急場しのぎのアイデア

 目が見えず立ちすくす俺の周りに何か危険なものがうごめいていた。相手は俺が目が見えないことを知っていて、周りを巡っている。1体、2体……。数は分からない。ノアゼット様とディヴィさんはどうしたのだろう? 名前を呼ぼうとしても声も出なかった。やがて周囲の殺気が膨れ上がり、俺に殺到する。うわー。


 そこで、目が覚めた。乾いた風が冷や汗を冷ましていく。毛布をかけられた部分以外の体以外に冷気が突き刺さるような寒さだった。ふう。夢か。安堵と共に緊張を解く。俺は目をやられて、ディヴィさんに治療をしてもらったんだった。そして右手にかすかに記憶する柔らかな感触。はじめて触ったなんともいえない触感。どうして、こんな時にそんなことを思い出す?


 意を決して、目を開けた。

 何も見えない。く、治療が効かなかったのか? 焦燥と落胆に駆られて体を起こし、周囲を見渡すとぼんやりとした明かりが見えた。あれはディヴィさんが野営するときに灯す明かり。目が見えないわけではなかった。月のない曇り空に目が反応しなかっただけだったのか。


 ふうう。溜息を漏らす。目が慣れてくるとパズーの体とその側の2人の人影も認識できるようになってきた。崖下の窪みのところで野営をしているのか。日中は暑かったのに、夜は凍えるように寒い。俺もパズーの所にいって温もりを分けて欲しい。邪な思いはなく純粋にそう思ったがやめておこう。まだ、死にたくはない。危うく死にかけたのだ。毛布をかき寄せるとわずかに残る温もりを感じながら再び眠りに落ちた。


 翌朝、日の出と共に目を覚ます。目に痛みは無く、良く見えた。むしろ前より視力が良くなったんじゃねえか? 

 いや、マジでディヴィさんすげえな。寒さに強張った体をほぐしているとノアゼット様も目を覚ます。


「シューニャ。目は大丈夫なのですか?」

「問題ありません。むしろ良く見えるぐらいです。マダム」

「それは良かった」

 ノアゼット様は安堵の表情を浮かべる。あれ? 結構俺のこと心配してくれていたのか?


「デイヴィさんは、まだ休んでるのですか?」

「そのようですね。あの怪物の吐く砂には毒があり、かなり難しい治療だったようです。詠唱をやめたときは疲労困憊されてました。私は何もお役にたてず……」

 そうなのか。この世界の治癒魔法は即効性があるわけじゃないんだな。だいぶ長いこと呪文を唱えていたし。起きたらお礼を言わなくちゃ。


 朝日がだいぶ高く昇ってから、ようやくディヴィさんが目を覚ました。俺はすっとんで行き、礼を言おうとする。それを遮るようにディヴィさんは言った。

「おなか空いた。死にそう。ねえ、シューニャ。ごはん~」

 昨日までの颯爽としたかっこいいディヴィさんは姿を消していた。


「ディヴィは、こんなのやだあ。もっとおいしいものがいい」

 例の保存の効くビスケットを差し出しても食べようとしない。まあ、クソ硬くてうまくないのは同意だ。

「えーん、シューニャ、ひどいよう。こんなもの食べさせようとするなんてえ」


 俺とノアゼット様は困惑する。いったいどうしたというのだろう?

 ただ、俺達が持っている食料といえば、このビスケットぐらいしかない。食料袋の底をあさると干した肉が数切れ出てきた。塩気はきついがビスケットよりは食い物という感じがする。こいつを食う時は飲み物がないときついが水がない。


 仕方なく、前にディヴィさんがせしめた酒と一緒に干し肉を渡すと、ディヴィさんはチビチビと食べ始めた。まあ、ディヴィさんの変化はこの際後回し。一応大人しく飲み食べしているのを確認すると、俺はさっきまでノアゼット様と話をしていた難問に取り組むことにした。サンドウォームをどうやって排除するのか問題だ。


 格闘戦の能力なら油断しなければ大したことはない。ただ、あの吐き出す砂は問題だ。広範囲にまき散らすのですべてを避けるのは不可能だし、視界が極端に悪くなる。目に入れば失明の危険があるし、呼吸もしにくくなった。ディヴィさんがあの調子じゃ、次回は治療してもらえる保証はない。


 呼吸の方は、余った布で口や鼻を覆えば何とかなるだろう。問題は目だな。目をつぶったまま気配だけで戦うか? いや、かなり無理があるな。目が見えないと話にならない。ディヴィさんが魔法を使える状態なら、昨日の良く分からない液体を目のところに張り付けておくという手が使えたかもしれないが……。この世界にゴーグルなんてねえよな?


 ゴーグル? なけりゃ、なんとか作れないか?

 枠は何とでもなるから、あとは透明なガラスかプラスチックがあれば……。そんなもの……あった。急いで、この間の強盗団から巻き上げた袋を探す。これこれ、水晶片を見つけて取り出した。目の前にかざすと多少歪むが向こうが透けて見える。ばっちりだぜ。


 その辺の木を削って枠を作り、両目のところに水晶片をはめる。顔に当ててみて、隙間ができないように凹凸を調整して、革ひもで頭にくくりつけてみた。

「シューニャ。何をしているのです?」

 口で説明するより早いと、手製の簡易ゴーグルを手渡し、覗いて見るように言った。


「シューニャ。これは!?」

「ゴーグルって言います。目に色々なものが入らないように防護しながら、それでも見えるようにするための道具ですよ」

 ノアゼット様が目に当てているのを見るとごつくて不格好なのを改めて痛感するが、要は見えればいいんじゃ。ノアゼット様の表情が心なしか賛嘆を帯びているような気がする。よし。これでリベンジしちゃるぜ。

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