エルフの王

 今ここにいる連中だけなら、俺一人でも圧倒できるとは思うんだが、傷付けずというのは無理。なんとなく、こいつらは言われたままの仕事をこなしているだけのようであるし、俺のことを強烈に蔑視してはいるが、悪意は感じないんだよなあ。うーん、困った。


「無駄な抵抗はしないようだな。賢明な判断だ。両手を前に出せ」

 厚みが5センチもあろうかという木の板を取り出しながら、一人のエルフが言う。木の板は上下に別れており、端の一カ所でつながっている。上下の板が合わさる部分には2か所半円状にへこみがある。なるほど、あの半円部分に手首を入れて拘束する道具なのだろうな。


 あの程度の拘束なら、いざとなれば、耳に手が届くし、武器が手に入れば壊すのも造作ないだろう。俺が無腰だから、簡易的なものでいいと判断したというところかな。ここは大人しく従っておくか。よー分からんが、あまり荒事をしたい気分でもないしな。両手にガチンと木の板がはめられる。お、結構重いんだな。


「シューニャ!」

 離れたところから声がかかる。両手をあげて手を振った。間抜けな姿だが、意図は伝わるだろう。さて、この後どうなるんだろう。どこかに連行されながらそう考えていると、角笛が鳴り響く。

「王のご帰着!」

 やっとお帰りか。これでともかく事態は動くだろう。


 ひと際、背の高い一人のエルフが数人を引き連れて広場に入ってくる。紫色のマントを翻し、金色に輝く冠を着けたそのエルフは、朗らかな笑みを浮かべている。あれが王か。イケメンという軽薄な表現が相応しくない美形だった。美よりも威厳が上回り、周囲を自然と圧倒する。


 俺を囲んでいたうちの一人が、王の側に駆け寄り、深く一礼すると語りかけ始めた。しばらく報告を聞いていた王は部下たちに命令を下す。

「その者の手かせを外せ」

 その声はそれほど大きくなかったが辺りに響いた。周囲の者たちはその発言に一瞬驚いた様子だが、抗議の声を上げるでもなく、俺の手かせを外す。


「向こうにいる者たちも余の前へ」

 言われるままに、ノアゼット様達と合流して、エルフの王から5メートルほど離れた所に立った。ノアゼット様は片ひざを付いて一礼する。

「初めてお目にかかります。私はノアゼット。クラウス様の信徒です。お騒がせして申し訳ありません」


「余は、ルクルス・アンファール。古の森の守護者だ。此度の我が配下の非礼を詫びよう」

 あれ。いきなり謝罪したぞ、この王様。これで一件落着かな。大人しくしておいて良かったぜ。


「ここは客人を迎え入れるのに慣れておらぬのでな。みだりに立ち入られても困るが、我らが主が招いた者とその連れとあらば致し方あるまい」

 そう言って、プウラムを見て目を細める。ふむ、つまりはプウラムがここに引き寄せられたのであって、俺たちはおまけということか。


「母さまがね。私に力をくださったの」

 相変わらず金の粉をまき散らしながら、プウラムが言う。

「私がこの試練を乗り越えられるように。皆の役に立てるようにって」

 アンファール王は無言で頷いている。そして、ふとあることに気づいたような表情を見せる。


「余の前で姿を隠したままとは、少々礼を失しているのではないか」

 そう言って、左手をノアゼット様の方に差し伸べる。すると、赤毛の天使が姿を現した。

「アリエル!」

 ディヴィさんが叫ぶ。


 赤毛の天使アリエルは、自らを覆う不可視の護りをいとも簡単に破られて身動きできずにいた。

「当節、天界の者も礼儀知らずになったようだな」

 エルフの王はあまり感情を害したようでもなく、むしろ可笑しそうに言った。


 ディヴィさんが膝を付き、口早に言う。

「恐れながら、この者、融通が利かぬ頑固者。クラウス様直々に姿を隠せと命じられているのです。ご無礼お許しください」

 ふーん、ディヴィさんとアリエルは知り合いか。まあ、元天使だしな。それにしてもディヴィさんの慌てぶり、この王様すごく偉いのか?


「やはりな。クラウス殿も、配下の者にもう少し臨機応変に行動して欲しいと望まれているのであろうが」

 そこまで言って苦笑する。

「いずこも悩みは同じか。よい。気にしてはおらぬ」

 そう言って手を振る。


「さて、あとは1点だけ、処置をしなくてはな。そこの男が、我らが主、原初の木に触れたことは看過できん」

「ちょっと待ってくれよ。あれは事故だ。俺がプウラムを庇わなければ、お宅の部下がプウラムを射抜いていたんだぜ」


「軽率な行動を取った部下については、別に罰を与えよう。ただ、それとこれとは別だ。いかなる理由があれ、そなたが触れたのは事実。ならば禁を犯した罰は与えねばならぬ」

 そう言って、傍らの者に視線を向ける。


 アンファール王の脇に立つエルフの手に茶色い板が現れた。粘土を乾かしたもののようだ。その表面に刻まれたものを俺たちの方に向ける。

「主の許しなく触れし者。その意図をもって行いしは、かの者の手を切り落とすべし。過ちによりしは、かの者を杖にて20打つべし」

 粘土板が消え、長さ2メートルほどの杖が現れる。

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