言わぬが花
夜が明けた。朝日がまぶしいぜ。
外を覗いてみてびっくりした。俺たちが割り当てられた宿舎以外の建物がいくつか焼け落ちていたのだ。神殿自体は無事のようだが、これ結構な被害じゃないか。そういや、昨日はちょっと風吹いていたから、延焼したんだろうな。
神官連中は焼け落ちた建物の消火活動に夢中だったのだろう。顔は煤だらけで疲労困憊といった表情だ。そして、焼け落ちた建物の多さと、本来燃えるはずの建物が健在であることに呆然自失としている。
そりゃ、この世界に消防自動車はないだろうし。バケツリレーで水運んだところで正に焼け石に水。ジュッてなもんだ。
まてよ。消火能力が低い世界で火を出した罪ってすげー重罪じゃねーの? あーあ、おりゃ知-らね。
「シューニャ、一体どうした有様なのですか、これは?」
「マダム。お早うございます」
さて、ここはどう答えたもんかな。なんか色々メンドクサイし、結局俺がペンダント見せたのが悪いってことになりそうだし。
「私も朝起きてみたところ、このようになっており、びっくりしていたところです。どうやら、火が出たようですが」
「建物の周囲は焼けているのに、この建物には全く被害がないとは不思議ですね」
「そうですね。不思議です」
「あ、これは何かの加護があったのではないでしょうか?」
「そうかもしれませんね。そういえば、ペンダントは? 神殿長様は無事なのでしょうか?」
「あそこにペンダントが」
ノアゼット様が寝ていた部屋の扉の上にあるペンダントを指さす。昨日、こっそり置いておいたやつだ。
「ひょっとすると、このペンダントの加護かもしれませんね。ノアゼット様の危機を察してとか?」
我ながら苦しい説明だ。ペンダントが勝手に移動するはずないだろ、フツーに考えて。
あれ? ノアゼット様はペンダントをかざして祈りを捧げ始めた。
「クラウス様。ご加護を感謝いたします」
あ、そう。信じちゃうんだ。まあ、いいや。
身支度をして、ユニコーンを連れ、外に出ると、神官たちは驚いたように遠巻きにしている。建物が焼けてなかった時点で半ば予想していたのだろうが、俺たちが無事なのを見て、ひそひそと何かささやき交わしている。すると、大神官があたふたとやってきた。
「おお、ご無事でしたか?」
「クラウス様のご加護を持ちまして。火事の被害はいかがですか?」
「幸い死者は出ませんでした」
おいおい、死者を出すつもりだった奴らが良く言うよ。
「それで、神殿長様は?」
「責任を感じた心労からか今朝ほどお亡くなりに……」
「それはおいたわしいことです」
「ですので、ご出立に当たって、お構いできませんことご了承ください」
おやおや。神殿長が亡くなったことをいいことに全責任おっかぶせて口を拭うつもりか。まあ、俺も寝てたことになってるし、余計なことは言わないでおこう。
「ただ、申し訳ないことに、お預かりしたペンダントが見当たらず、どのようにしてお詫びしたものか……」
「そのことでしたら、問題ありません。自ずと私の手元に戻ってきております」
大神官は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに元の顔に戻る。
「それであればようございました。では、取り込み中ですので御免くだされ」
「私も急ぐ旅ですので、十分なお悔やみ申し上げられないことご容赦ください」
事情を知る者、知らぬ者、お互いが挨拶をして別れる。大神官は神官たちを引き連れて神殿の方に向かった。これから口裏合わせやら後片付けやらに忙しいのだろう。
門の外に出て、パズーに乗ろうとして初めて、ノアゼット様は鞍が無いことに気づく。
「シューニャ、鞍がありませんが?」
「申し訳ありません。外に出ていたようで、燃えてしまったようです」
「仕方ありませんね。贅沢は言っていられません」
そう言うが、鐙がないと乗れないようだ。手で鐙の代わりの台を作ってやり、手伝ってやって、やっと騎乗する。
「どこかで、見つけ次第手に入れます。それまでご辛抱を」
「シューニャ。頼みますよ」
そう言ったノアゼット様の姿はぎこちない。鞍がないので脚でユニコーンの背を挟まなくてはならないからだ。その状態を目にして初めて昨日のパズーの意図に気づく。
つまり、今日はノアゼット様は、厚い鞍越しでなく、薄い布だけを挟んで、パズーと密着しているのだ。それだけでなく、脚で挟んでいるなんて。チクショー。俺も背中でその温もりを感じたいぜっ。このエロ水竜め。なんちゅう高度な作戦だ。この俺をもってしても見抜けぬとは、お主やるな。
あまりの悔しさに、最初に見つけた農家で鞍を購入したのは言うまでもない。パズーの奴、睨んでやがったが、1時間も楽しんだんだろう?
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