宝物自慢

 メインのテーブルでは小難しい話をしながら談笑しているようだが、俺はこっちで好きにさせてもらうぜ。この世界に来てから甘いものとはご無沙汰だ。サクッ。これは、バターをたっぷり使って蜂蜜で味付けしたお菓子か。じわわ。涙が出そう。舌が甘さに感動して痙攣するんじゃないか、これ。


 おっと、ガツガツしてはもったいない。ゆっくり味わって食べねば。そうだ、お茶も飲もう。ふう。落ち着くぜ。いやあ、こっちの世界でもあるとこにはうまいもんがあるんだな。まあ、どこの世界でも宗教関係者は権力者ってことなんだろうな。


 権力者と言えばメインテーブルは何やってんだ? なんか、じーさんどもゴテゴテした宝飾品を取り出しているな。なるほど、俺たちはこんなすごいもん持ってんだぜって自慢大会か。下世話だが、こんなものを持てるほど信者が多いということにもつながるからな。

 

「それで、ノアゼット殿はどのようなものをお持ちかな? 世界に冠たる帝都アンシーからお出でとのこと、何か珍しい物をお持ちなのでは?」

「旅の途中ゆえ、そのようなものは何も」

「いやいや、何かはお持ちでしょう。もったいぶらずにお見せ下さらんか」


 あーあ、これはメンドクサイ。見せなきゃ馬鹿にする気満々なやつだ。敵対関係にはない宗派といえども、それなりに確執があるのだろう。一応、クラウス神の方が格上とのことなので、ことあるごとに自分たちのすごさをアピールしたいのかもしれない。ましてや相手はうら若き少女だしな。よし、ここは一つ俺が。


「マダム。あの護符をお見せになってはいかがでしょうか?」

「シューニャ。余計なことは言わないように」

「護符ですと?」

 じいさんやお付きの者たちから失笑が漏れる。まあ、神殿なんだから護符なんて売るほどあるだろうな。


 俺はもう我慢できなくなって、荷物の中から、この神殿に着いてからノアゼット様が外して、俺に預けていたペンダントを掴む。この間クラウス神の宮殿に向かう方向を指し示したやつだ。大きな宝石も付いているしキンピカで見栄えのすることは間違いなし。どうだ!


「シューニャやめなさい」

 ノアゼット様の静止の声は間に合わず、神殿長とかいうじーさんは目をむき出してペンダントを凝視している。

「確かにこれはただの護符ではありませんな。手に取ってみてもよろしいか」


 こうなってはノアゼット様も嫌とは言えない。お付きの者が近づいてきたので俺はペンダントを手渡す。お付きの者は直接触れぬよう白い布にペンダントを包むように持って、神殿長に捧げる。

「おお、近くで見るとより一層素晴らしい」


「どうだろう。ノアゼット殿。今晩一夜だけで結構なのだが、お貸し願えぬかな。この神気を浴びれば、ますます高みに近づけると思うのじゃが。明日の朝には必ずお返しする。この先の旅の便宜も図ろう。いかがであろうか?」

 そこまで言われては、宿を借りている手前、ノアゼット様も断ることはできなそうだ。


 人の手に渡したくないけどそうもいかない。その怒りは俺に向かうわけでして。神殿長とのお茶が終わり、今夜の宿に当てがわれた居心地のいい部屋に腰を落ち着けるや否やお説教がはじまった。

「シューニャ。ああいった物は見せびらかすものではありません」


「いや、俺は単にノアゼット様が貧しい巡礼者風情と蔑まれるのが我慢できなかっただけです」

「そのようなこと気にすることはありません」

「でも、ノアゼット様はある意味ここではクラウス教の代表なわけでしょう? ある程度の見栄えは必要だと思いますけど」


「虚飾に惑わされるなど、それは真の信仰ではありません」

「そうは言ってもさ。一般人には大事なんじゃないの。じゃなかったら、そもそも壮麗な神殿とかいらないじゃん。あと、高位の人ほど派手な格好してるでしょ」

「それは確かにそうですが……」


「まあ、結果的に一晩貸すことになったのは申し訳ありませんでした」

 なので、例の呪文は勘弁してください。

「まあ、過ぎたことは仕方ないですね」

 ノアゼット様はため息をつく。ふう、危機は脱したかな。


 一応許してもらえたようなので、俺はノアゼット様が割り当てられた部屋を退く。さすが巡礼者を泊める神殿だけあって、控えの間付きだった。たぶん、この建物はそれなりの身分の人が来た時に泊めるためのものなのだろう。他の建物と違って木がふんだんに使われており神殿特有の冷厳な感じは極力抑えられていた。


 夜になり神殿の食堂で夕食をごちそうになった。俺は当然その他大勢と一緒の席。まあ、暖かくて柔らかい食事が食えただけで文句はありません。量も多かったし、野宿とは大違い。満足して与えられた部屋に戻って寝る支度を始めたら、尿意を催した。しかし、トイレに行くのはちょっと……ね。水洗トイレが恋しい。なので、立ちションすることにした。


 部屋をそーっと抜け出して、人目を避けながら手ごろな場所を探そうとすると何か様子がおかしい。なんで、建物の周囲に枯草や折った枝が積み上げてあるんだ?これがあると壁にむかってしにくいじゃないか。と思ったときに閃いた。これ、火をかけようとしてるんじゃね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る