事件の匂い

 オクト神殿を離れてまた旅を続けているが、ちょっと苦痛なことがある。それはノアゼット様との会話があまり続かないことだ。まあ、育った世界そのものが違ううえ、こっちは元社畜で趣味も無し、向こうは神官の修行ばかりで世間知らず。俺は見てるだけで楽しいっちゃ楽しいんだが、気軽な会話もしてみたいじゃないか。


 実際には事務的な会話がほとんどで、お互いの距離が縮まるような会話はまるでない。そりゃあね、山賊の小屋での一件以来、俺のことを警戒するのは仕方ないけどさ。なんか、根本的によそよそしい感じがするんだよな。


 一応、山の中でオークの一隊に出くわして襲い掛かられたときに、ちゃちゃっと片づけた後で、感謝の言葉をもらったりすることが無いわけじゃないけど、なんていうのかな、社会的な儀礼の範囲で言っているだけだと思う。俺の女性相手の対人スキルが低いのが大きな原因なのは間違いないけどな。


 そんなことをうだうだ考えながら、道を進んでいると割と大きな村にさしかかった。5日間、ほとんど人家が無く野宿続きだったので、今日は宿に泊まれるかもと思うとホッとする。丁度馬で通りがかった人がいたので呼び止めてみた。


「すいません。どこか泊まれるところありますか?」

 ゲームなら、ここはナントカの村だよ。宿屋は向こうだよ、って答えてくれるところだが、現実は世知辛い。無視して通り過ぎようとするので、急いで追いかけてその男の馬の轡ととらえた。

「なんだ。急いでいるんだ。邪魔しないでくれないか」


「まあ、そういわずにちょっと教えてくれよ」

「お忙しいところ申し訳ありません。ほんの少しだけ……」

 ノアゼット様が強い日差しを避けるためのフードを除けながら訪ねると男は態度を軟化させた。うん、君も男だね。


「この街道を行って、途中で右に曲がってしばらく行くと宿屋がある。これでもう行っていいかい?」

 これだけの美人の前から去ろうというのは何か事件の臭いがするな。これはいい金もうけになるかも?

「何をそんなに慌ててるんだ?」

「あんたには関係ないだろ。急いでるんだ」


「いやあ、ことによっちゃ、助けてあげられるかもと思ってさ」

 困った顔をしながらも、俺たちのことを改めて見た男は尋ねてくる。

「その格好、神官か何かかい?」

「おお、良く分かったな。こちらのノアゼット様はアンシーにあるクラウス神殿の神官だ」


「そうなのか。それじゃあ、化け物退治とかできるのか?」

「荒事は俺の受け持ちでね。かなり強いぜ」

「そうか。まあ、そうだな。アンシーからここまで来たということは道中色々あったはずだからな」


「で、化け物っていうのは?」

「正確に言うとまだ化け物って決まった訳じゃない。おれはこの村の村長ハイゼ様のところで働いているもんだが、村長の一人息子であるイーノ様の具合が悪くてね」


 おいおい、化け物退治じゃないのか? 治療魔法は使えないんだよ、このパーティ。というか前衛1しかいないんだがな。

「具合が悪いっていうのは?」

「ああ、それは、旅の神官ていうのが直したんだがね」

「じゃあ、解決してるんじゃ?」


「話は最後まで聞けよ。その神官ていうのを、治療の礼としてもてなしているんだが、食う量が尋常じゃないんだ」

「腹が減ってたんだろ?」

 そういや、俺も腹減った。


「いや、村に一度の祭りがあって、その時に100人分の料理を出して派手に飲み食いするんだが、それと同じ量を一人で食うんだ。人間業じゃないだろう?」

「うーん、さすがにそれだとフードファイターでも無理だな」

「なんだ、そのフードファイターってのは?」

「ああ、大食いの称号みたいなもんだ。話をそらしてすまん。分かった。確かに異常だ」


「それでな、ハイゼ様がこの神官と称するのは実は何かの化け物なのではないかと心配して、オクト神殿に俺を使いに出されたという訳だ」

「なるほどな。で、化け物なら退治までついでにお願いしたいと」

「そういうことだ」


「それじゃ、任せてくれ。神殿まで使いに出てたんじゃ。馬でも往復で数日かかるだろ?」

「うーん。とりあえず、ハイゼ様に引き合わせよう」

「それじゃ、案内頼むぜ」


 案内をされながら、ノアゼット様が小声で問いかけてくる。

「なぜ、そんなにしつこく事情を問いただしたのです?」

「第一に人助けです。善行積むのは悪い事じゃないでしょう? それにもう路銀が無いんですよ。少しばかりのお礼を頂かないとどこかで野垂れ死にしてしまいます」


 ノアゼット様が何か口の中でブツブツ言っているうちに、大きな屋敷に着いた。中に入っていくと恰幅のいい初老の男性が驚きながら言う。

「なんだ、まだ出かけていないのか?」

「それが、村の入口のところで……」


 俺と会ってからの事情を聞いて、初老の男性が言う。

「それでは化け物の真贋判別をお願いできますかな?」

「おう、任せておいてくんな。万が一、化け物だったとしても心配無用だ。きちんと退治してやっからさ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る