砂漠越え

「やあだ。お腹空いてるのに動きたくなあい」

 ディヴィさんが駄々をこねる。はあ。

「ノアゼット様、仕方ありません。パズーに2人乗りしてください」

「私が歩きます」


「それはダメです。ここを抜けるにはスピードが大事です。いいから2人で乗ってください」

 いつもはパズーに乗せる荷物の一部は俺が背負うしかないな。まあ、これくらいなら行動に支障はないだろうという範囲で荷物の調整をする。


「ディヴィさん。ここを抜ければ街です。街についたら、きっとおいしいものがたくさんありますよ」

「好きな物食べさせてくれるの?」

 急に目を輝かせるディヴィさん。やっと出かける気になったようだ。


 2人をパズーに乗せる。前がノアゼット様、後ろがディヴィさん。

「んー、いい匂い」

 ノアゼット様の細い体を抱きしめて、ディヴィさんがうっとりした声で言う。いい気なもんだぜ。


「パズー、頼んだぞ。俺が合図したら走れ。これが走れ、これが止まれだ」

 手でそれぞれのハンドサインを示す。パズーはこくこくと頷いた。俺は荷物を背負い、口と鼻を布で覆う。それから武器を右手に構えると注意深く砂漠に足を踏み出した。


 昨日俺が1体倒した辺りに到達すると地面にその跡が残っていたが、サンドウォームの遺骸はない。あいつら悪食で共食いまでするようだ。何があいつらを呼び寄せる原因か分からないものの、とりあえずあまり砂を崩さないように慎重に歩く。


 しばらく進んでいると、前方右手から砂が盛り上がった筋ができ、こちらに向かって進んでくる。止まれの合図を送ると、額のゴーグルを目に装着し、こちらから筋に向かって駆けだす。視界はあまりよくないが、一応見える。筋は2本。昨日のやつらかな。


 俺の近くまでくると砂山が破裂し、中からサンドウォームが姿を現す。躊躇せず突っ込んでハルバードを叩きつけた。連続で攻撃し、胴を寸断する。それと同時に少し離れたところで、2体目のサンドウォームが姿を現し、先頭部分を開くと砂をもの凄い勢いで吐き出した。


 ズザザザァ。砂粒が激しい風とともに襲ってくるが、俺の手製のゴーグルはそれに耐えた。砂の吹付が収まると首に巻いている布の端を左手で掴み、ゴーグルについた砂を払う。見えた。ヤツは俺に向かって胴を伸ばし、先端部分で噛みつこうとしているところだった。


 視界さえ確保できていれば、対処方法はいくらでもある。身動きできないようなふりをしてじっとしておき、直前で飛び退る。先端部分が空を切り、砂に激突したところを大きくジャンプ。ハルバードを大きく振りかぶって叩きつけてやった。グシャ。先端部分を断ち切ると、着地した勢いそのままに第2撃、第3撃を繰り出す。先端から2メートルほどの所で切り落とした。

 

 2体とも緑色の体液をまき散らしながらのたうっているが、それ以上の行動はできそうになさそうだ。よし。パズーに走れの合図を送る。そして、俺も走り出した。いくつか砂の筋が浮き出ているが、いずれも俺たちの方には向かっていない。不幸な2体の同族の方へ進んでいるようだ。


 しばらく走っているうちにコツがつかめてきた。親指に重心を乗せるようにして体重移動すると比較的走りやすい。パズーは俺以上に砂の上で走るのに順応しているようだ。へばりそうになったが2時間ほど走ると砂漠を抜けた。きっと砂漠の端の方なのだろう。固い地面を踏みしめられることにほっとしながらスピードを落とし、歩く速さにする。


 そのまま緩い傾斜を上り終えるとその向こう側は色彩が一変した。茶色から緑色に変化したのだ。空気も湿り気を帯びている。良く見えないがだいぶ先の方で一筋キラキラと輝いているのは川だろう。あそこまで行けば、砂を洗ってゴーグルが外せる。うかつに外して砂が目に入ったら危なそうだ。ガマン、ガマン。


 街道から外れて川に着いてみると、それほど深くはなく水は澄んでいた。頭ごと川の水につけ、砂を洗い流す。ざらっとした感触が無くなったのを確認してからゴーグルを外した。役に立ったが、重いし視界が限られるので外せてホッとする。頭から水を滴らせながら皆のところに戻る。


 パズーから降りて地面に座り込んでいたディヴィさんは、俺の姿を見ると、

「シューニャだけ、キレイになってずるい。アタシも水浴びする~」

 フード付きのマントを脱ぎ棄てると今度は上着を脱ぎ始めようとする。上着の裾を掴み、上にたくし上げようとして、形のいいおへそが見えたところで、ノアゼット様が抱きついて止めた。


「ちょっと、ディヴィさんダメですよ」

「暑いし、砂まみれでやだあ。早く水浴びするぅ」

「ダメですって、シューニャもいるし。見られちゃいます」

「見られてもへいきだも~ん」


「シューニャ、ぼーっとしてないであっちに行っていて。ほら、あの岩の向こう」

 少し離れたところにある岩を差す。へいへい。俺が言われた通りにすると、岩の向こうから、黄色い声が聞こえてくる。

「きもちいいよ~。ノアゼットちゃんもおいでよ。砂まみれで気持ち悪いでしょ?」


 ちょっとした間が空いて、

「自分で脱げますから、大丈夫ですって。ひゃあん」

 見たい。とっても見たい。でも、絶対にノアゼット様はここを監視している。少しでも俺の姿が見えたなら、容赦なくアノ呪文を唱えるだろう。ぐうう。ここは我慢だ。今日は忍耐力が試されるなあ……。

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