だった。ふと、喉の渇きを覚えたので、ドアのところまで行き、閂を外して、鍵を開けてドアを開けた。
「陛下、お目覚めですか? 何かご入用でございましょうか?」
おわ。びっくりした。昨夜の二人連れがそこにいた。
「あ、ああ。ちょっと喉が渇いて」
「はい。ただいま。ご用意いたします」
すぐにコップに入った水が用意される。それを飲み干したどうかという内に、腰高の椅子が持ち込まれそこに座らされ、暖かいタオルで、顔や首筋を拭いてくれる。後頭部にさりげなく柔らかな物が触れるのを感じたが、気付かないふりをする。朝っぱらからよーやるわ。
次いで、何か花のような香りのするものを振りかけられ、ブラシと櫛を使って丁寧に髪を梳かされる。かなり短髪なのであまり髪の手入れをしなくてもいいはずなのだが。それから、両手の爪をなにかやすりのようなもので整えられた。その間に綺麗に汚れを落とした俺の服が持ち込まれる。夜着を脱がせようとするので、それはやんわりと制止した。
やべえな。この待遇は。究極のダメ人間製造システムだぞ。
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