最後の仲間はエメラルドな少女

森の少女

 クラウスは一体どれだけ俺に仕掛けを施しているんだろうと考えて歩いていると、いつの間に木々が増え森の中に街道は入っていく。日差しが遮られ、フィトンチッドの香りに包まれる。ああ、気持ちがいいなあ。面倒な考え事はやめやめ。


 段々、木々の影が濃くなってくる。一応、警告を受けていたので待ち伏せに備えて周囲を警戒するため、緩やかに曲がっている道の少し先に行くことにした。ノアゼット様たちから100メートルほど先を歩いていく。とはいえ、こんな長閑な森に剣呑な奴が出そうにもないけどなあ。そう思った矢先、木の陰から小さな人影が俺の前に飛び出てきた。


「お兄ちゃん、あそぼ」

 まだ緑色の髪のこまっしゃくれた感じの女の子だった。緑色の葉を縫い合わせたようなミニドレスをまとって、首をかしげて俺を見上げている。

「ねえ、あそぼ」


 唖然としている俺の手を取り、女の子は森の奥へ俺を連れて行こうとする。振り返ってにっこりとほほ笑む笑顔が眩しい。頭に霞がかかったようになり、ふらふらと俺はその女の子についていく。不意に体の奥から女の子を抱きしめたい欲求が湧きあがってくる。まて、俺にそんな趣味は無い。どうしてしまったんだ。


「ねえ、早く行こう」

 女の子の言葉が頭の中で木霊する。か、かわいい。幼女サイコー。ぐ、まて。絶対におかしいぞ。100歩譲って俺の中に新たなものが目覚めたのだとしよう。しかい、俺の矜持にかけて、タッチはいかん。俺がタッチするのはノアゼット様だけだ!


「シューニャ!」

 鋭いノアゼット様の声が俺にまとわりつく不思議な力を霧散させる。俺は慌てて、女の子から手を離した。女の子はびっくりしたような傷ついたような表情をして俺の顔を見る。


「どうしたの。プウラムとあそぼ?」

 再び、俺は霞に包まれたようになる。プウラムちゃんか、名前も可愛いじゃないか。くそ、頭を振って冷静さを保とうとする。なんだ、この子は? 良くは分からないが俺に何か仕掛けている。魔法か?


「シューニャ、その子から離れて」

 駆け寄ってきたディヴィさんが鞭で俺の右手を一叩きする。痛え。その痛みが俺を覚醒させた。女の子に背を向けて駆けだし、ディヴィさんの側にたどり着く。


「ねえ。みんなであそぼ」

 女の子から離れて分かるようになったが、何かその体から滲み出して、こちらに漂ってくる。二人をかばおうとした俺をディヴィさんが引き戻し前に出る。そのまま、女の子の方に近づいていく。俺は慌てて耳から武器を取り出し身構えた。

「ディヴィさん!」


 俺の呼びかけに構わず、ディヴィさんは跪いて女の子を抱きしめる。

「シューニャ、大丈夫よ。武器はしまって。ノアゼット様もこちらに来ていただけますか? あ、シューニャはそこにいて」

 ノアゼット様が近づき、女の子の頭をなでる。女の子はうれしそうだ。


 え? なに? 俺だけ除け者にして、女の子だけで仲よくしようっての? 女の子は今度はノアゼット様に抱きついている。マタタビに飛びつく猫のようだ。蕩けたような表情をしている。俺は場違いな武器を急いでしまい、かたずを飲んで見守った。女の子から滲み出していたものは消えている。


「シューニャ。もうこっちに来ても大丈夫よ。この子のは終わったから」

 なんと今おっしゃいました? とりあえず、仲間外れは終わったようなので、俺は3人に近づいていく。


「そんな顔をしないでよ。別に仲間外れにしようとしたんじゃないんだから。それとも嫉妬?」

 ぶすっとした俺の表情に気づいたのだろう、ディヴィさんが俺をからかう。

「シューニャも抱きしめて欲しい?」


「からかうのはやめてください。で、その子はなんなんですか? 何かヤバイ感じのものが出てましたけど」

「ああ、この子は木の聖霊ドライアドよ。人の感情とか活力、魔力なんかを得て生きているの。まだ、小さくてその力をコントロールできないみたいね」


「人の活力を得ているって危ない感じですけど大丈夫なんですか?」

「うーん。大きくなるとお気に入りの人に執着するようになって、木の中にその人を取り込んじゃうのもいるけど、普通は薄く広くだからトラブルにはなりにくいわね」


「本当に安全なのか。さっき俺、この子に吸い寄せられそうだったけど」

「魅了の力を持ってるからね。シューニャだと抵抗できないと思う」

「じゃ、じゃあ、やっぱり」

「だから、アタシたちの魔力を与えたから平気よ。むやみに魅了の力を使うわけじゃないんだから」


「ならいいんだけどさ」

「意外と臆病なのね。早くこの子にも慣れてよ。これから一緒に旅をするんだから」

「え? マジですか。なんで?」

「この子が3人目の護衛だからよ」


「うそだろ?」

 ディヴィさんはため息をつきながら言う。

「こんなつまらないことであなたに嘘をついても何も得るものはないでしょ。それにノアゼットちゃんはもう承諾しているんだから、あなたには拒否権無し」


「よろしくね。シューニャ」

 そう言って、プウラムは俺の体に手を回し抱きついてくる。すると軽い眩暈を感じた。プウラムはペロリと舌を出して言う。

「ちょっと、味見」

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