禁止された呪歌

 最初は、きょとんとしていた周りの人間も、聞いたことのないメロディに合わせてハミングしだす。そして、手拍子を打ち、足を踏み鳴らし始めた。そう、みな、酔っ払いである。軽快な曲で、この場にあったものであれば問題ないのだ。


「……わーかれゆーくー」

 1番を歌い終えると、杯を取って、

「皆の健康と再会を願って、乾杯!」

 杯を掲げると、乾杯の声がいくつも唱和され、杯が干される。そして、拍手が沸き起こった。


 背中にびっしょり汗をかいて、席に座ると、ノアゼット様が称賛を含んだ声をかけてくれる。

「シューニャ。いい歌でした。歌詞はよく分かりませんでしたけど」

 ほへ? そんなに難しい歌詞ではないと思うが、歌だと翻訳バグるのかな?


 今まで敢えて無視していた吟遊詩人の方に向き直る。すると、ディヴィさんに肉を切り分けるためのナイフを喉元に突き付けられ、目を白黒させていた。

「ど、どういうつもりだ」

「つまらない真似をしておいて、とぼけるつもり。ノド掻っ切らなかっただけ感謝して欲しいわねえ」


「くそ、どういうつもりだ」

「あら、まだしらを切るつもり。この素敵なお顔に消えない傷をつけてあげてもいいのよ」

 ろれつが回っているのはいいが、言ってる内容が物騒過ぎる。まるで悪役のようだ。吟遊詩人はすっかり余裕をなくしている。


「お嬢さん。あとはこちらでお引き受けします。それ、しまっていただけますか?」

 吟遊詩人の後に、凝った作りの鎧を着て、長剣を腰に差した男が立つ。やっぱりイケメンだ。ここはイケメンの国なのか? しかも、こいつは吟遊詩人と違って内面までイケメンな奴だ。俺のカンがそう告げる。


「申し遅れました。私はカマート、この街の衛兵を率いています」

「あら。隊長さんだったのね。じゃあ、この男の処置はお任せしますわ」

「はい。お任せください」

「俺が何をしたと言うんだ」


「どさくさに紛れて女性に魅了の呪歌チャームを聞かせようとしただろう? 街中でその歌は禁止されている。仮にも吟遊詩人でそのことを知らないとは言わせないぞ」

「ふーん。呪歌とは見当がついていたけど、チャームを仕掛けてくるとは大したものね。じゃあ、これはほんのお礼よ」


 ナイフを握っていない右手が後ろに引かれたと思うと、止める間もあらばこそ、ディヴィさんは吟遊詩人をぶっ飛ばした。後ろに倒れそうになり、衛兵隊長に抱きかかえられる形になる。形のいい眉を上げながら、

「そのような行為も街中では禁じられているのですがね」


「あら。紳士でしたら、乙女の大切なものを踏みにじろうとした大馬鹿者に、これぐらいの制裁は当然だとお思いになりません?」

 衛兵隊長はにっこりと笑うと、

「そうですね。紳士の振る舞いとしては、ちょうど目にゴミが入って何も見えなかったとしか言えませんな」


 軽く頭を下げながら、

「実はお話があったのですが、職務を先にこなさなくてはなりません。明朝、こちらで朝食をご一緒させていただいても?」

 ノアゼット様に問いかける。質問という形を取りながら、その実、有無を言わせない響きがあった。

「はい。お待ちしております」


 手招きした衛兵二人に吟遊詩人を両側から抱えさせると、2人を連れて衛兵隊長は出て行く。

「無粋な真似、ご容赦願おう」

 その声を合図に酒場はまた元の喧騒を取り戻す。あちこちから酒のお代わりの声が上がった。


「シューニャってば、あんな芸も隠しもっていたのね。結構良かったわよ」

「うわ、やめてよ。ディヴィさん。無茶を振られて必死にやっただけなんだから」「歌詞は全然分からなかったけど、いいメロディだったわ」

 あれ? やっぱり歌詞は分からないんだ。


「あれが本来のシューニャの言葉なのね。普段は私たちの言葉で聞こえるけど」

「俺も不思議なんだけど、どうしてなんだろう?」

「当然よ。歌はそれ自体が力をもつものだけど、元の言葉じゃないと効力を発揮できないものよ」


「そうなのか。俺の歌の言葉自体も原曲の言葉とは違うんだけどな」

 蛍の光。原曲はオールド・ラング・サイン。スコットランドのおじさんたちが歌っているのを動画で見たことがあるが楽しそうだった。別れを惜しんでもう一杯ビールを飲もうとかそんな歌詞だった気がする。気づけば周りでは酒のピッチが上がっていた。


「これがシューニャの歌の効果よ。アタシももう一杯だけ飲みたくなっちゃうわ」

 俺が微妙な顔をすると、

「冗談よ。私には残念だけど効果が及ばなかったわ。あいつのチャームと同様にね。アタシやノアゼットちゃんの魔力量を凌駕するにはもっと力がないと」


 ディヴィさんは言葉を続ける。

「アイツは呪歌で色々といかがわしいことやってきたんでしょうね。きっと、余罪もあるでしょうから、もう悪さはできないと思うけど。歌を悪用するなんて、当然の報いね」

「じゃ、じゃあ、俺の歌もマズいんじゃないか」


「どうかしら。ここに居る人は元々飲むつもりだったんだろうし、その気持ちに反して影響を及ばしたわけじゃないから平気じゃない?」

「そうかな?」

「まあ、あまり披露しない方がいいかもね。酔わしてナニかするつもりだと思われても大変でしょ?」


 ぶんぶん。首を横に振る。ほら、そんなこと言うとノアゼット様の表情が……。

「まあ、アタシはシューニャが付き合ってくれるなら、とことん飲んでもいいわよ。部屋で飲みなおす?」

 もう、からかうのは勘弁してください。

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