野生のモモも桃
30分ほど経っただろうか。永遠のように感じられた。岩の向こうでは美人2人がキャッキャウフフをしているのに、俺は岩陰でひざを抱えるようにしてうずくまっている。両手で耳を塞いでいた。聞こえないはずなのに妄想が妄想を呼び、何度か誘惑に負けそうになった。しかし! 私は耐えたのだ。本当に自分で自分をほめてやりたい。
人の気配に気づいて顔を上げると、ノアゼット様が俺を見下ろしていた。口が動くのが見え、耳から手を外す。
「じゃ、何かあったとき助けを呼んでも聞こえないじゃない」
文句を言うノアゼット様。まだ濡れた髪が緩やかにウェーブし、色気は当社比1.5倍。文句の割には声が尖っていない。
「そうやって見ないように我慢してたんだ。やればできるんじゃない」
そう言って、ディヴィさんの所へ戻っていく。俺も立ち上がったが体の動きがぎこちない。あの姿勢を保つのに力いっぱい気張っていたからだ。
俺が戻ると、ディヴィさんがからんでくる。
「ねえ、シューニャ。お腹空いた。空いたから一杯水飲んだけど、まだお腹空いてるよう。ね、早く、街行こう」
「はいはい。行きましょう」
街道に戻り道を進む。途中、川と交差したが、ここも歩いて渡れるほどの深さだった。だいぶ日が傾いてきており、今日も野宿確定のようだ。まだ日のあるうちに野営地を探すと適地が見つかった。そこに腰を落ち着けようとするとディヴィさんが騒ぎ出す。
「えーやだやだ。お腹空いた。もう、あのビスケットはイヤ」
参ったなあ。ディヴィさんがちゃんとしているなら俺がちょっと飛んで街まで行って食料調達してくることもできるんだが、この状態で2人を残していくわけにはいかないし。
近くに何かないかと見渡すと北側の山の斜面に、何かぽちりと赤いものが夕日に照らされているのが見えた。なんだあれは。この距離ならすぐだから大丈夫だろう。
「ちょっと、何かないか探してきます」
ひとっ飛びで行ってみると赤いのは何かの実だった。クンクン。モモのようないい香りがする。一つもぎ取って端っこを齧ってみた。うん。モモだ。身は固いし、それほど甘みがあるわけではないが、立派なモモ。持ってきていた袋いっぱいに入れる。50個ぐらいはあるだろう。これを持って戻った。
「モモがなってた」
そう言って、袋から取り出すと、ディヴィさんが歓声を上げる。早速一つ受け取って食べ始めた。
「マダムもどうぞ」
ノアゼット様にも手渡す。結局、ノアゼット様が2つ、俺が5つ食べた以外は誰かさんの腹の中に納まった。
「シューニャ。ありがとうね。なんとか底の方に納まったわ」
あれだけ食って底の方か。あれ? しゃべり方がいつもの感じ?
「アタシはね、お腹が空き過ぎちゃうとあんな感じになっちゃうの。迷惑だったでしょう?」
頬を染めて下を向くディヴィさん。しばらくすると顔を上げるが、まだ俺が見ているのに気付くとまた慌てて下を向く。
「ちょっと、シューニャ。人の顔をそんなにみつめないの」
ノアゼット様にそう言われても、この可愛いいディヴィさんから目が離せない。
「いやいや、そんなことないです。こうなったのも元はと言えば、俺の目を治療してくれたせいじゃないですか」
「そうです。ディヴィさんが責任を感じることはありません」
さっきまであなたもディヴィさん持て余していませんでしたっけ?
「そう言ってもらえるのはうれしいけど……。ああっ。思い出すと恥ずかしいっ」
そう言って顔を覆う。
「えーと、あの状態でも意識はあるんですか?」
「あるけど、酔ったかんじというか、意識だけはあるんだけど、自由が効かないというか」
もどかしそうに言う。
「ああ、でも、原因が分かって安心しました。そういうことなら簡単です。食事を切らさないようにして、ディヴィさんに負荷がかからないようにすればいいんですから」
そう言う俺を見て、
「アタシと一緒にいるのイヤにならないの?」
「ならないですよ。そうですよね、マダム」
「ええ。もちろんです」
「ありがとう。ノアゼット様。シューニャ」
感極まった声でディヴィさんが言う。まあ、実際、ディヴィさんいないと俺一人じゃノアゼット様の相手は無理。2人きりだと、今みたいに、そうですよね、なんて話しかけられそうにない。
「暗くなったので、今日はもう休みましょう。明日の朝、またモモ取ってきます。それ食べたら、街までは持つでしょう?」
「たぶん、大丈夫だと思うわ」
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