無実の罪

 ふう。周囲の景色に同化するようカモフラージュしていて良かったぜ。大事なところを出してるところ見られないように配慮していたのが役に立った。周りを取り囲んでいる神官たちはまだ俺に気づいていない。よし、まずは出すもん出してからだ。枯草の陰で音をさせないようにしゃがんでする。くそ、堂々と立ってやりたい。まるで女の子みたいじゃないか。


 ふう。今夜2度目の安堵の溜息。すっきりした。よし、善後策を考えよう。しかし、どうしたもんかな。こいつら全員ぶちのめすのは余裕だが、流石にノアゼット様にあとでアレをやられるのは目に見えてるしな。もう、立ったままできなくなるのは困る。


 だが、火をつけられたらなあ。俺は平気だが……。建物に火が回ればノアゼット様もただでは済まない。服だけが燃え落ちるなんて都合のいいことはないだろうからな。火、火、えーと火を防ぐには水だ。だが、水をどうするか。俺のタンクはさっきので空だ。そもそも量が足りない。水、水。ピコーン。来た!閃きましたよ。


 一旦建物に戻って、付属の厩に行き、パズーに声をかける。

「おい、パズー。お前は元水竜だろ。水を扱うのは得意だよな?」

 こくり。

「この建物を火から守ったりできるか?その姿でも?」

 こくり、こくり。よっしゃ。

「火をかけようとしている連中がいる。お前の力で保護してくれ」


 ん?頷かないのか?

 厩の端に行き、鞍を鼻づらで指し、首を外に振っている。

「こいつを外に放り出せというのか? そしたら言う通りにすると」

 こく、こく、こく、こく。


 よし、これで、この建物は大丈夫だ。となったら、どうしてこうなったか原因を探らなきゃな。もう一度、外に出て、周囲を探る。夕飯のときみかけた奴の姿に変身し、さりげなく、遠巻きにしている連中の中に混ざる。なになに? 実はあの2人は巡礼者というのはウソで、凶悪な魔物が化けている。なので、寝ている間に焼き殺す、だと?


 聞いていると神殿長様があいつらの正体を見破られたという話も聞こえてくる。ははーん。そういうことか。あのジジイ、あのペンダントが欲しくなって、こんな話をでっちあげやがったんだな。すぐバレそうな嘘をよくもまあ。神殿長ってここのトップなんだろ? 大丈夫なのか?


 あ、でもこの感じ誰かに似てるぞ。そうだ。俺が勤めていた会社の社長だ。そうだよなあ。トップになっちまうと誰も静止しないから、自分の欲望が抑えられなくなってしまうのかもしらんなあ。おっと、そんなことを考えている場合じゃないな。神殿長の様子を見に行こう。


 さて、神殿長の部屋はどこかな? お、案内板がある。最上階の右奥か。こういう点では楽でいいな。世界征服を企む大魔王の城じゃこうはいかんだろ。途中、訳の分からん罠があったりして入口に戻されたりとかな。ここは公的にはきちんとした神殿だから、そんな心配は無用だろう。


 とはいえ、正面から入っていくわけにもいかんから、外から覗くか。逆さに壁にへばりついて開いた窓から中を見ると誰かいる。

「準備整いました」

「では火をかけるのだ」

「本当によろしいのですか?」

「わしの言うことが信じられぬというのか?」


 やれやれ、どこの世界も大変だね。上司に業務内容の確認したら脅されてるよ。そりゃ、あんな可憐な美少女焼き殺せって言われてもフツーやらんだろ。中身は少々アレだが、可愛いのは間違いない。と思っていたら、この世界の連中は俺よりも社畜度が高かったらしい、結局は分かりましたとか言ってるよ。こわ。


 部下が出て行ったら、神殿長は机の引き出しからペンダントを取り出して矯めつ眇めつしている。よっぽど気に入ったんだな。お、急に立ち上がって、反対側の窓のそばに行ったぞ。向こうが赤くなっている。火をつけたんだな。よし、この隙に机の上のペンダントに意識を差し伸べて、手元に引き寄せる。この距離、重さなら簡単、簡単。よし、ずらかろう。

 

 さて、部屋に戻るとしよう。おーおー、派手に燃えとるじゃないか。中は大丈夫なんだろうな。パズーのやつ、きちんと仕事してないと大変なことになるぞ。よし、急ぎ中に入ろう。なんだ、このジェルのようなひんやりした感じは? まるで熱を出したときに額に貼るシートみたいだ。なるほど、きちんと仕事をしているらしい。


 中に入って、扉を閉めると全然熱くないし、煙も無い。木がはぜる音もしないし、全く外が燃えてるなんて分からないぞ。ノアゼット様の部屋も扉が閉まったままだし、ぐっすり寝ているんだな。


 一応、パズーの様子を見ておくか。

「おい、頑張っているみたいだが、大丈夫か? 朝まで持つのか?」

 パズーの奴、ウインクして余裕のようだ。

「じゃ、俺、寝ていい?」

 さて、俺も寝るとしよう。明日の朝はまたひと悶着ありそうだしな。

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