今夜はサイコーです

 会食というよりはお茶会という雰囲気で、食事が始まる。アンファール王は気さくにこれまでの俺たちの旅路について質問した。先ほどの杖打ちが嘘のように和やかな雰囲気で時間が過ぎて行った。王は俺たちの話を聞いて、時折、声を上げて笑ったりもする。


 いつものビスケットのようなものと形容したやつは、雲泥の差で美味だった。何と言っても硬くない。一見硬そうだが、口の中でホロホロと溶けていく。果物のような淡い香りと上品な甘さがあり、しかも2つも食べれば十分に満足した。飲み物はハーブティのようなもので、口に含むと清涼感が疲労を吹き飛ばしてくれる。


 あっと言う間に楽しいひとときは過ぎた。

「このようなひと時を持てたこと礼を言う。これはそなたの義侠心を讃えるものだ」

 アンファール王は緑色の石のはまった指輪を差し出す。


「左手の小指に着けるが良い」

「ありがとうございます」

「その指輪がある限り、我らの心はそなたと共にある。そして、あれを」

 一人のエルフの女性が進み出て、ノアゼット様に小さな包みを渡す。


「この品がそなたの身を護る一助となろう。クラウス殿は少々、人の心の動きに疎いところがあられるからな」

 そう言って、含み笑いをする。エルフの女性がなにやら耳打ちをするとノアゼット様は驚いたような顔をして目を伏せた。


「さて、名残惜しいが時は満ちた。そなたたちをあるべきところへ送り返そう」

 いつの間にか、連れてこられていたパズーや荷車のところに俺たちは一塊になる。

「さらばだ。土と風の加護がそなたたちにあらんことを」

 その言葉と共に、目の前が急に暗くなる。


 気づくと俺たちは木々に囲まれた空間に倒れていた。今まで夢をみていたのかと思ったが、背中の痛みがそうでないことを告げる。左手には指輪がはまっていた。俺が立ち上がると同時に、皆も次々と意識が戻る。そして、騒々しい口げんかが始まった。


「アリエル。あなた馬鹿じゃないの。古き一族にあなたの技が通用すると思うなんて。幸い寛大な心の方で良かったけど、消されても文句は言えないところだったのよ」

 ディヴィさんが、アリエルという天使にかみつき始める。


「気安く私の名を呼ぶな。あなたは今や一介の人間なのよ」

「はっ。この石頭。言われたことしかできないくせに」

「あなたのようなトラブルメーカーに言われたくはないわ」

 ギャーギャー、キャンキャン。うるせえ。


「いつまでその姿を晒しているの? 言いつけに背いて大丈夫なのかしら?」

「言われなくても消えるわよ。覚えてらっしゃい」

「はいはい。じゃあね。さようなら」

 アリエルは凄まじい一瞥をディヴィさんに投げつけると姿を消した。ふう、ディヴィさんが石になるんじゃないかと思ったぜ。


 大きく息を吐くと背中が痛み、小さなうめき声をあげてしまう。

「シューニャ、大丈夫? 今、治療をするわ」

「大丈夫ですよ。大したことないし。ディヴィさんがあまり消耗しても……」

「心配しないで。エルフのお菓子のお陰でしばらく空腹のことは気にしなくていいわ。それに薬草も併用するから」


 半ば強引に服がたくし上げられる。イヤン。同じネタはしつこいか。

「熱を持ってて痛そうね。でも、これならなんとかなるわ」

 袋から先日採集した草を取り出すと、それをノアゼット様に渡す。

「申し訳ありませんが。その草を良くもんでから、シューニャの背中に当てていただけませんか?」


 しばらくすると、慣れない手つきで薬草が押し当てられる。ビクっと反応すると、

「ごめんなさい。痛かったですか?」

「いえ、大丈夫です」

 冷たくやわらかな指の感触が心地いい。ノアゼット様が俺の背に触れているッ!


 その意識に全身がカッと熱くなった。

「熱があがっているようです」

「それはいけないわね。では、詠唱を始めます」

 ディヴィさんの声が流れ出す。緩く、速く、高く、低く。今日は10分ほどで終わり、その後、布で薬草が背中についたままになるようぐるぐる巻きにされた。


 二人がかりで交互に布を当てていく。その度に、どちらかの指が俺の胸や背中に触れ、電流が流れるような感覚を残していく。そして、屈みこむ2人の香りが俺の鼻腔をくすぐる。ふあああ。今日は一日の最後にこんなご褒美最高です。痛い思いをした甲斐があった。


「シューニャ、顔がとろんとしてる」

 プウラムが俺の顔を覗き込んで言った。はっ。手で顔をこする。よだれは垂れてなかったよな?

「呪文の効果が出ているのね。身体が休んで治そうとしているから眠くなるの。今日はもうお休みなさい」


 そう言って、ディヴィさんは俺の寝床の用意をしてくれる。

「あ、それぐらい自分でやります」

「いいから怪我人は大人しくしてて」


 今日は仰向けは無理そうだな。そう思いながら、腹ばいに寝ようとすると、ノアゼット様が寄ってきて、自分が普段使っている毛布を俺の寝床に引いた。

「これも使ってください」

 そして、小声で言う。

「今日は私の代わりにありがとうございました。少し見直しました」


 返事するより先に、身をひるがえして、ディヴィさんやプウラムのところに行ってしまう。俺はいつもより少しだけ柔らかな寝床に慎重に横たわる。すると、たちまちいい香りに包まれ、満ち足りた気持ちで眠りに落ちた。

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