食欲魔人

「まずは、その前に息子を連れだしてくださらんか?」

「えーと、息子さんは何してんだ? 人質にでもされてるのか?」

 ハイゼ氏は顔をしかめて言う。

「その神官の側からべったり離れんのじゃ」


 んー、良く分かんねえな。

「捕まってるんじゃなければ、呼べばいいだろ?」

「それがのう。一緒になるとか言っているのだ。あのバカ息子は。素性の知れない、あんな大飯食らいとな。確かに外見はなあ……」


 やっと、話が見えて来たぞ。神官は女で、そいつと村長の息子は結婚すると言い出してるのか。で、それでは身代が持たないというので、何か理屈をこさえて別れさせようという。つまり、化物ってことにして追い出した方が覚えがめでたいってことになるのかな?


 ノアゼット様には、ハイゼ氏の家で休息していてもらうことにして、俺はその神官とイーノとかいう息子が宴会している建物に連れていってもらった。そして、右手に料理を載せた大皿、左手に酒の入った大甕を持たされて、部屋の中に入っていく。5人ずつゆったりと座れそうなテーブルの向こうにその2人はいた。


 一人は40過ぎぐらいのおじさんだ。にやけた顔でもう一人に酒を注ぎながら話しかけている。これがイーノかな。そして、もう一人は、ダイナマイトバディのねーちゃんだった。座っているので下半身は分からんが、上半身はばばーん! 相当飲んだのか赤い顔をして上機嫌で鼻歌を歌っている。


「おー、おそいぞー。ひゃやく次のちょーらい」

「ほら、何をぐずぐずしているんだ。早く運んでこないか」

 なんかムカつく。料理と酒をテーブルに置くと、後ろからバカ息子を抱え上げる。


「どこ行くのお?」

「なんか、若旦那じゃないと分からないことがあるらしいんですよ。ちょいと失礼しますね。あ、すぐに次の物お持ちしますんで」

「あら、楽しみぃ」

 余計なことを言わせないようにさりげなく締め上げておいたイーノを外に連れ出す。


 待っていた村長のところの若い者にイーノを預けると、また皿を持って、部屋に戻った。すごくいい匂いがしているので、こっそりつまんで口に入れる。子羊肉を焼いた奴かな。結構いける。急いで咀嚼して飲み込むとテーブルのところに運んでいった。


 皿を置いて、酒を注いでやると一息に飲み干し、女はケラケラと笑って、また、何か鼻歌を歌いだした。その隙に、俺は女の背後に立ち、目の前で手で×印を作る。そして、呪文を唱えながら、両手をゆっくりと外側に広げる。両手の手のひらが目の前で重なり、手のひらの間の隙間ができる。そこから覗くと……、女は女のままだった。


 明るい栗色の髪をした派手めのグラマラス美女。つまり、魔法か何かで姿を変えているわけではなく、見た目そのまんまということだ。

「おかわりぃ、ちょーらい」

 言われるままに、新たに酒を注いでやる。すると、女は空いた別の杯を差し出す。それにも注いでやると俺に突き出した。


「ひといで、のぉんでもおもしろくにゃい。ちみも飲みたまえ」

 完全に出来上がった酔っ払いだ。俺が受け取った杯に対して、自分の杯を掲げるとクイと飲み干す。

「ほりゃ、ちみも飲むんだ」


 うーん。どうすっかな。見た目は誤魔化してないにしても、ただの人間じゃないのは、テーブルの上に積みあがった皿を見れば一目瞭然。どんだけ食ってるんだよ。考え事をしていると、テーブルに置いておいた杯が突き出された。

「まじめぶった顔してにゃいでのめー」


 いい加減疲れたのか、片ひじをテーブルにつき、こちらを下から覗き込むようにして杯を差し出す女の瞳は、意外と澄んでいた。眼のふちを赤く染めたその顔立ちを見ていると懐かしい先輩のことが思い出される。近藤先輩、元気にしているかなあ?


 近藤先輩というのは、俺がまだ日本で生きていた時に入った会社の先輩だった。新人研修が終わって仕事を始めても、まったくできないことばかり。いい加減うんざりして缶コーヒーでも買いに行こうと休憩コーナーに向かっているときに、重そうな段ボールを2箱も抱えて廊下を歩いている人がいた。


 段ボールに隠れて顔は見えなかったけど、抱える手の細さから女性と分かった。思わず、

「あ、手伝いますよ」

 そう言って、段ボールを掴んだ。相手は一瞬迷ったそぶりを見せたが、結局荷物を俺に預ける。クッソ重い段ボールだった。


「どこ運べばいいですか?」

「会議室へお願い」

 言われるがまま、段ボールを運んで、会議室のテーブルの上に置いて振り返ると、隣の課の才媛である近藤先輩が腕を組んで立っていた。


「どうもありがとう。この会社に勤めて数年になるけど、こんな風に手を貸してもらったのは初めてだわ」

 美人にお礼を言われて、ドギマギした俺はへどもどしながら、会議室を出て行った。


 近藤先輩はよく見ると美人だ。ただ、普段はそれよりもキツさや厳しさが前面に出ている。仕事もものすごくできる。なので、俺もそれまでは側に寄ろうともしなかった。しかし、この1件以来、コピー機の前でマゴマゴしていると通りがかった近藤先輩が操作を教えてくれたりするようになる。

「なんでもいいから聞きなさい。時間の無駄だから。だけど2回目に聞くのも無し。それも時間の無駄よ」

 


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