衛兵隊長の依頼

 翌朝、俺は酒場で朝食を前に酒臭い息を吐いていた。結局、ディヴィさんにあの後、酒を飲むのを付き合わされたのだ。ノアゼット様がお開きにしようと言ったので、ディヴィさんは子供の頭ほどある酒壺を抱え、食べ残しを一皿にまとめると部屋に持ち込み隅で飲み始めた。当然お相伴をさせられた訳で……。うう、頭痛え。


 頭痛いと言えば、昨夜の代金いくらになったのだろう? 預け金で銀貨10枚入れてあるけど、どうも足りない感じがする。

「シューニャ。食べないならもらっていい?」

「どうぞ、どうぞ」

 今日も食欲魔人ディヴィさんは元気だ。うれしそうに俺の皿を引き寄せて食べ始める。


 黙ってお茶をすすっていると、本日の頭痛の種3つ目が爽やかに現れた。

「皆さん、気持ちよくお目覚めのようですね。お早うございます」

 イケメン衛兵隊長カマートが同じテーブルに着く。宿のオヤジが素早く俺達と同じ朝食を運んできた。


 昨日の喧騒が嘘のような酒場の片隅で、食事を取りながらカマートが昨夜の顛末を告げる。

「あの後、すぐに白状しましたよ。ここから東南にあるチベ・プラーから流れて来たそうです。あちらでの評判が悪くなり逃れてきたんですな」


「使いを出しましたから、追っ付け引き取りに来るでしょう。その後の運命は想像したくもないですね」

 そう言って、うっすらと笑う。

「そうそう、あなた方はチベ・プラーに寄らずにこちらに来たとか。半信半疑でしたが、昨夜の件からするとそれなりの実力はお持ちのようだ」


 表情を改めたカマートが切り出す。

「さて、ここからが本題だが、我々に少し手を貸してもらいたい」

「申し訳ありませんが、先を急ぎますので」

 ノアゼット様の回答はいつものテンプレ通り。まあ、相手もこの状態でこちらがはい、と即答するとは思っていないだろう。


「まあ、話の内容をお聞きください」

 ここから西に向かうとダタールの首都であるキーギスに3週間ほどで着くのだが、その街道沿いにヒルトロールが目撃されたそうだ。で、旅人がヒルトロールの晩飯になる前に退治をしなければならないが、それだけの手が足りない。なので、あなた方にお願いしたい、という話だった。


「完全に衛兵なり、騎士団の管轄の話ですね」

「おっしゃる通りなのですが、近々、ここから北にある鉱山からの荷駄輸送の護衛もしなければならないし、街の巡回も欠かせない。さらに西の森で人が迷子になる事件も多発していてね。いかんせん、人手不足で手が足りないのですよ」


「幸いにあなた方も西に向かわれるそうだ。ついでに退治していただきたいとそういう話です。何もしなくてもヒルトロールに遭遇するかもしれない。それほど面倒ではないとお思いますが」

「でも、現れるまでは足止めということになりますね?」


「まあ、そういうことは無いと思いますよ。あなた方しか通らないのであれば、食事にえり好みはしていられないでしょう」

 ノアゼット様は迷っているようだ。俺が横から口を挟む。

「まさかタダ働きということはないよな?」


「正直に申し上げると、この街道は交易にとってはあまり重要なものではないのです。なので、現金のお支払いは、退治した1体ごとに金貨1枚程度しかお支払いできません」

 金貨1枚の価値が分からんのだよなあ。

「それだけ?」


「あとは現物支給になります。荷車と駄馬、3週間分の食料と、ビールを1樽。荷車と馬はキーギスの詰所にお返しください」

「少し俺達だけで話をしたい」

「構いませんが、手短にお願いできますか?」


「ノアゼット様、受けましょう」

「シューニャはまたすぐ色々なことに首を突っ込みたがるのですね」

「いえ。受けないとお金がありません。このパーティはエンゲル係数が高すぎです」


「なーに。そのエンゲルケースーって?」

「支払い金のうちに食費が占める割合ですよ。昨夜の食事代を払うと銀貨で20枚ぐらいしか残りません。移動中の食べ物などを買ったらもういくらも残らないでしょう」

「アタシも10枚ぐらいならあるわよ」


「ディヴィさんのは緊急用にとって置いてください。あ、そうだ、金貨って銀貨にするとどれくらいか知ってます?」

「20枚よ」

「つまり、この話を受けるか受けないかで銀貨60枚の差が出ます。マダムだって、ディヴィさんにひもじい思いはさせたくないでしょう?」


 少々ずるいがこういう言い方をさせてもらおう。そうじゃないと俺が単に守銭奴みたいに聞こえてしまう。

「分かりました。仕方なさそうですね。これもクラウス様のお導きかもしれません」


 席を立って、オヤジと立ち話をしているカマートのところに行き引き受けることを告げる。

「それはありがたい。では餞別代りに、昨日の食事代の残金が銀貨5枚と銅貨80枚あるそうだがこちらで持とう」

 お、ラッキー。

「では、支度をして西門までお出でいただきたい。こちらも準備をしておく」


 身支度をして、西門に行くとカマートが待っていた。

「これが我が国の通行証だ。それとこの手紙はこの度の事情を書いたものだ。首尾よく退治できれば金貨を払うよう書いてある」

 両方を受け取ってノアゼット様がしまう。


「大丈夫とは思うが、この先の森で道に迷う者が多発している。3日ほど行方不明になるのだ。命に別状はないが、その間の記憶がない。原因が分からんので、何とも言えないが気を付けるにこしたことはないだろう。では、よろしく頼んだぞ」

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