オクト神殿
パズーを仲間にしてから1週間ほど経った。このチベって国は、あまり栄えている訳じゃないらしい。この間、宿に泊まれたのは1度だけ、あとは野宿だ。幸い晴天が続いているが、今日は雲行きが怪しい。雨の中、野宿なんかしたくねえし、あのクソ硬いビスケットにも飽きた。しかも、それすら残り少ないときている。
山裾を回ると前方に大きな建物が見えた。ラッキー。あんだけ大きければ雨露をしのげるところがあるだろう。うまくしたら泊めてもらえるかも。
「マダム。あの建物まで急ぎましょう。うまくすれば降られずに済みます」
パズーも了解したとばかり、駆け足を始める。
建物の門の下に滑り込んだちょうどその時、バラバラと大粒の雨が降り出した。
「シューニャ、間に合いましたね」
「そうですね、マダム。濡れずに済みました」
俺の的確な判断のおかげだがな。あとは、軒先を借りる許可を得られるか、あわよくば泊めてもらえるといいんだが。
で、ここはなんなんだ。結構立派な建物だけど。門の屋根のところに何か書いてあるが、洒落た書体でなんて書いてあるか判らねえ。今まで字が読めないことはなかったから特殊な文字なのだろう。
「マダム。あの字はなにと書いてあるのでしょうか?」
まるで、俺が字が読めないバカみたいだが仕方ない。
「ここはオクト神を祭る神殿ですね。オクト神はクラウス様の片腕とも言える神様です。お願いすれば、一夜の宿をお借りできるでしょう」
おお、それは好都合。うまくすれば飯もありつけるってことか。
「で、そのお願いをする相手なんですが、いませんね?」
不用心なことに門のところには誰もいない。
「誰かいないのか?」
声をかけたが出てこない。うーん、人が居ないってことは無さそうなんだがな。
「マダム、中入っちゃいましょうよ。中に入れば人が居るかもしれませんし」
「それは失礼にあたります」
でた。そりゃ、俺だって、門のところで用件告げるのが礼に適うってのは分かるよ。でもさ、誰も居ねーんじゃ仕方ないと思うんだけど。まさか、人が出てくるまで待ってるつもりかよ。気がなげーな、おい。まてよ、この門の右側は鐘楼になってたな。
雨は先ほどより小降りになっている。俺は外に出ると、鐘楼の壁を駆け上った。ところどころでっぱりがあるので苦も無く最上階の鐘突き場に着く。いくつか大きさの異なる鐘があり、太い綱がぶら下がっている。これを引けばいいんだな。いっちょやってやるぜ。力いっぱい綱を引くとカラン、カランと澄んだ鐘の音が響き渡る。お、いい音色じゃねーか。
面白くなって綱を引きまくっていると建物から数人の人が出てきた。
「そこで鐘を鳴らしているのは誰だ?」
もうちょっとやってやろう。カラン、カラン、カラン。
「おい、いい加減にしろ。うるさいぞ」
建物から出てくる人が増えてきた。よし、もうこれくらいでいいだろう。
俺は鐘突き場からパッと飛び降りた。ダンっと大きな音を立てて飛び降りた俺を見て周りの人間は驚く。まあ、そりゃそうだろう。ビルの5階相当の高さから飛び降りたんだからな。普通なら怪我をするところだ。だが俺にとっては朝飯前。つーか、今は夕飯前か。腹減った。門の下のマスターのところに戻る。
「シューニャ、こんな騒ぎを起こしてどうするのですか?」
「お陰で人が出てきましたけど。ほら、あちらの人がこちらを見てますよ」
ノアゼット様は深々と頭を下げていう。
「私の供の者がお騒がせして申し訳ありません。クラウス様のところまで訪ねていく巡礼の者ですが、一晩泊めていただけないでしょうか?」
神殿の連中は武器を持つ者もいたが、挨拶をしたのが超絶美少女だと気付くとたちまち態度を軟化させた。
「クラウス様の信徒であれば、我らの兄弟のようなもの。一夜の宿の提供など造作も無きこと」
おいおい、鼻の下が伸びまくってるぜ。
「ありがとうございます。お騒がせしたにも関わらず、お泊め頂けるとは。後で供の者は厳しくしかっておきますので」
「いやいや。門番も出払っていたのはこちらの落ち度。気になさらぬよう。ではこちらへ」
そこからは退屈な時間が過ぎた。冗長な社交辞令、挨拶、お互いの紹介、信仰の讃えあい。しかもオクト神の神像に祈りまで捧げている。あまりに退屈なので俺は隅っこでうたた寝をしていた。すると、
「ノアゼット様。神殿長と大神官がお茶をご一緒にとのことです」
お、おやつにありつけるのか。
せいぜい神妙な顔を取り繕って、ノアゼット様の後ろについていく。もちろん、目は1点に釘付けだ。言わなくても分かるよな。広い部屋に案内されて入ると、中にはじーさんとよぼよぼのじーさんが居た。テーブルの側に立つ2人がこちらへと招くその場所には椅子が3つしかない。ちぇ、テーブルの上にはお茶と菓子がセットされているのに、俺はお呼びじゃねーってことか。
「お供の方はこちらへ」
言われた先には小さなテーブル。メインテーブルよりは質素だが、お茶と菓子が置いてある。まあ、食えるならいいや。じーさんのご相伴じゃあまり美味くなさそうだしな。
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