男嫌い
なんか出がけに、励まされたんだか、脅されたんだか分からない言葉をもらったが、街道は平和そのものだった。まあ、街からまだあまり遠くないからな。日差しを遮るものの無い街道は、夏の盛りは過ぎたとはいえまだ暑い。そして、割と退屈だ。なので、昨夜の疑問をぶつけてみることにした。
「マダム。一つ伺ってもいいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「昨夜、あの吟遊詩人が寄ってきたときに、最初から煙たがっていましたね。最初から企みを見破られていたのですか?」
「いえ。ただ、教会では、ああいった吟遊詩人の中には、あまり心根の良くないものがおり、甘い囁きで人を堕落させると聞いていましたので」
そういうことか。だから、少しでも早く会話を打ち切りたかったんだな。
「それで、あのような無理な注文をされたんですね」
「無理な注文……しましたか?」
「え? 俺にプロの歌手と競わせましたよね? 結構無茶苦茶な命令だと思いましたけど」
「でも上手に歌ったではありませんか」
いやいやいや。そういう問題じゃないだろう。
「俺がちゃんと歌えるかどうか知らなかったわけですよね。もしかするとすごく下手で皆に大笑いされたかもしれない。なのにいきなり歌えと言われたんですよ」
段々雲行きが怪しくなってきたのを察して、ディヴィさんが割って入る。
「ノアゼットちゃんは大勢の前で歌える?」
「それはできません」
「そうよね。多くの人は人前で歌うの恥ずかしいもの。アタシも勘弁してほしいな。それはシューニャも同じだと思うわよ」
「え?」
え? なんですか、そのすごく驚いた発言は? 俺には感情がないとでも?
「シューニャは怪物に立ち向かえるし、人を殺しても平気だし、恥ずかしいとか感じるんですか?」
きた。すげー差別発言。俺を何と思ってるの? 殺人マシーン?
「それとこれとは別よ」
ディヴィさんの解説タイムが始まった。フードの奥で表情は見えないが、だんだん元気が無くなってきているようだ。
はあ、とノアゼット様が深いため息をつく。
「私はお二人よりずっと未熟のような気がします。こんなことでいいのでしょうか?」
ありゃ。また随分落ち込んでるな。
「まあ、まだ若いんだし仕方……」
「良くはないわね」
俺の発言に被せるようにして、ディヴィさんが追い打ちをかける。
「未熟だと思うなら、そのままにしないで、どうしていったらいいか、周りにお聞きなさいな。アタシもシューニャもいるでしょう?」
「でも、ディヴィさんには到底及びません」
「そりゃそうよ。まだ、18年しか生きてない小娘に簡単に肩を並べられたら、こっちが堪らないわ」
「だったら、ディヴィさんが私の代わりに」
「ならないわね。私の魔力じゃ、究極魔法は無理。それに、それはあなたの試練よ。比べるのはアタシじゃなくて、昨日のノアゼットちゃん」
「昨日のわたし?」
「そうよ。少し自分で考えてみて。でもあまり深刻になっちゃあダメ」
いやあ、ディヴィさん、本当にいい人だわ。いや天使か。ノアゼット様と知り合ってから1か月だけど、この1週間でどんどん角が取れていってる気がする。今に、ディヴィさんをお姉さまって呼び出すんじゃないかってレベルで傾倒してるし。まあ、相変わらず俺を見る目は冷たいときもあるけどな。ん? まてよ、これはひょっとして。
「マダム。またまた質問していいですか?」
「なんでしょう?」
さっきの俺の質問から険悪な雰囲気になったせいか、今度は何を聞いてくるのだろうと警戒している感じだ。
「マダムは、ずっと究極魔法を身に着けられるようになるために修行していたわけですよね。それって、男子禁制の場所だったりします?」
「ええ。魔法学園の最初の2年間は男の子もいたけど、その後は男女別で学んだし、教会では女の人ばかりだったわ。それがどうかしたの?」
「いえ、どういう環境で育ったのかと思っただけです」
やっぱりそうか。ノアゼット様は俺を警戒しているだけでなく、基本的に男性全般に対して忌避感があるんだ。だから、俺とディヴィさんに対する態度がこんなに違うと。
うーむ。こいつは難しいな。俺が男である限りはノアゼット様と親しくなるのは根本的な問題を抱えている訳か。俺も昔は女性というものが怖かったから、気持ちは分からんでもないが。近藤先輩のお陰でだいぶ免疫が付いたとはいえ、女性の相手は相変わらずうまくないもんな。
まてよ。じゃ、なんで、俺はこんなにノアゼット様に執着しているんだ? 確かに外見はドストライク。100点満点の120点。だが、以前なら遠くから眺めるのが関の山だった。クラウスの言ってたホルモンのせいだけじゃないな。だったら見境なく気持ちが高ぶるはずだ。
ディヴィさんもかなりレベルは高い。性格的には最高じゃなかろうか。ちょっと母親属性強すぎるかもしれないけど。外見だって、俺のストライクゾーンがずれているだけで、十分に魅力的だ。なのに何でだ? ははーん、あのクソ神、他にも何か俺に細工してやがるな。
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