森の中の聖域

 はあはあ。今のはちょっと効いたぞ。なんだよ。こいつ今、俺の何か奪っていったぞ。ライフスティーラーかなんかのヤバい奴じゃないのか本当は。

「プウラム。やめなさい」

 ノアゼット様に怒られてシュンとしている。


 こんなところで、騒いでいても時間が経つばかりなので、とりあえず出発することにした。

「ディヴィさん、森で行方不明者が出ていたのってのはやっぱり?」

「そうね。プウラムのせいね。ちょっと分けてもらうつもりが、もらいすぎて昏倒。怖くなってプウラムが去ったあと、意識が戻る。で、その間の記憶がないってところね」


「そういうことか」

「あの子には悪気はないのよ」

「悪気が無けりゃ、許されるってもんでもないと思うけど」

「そうね。まあ、でも、故郷を離れてこんなところに1人で放り出されたんだから、ちょっとかわいそうよ」


 ノアゼット様に抱きかかえられて、ご機嫌のプウラムを見ると、俺に向かってにっこりとほほ笑んだ。手を振って、ディヴィさんとの会話に戻る。

「ここに放り出されたのって、アイツのせいなのか?」

「一応、そういう呼び方はやめてもらえるかしら」

 一応なのね。謝って訂正する。

「クラウス様に連れてこられた?」


「そういうことになるわね」

「とても護衛が務まるとは思えないけど?」

「そんなことはないわよ。精霊なんだから、ある分野の魔法には長けているし。それに何より、あの外見が強力なアドバンテージになるわ」

 まあ、そうだろうな。油断してたら、背後からグサリとやられるわけか。


「ところで、さっき、気に入ったのを木の中に取り込んじゃうとか、恐ろしい事いってなかったでしたっけ?」

「言ったわよ」

「俺がそうなったりはしないですよね」


「その心配はしなくてもいいわ」

「随分はっきりと断言できるんですね」

 ちょっとだけ逡巡した後に、切り出す。

「取り込まれちゃうのは、美少年とか美青年だけなの」


 なあんだ。そういうことか。じゃあ、俺は安全だな。良かった、良かった。って、おい。やはり、イケメンに限るなのか。世間の風が目に染みるぜい。

「外見なんてどうでもいいとは言わないわ。でも、それだけじゃない。そんなに肩を落とさないでよ」


 へいへい。まあね。プウラムは圏外にしても、両手に花状態ですし、文句はございませんです。ただねえ、もうちょっとカッコ良かったら、もうちょっと親しくなったりできたかもとかは思うわけですよ。こういう考え方自体がダメなのかもしれないけどさ。


 その後、5日ほどは何事もなく過ぎた。

 森はいっそう木々が密集して薄暗くなっていく。右手に至っては木々が入り乱れ、ほとんど見通せない状態だった。そして、街道は森の深いところを避けるようにどんどん南に曲がっていく。小休止を兼ねて歩みを止めた。


 街道わきの木を登って、遠くを眺めてみると、一旦南に大きく迂回した街道ははるか彼方でまた北に戻っていた。うわ、遠回りか。メンドクサイな。飛んでいければかなりショートカットできるのに。知らなきゃそれまでだけど、知るとなんか徒労感が湧いてくる。


 下に戻って、見てきたことを披露してぼやく。

「このまま、こう真っすぐ進めたら楽なんだけどなあ」

 それを聞いたプウラムがベタベタしていたディヴィさんから離れてトコトコと木の壁に近づいていく。


「プウラムに付いて来て」

 そういって、両手を頭上にかざすと密集した木々がほどけ、さっと左右に別れた。すげー。魔法みたい。って魔法なんだろうな。


「早く早く」

 プウラムに急かされて、新たにできた道に入っていく。しばらく進んで後ろを振り返ると、木がまた絡み合い道が塞がっていた。なるほど。持続時間がそれほど長いわけじゃないか、元にもどしてるんだな。


 プウラムを先頭に1時間ほど進むと急に開けた場所に出た。辺りの木々は金色に輝き、今までの森とは明らかに雰囲気が違う。さっき見回したときにはこんな空き地のようなところはなかったはずなんだがなあ。そう思っていると前方の木の陰に人の気配がする。


「止まれ!お前たちは何者だ?」

 前方から誰何の声が放たれる。ノアゼット様がパズーから滑り降り、プウラムを抱える。その前に俺が出た。最後尾はディヴィさんが固めている。

「俺たちは旅の者だ。クラウス様の巡礼者で怪しい者じゃない」


「ここは閉ざされた聖域だ。俗人の来るところではない。帰れ」

 そう言われましてもね。

「そもそも、どうやって人間ごときがここに入ってきた」

 か。向こうは人間を格下と見ていて非友好的と。これはマズいんじゃないか。


「我々の仲間が森を開いて進んできた。ここが立入禁止とは知らなかっただけだ」

「森を傷つけたのだな!」

「傷つけてないよ。そんなことするわけない。プウラムがお願いしたのっ」

 プウラムが叫び、前方の人影がしばらく沈黙する。


「なぜ、ドライアドが人間と共にいる?」

「ノアゼットやディヴィが好きだから!」

 うーん。これじゃ相手の質問に答えてないに等しいな。さてどうすっか。再び沈黙がこの場を支配した後、先方が口を開く。

「お前たちの処置を我らの王に仰ぐ。大人しくついて来い。抵抗すれば容赦はせぬぞ」


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