旅立ち

 夜が明ける。俺は強張った体を伸ばす。小屋の軒先にあった布を敷いて寝たものの、薄すぎて地面の硬さでよく眠れなかった。まあ、雨が降らなかったからよかったものの、そうじゃなかったら最悪だったぜ。しかし、どうすっかな、起こしに行ってアレくらってもいやだが、日が昇ったのにじっとしているのもなあ。そう思っていたら、小屋の戸が開いた。


「おはようございます」

 別に俺への警戒を解いたわけではなく、単に習慣だから挨拶しただけのようだ。

「ああ、おはよう」

「それでは、朝食をとって出かけましょう」


 荷物の中からノアゼットが何かを取り出した。一応、俺にもくれるらしい。もらったのはクソ硬いビスケット。小さな塊を口の中に入れてふやかしてから食べる。旅行用の保存食なのだろう。味はまあ乾パンの従兄弟ってとこか。一応腹は膨れた。


 出発し、街道に戻る。チラリと振り返るとノアゼットは馬上で昨日の惨状から目を背けていた。口の中で何か唱えているが、死者を悼むセリフを唱えているのだろう。こいつらだって命乞いする相手をなぶりものにしたことだってあるだろうに。まあ、いいや、余計なこと言って、怒りがぶり返してアレをやられてもたまらんからな。


 テクテク歩いて夕方近くに村に着いた。ふう。良かった。今夜は野宿せずにすみそうだ。お、一応宿屋もあるみたいだな。月と星の絵の看板が出ている建物がある。厩にノアゼットの乗馬を預けて、宿の受付に行ってみると、宿の人間となにやら言い合いをしていた。


「いや、だから、ただで泊めろと言われてもねえ」

 宿屋のオヤジだろう。困り果てている。男相手なら怒鳴りつけて追い出すところだろうが、相手は可愛い女の子だ。俺に気づいて声をかけてくる。

「あんた、このお嬢さんの連れかい?ちょっと話が通じなくて困ってるんだ」


 双方の話を聞いてみる。ノアゼットの主張は、タンリーエン帝国とクラウス神の命による聖なる任務なので、宿のお世話をお願いします。宿のオヤジの主張は、ここはチベ国だし、そんなこと言われても知らんがな。うん、まあ、これはオヤジが正しい。


「えーと、ここはお金を払うしかないんじゃないかな。これ以上、オヤジさん困らせてもさ。それで生活しているんだし」

「生活をしている?どういうこと?」

 ひょっとして、こいつめちゃくちゃ世間知らずなんじゃないか?


「普通の人は、飯食うのにも、この服を手に入れるのも自分で何とかしなきゃいけないの。だいたいはそれにお金を払うわけ。このオヤジさんは宿に他人を止めて、お金をもらう。そのお金で、食べ物を買ったりする。理解した?」

 オヤジさんもこくこく頷いている。


「そうなのか。知らなかった。シューニャ、そなたは意外と物知りなんだな」

 ずこー。なんか猛烈にずれている気がする。こいつ教会でみんなに世話されて生きて来たから、世間の常識が全くないのか。

「俺に会うまでの旅行中はどうしてたんだ?」


「いままではお付きのものがいたから」

「そいつらどうしたんだよ」

 悲しそうな顔になって下を向く。そして体を震わせ始めた。

「魔物に捕まって……」


「で、あんたらどうするんだい?いつまでもここでしゃべられてても困るんだが」

「すまねえ。1泊頼むよ。それと馬の飼葉の世話もな」

「じゃあ、前金で銀貨2枚」

 盗賊から巻き上げた金で払う。何か言いたそうな顔をしていたがノアゼットちゃんは何も言わなかった。


「夕食、簡単なものなら出せるがどうするね?」

「ああ、頼むよ」

 あのビスケットかじるよりはマシだろうからな。オートミールみたいなどろどろしたものと野菜をクタクタに煮たのが出た。クソ硬くないだけマシか。


 夕食後、部屋に案内される。

「あれ?一部屋?」

「ああ、今日は一杯でね。この部屋だけだよ。ちょうど2人部屋だし問題ないだろ?」

 

 部屋に入ってみると、ベッドは2つ。離れておいてあった。残念なような、ほっとしたような。

「この線からは入ってこないでください。いいですね」

「はいはい」

 部屋から出てけ、って言われなかっただけマシです。


「あっちを向いてください」

 言われた通りにすると、背後で衣擦れの音がする。ベッドがきしむ音がして、

「もういいですよ」

 俺も服を脱いでベッドに潜り込む。今日はゆっくり眠れそうだ。やっぱり、ベッドで寝れるのはいいねえ。


 寝ようと思ったが寝付けない。まあね。そりゃ、ドストライクの娘とね、2メートル離れているとはいえ、一つ屋根の下ですよ。たぶん、あの毛布の下は、下着だけだろうし。とはいえ、これ以上は何かできるかとゆーとできません。すると、

「さっきはありがとうございました。まだまだ私の知らないことがいっぱいあるのですね」


 えーと、幻聴かな。なんか礼を言われた気がするけど。

「いや、たいしたことないさ」

 言ってみるが、それに対する返事はない。会話をする気はないようだ。それでも、なんとなく、いい気持になって眠りについた。

 

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