第2話 少女は世界を終わらせたい。

 またひとつ、この国で使用禁止の魔法が増えた。

 内陸に位置する小国、エスピリカ。山に囲まれた盆地であるため気候は穏やかとはいえず、雲がたまり雨風が吹き込みやすい難儀な土地だが、国の象徴たる王と、国政を統括する内閣府が存在する形をとる国は、この世界ではそう珍しくない。

 今日びの魔法への制限も、エスピリカ国に限ったことではない。今朝の新聞の一面に、『火吹き芸で幼児火傷』の文字がでかでかと並ぶ。大道芸人が人差し指程度の炎属性魔法を使ってパフォーマンスしていたところ、飛んだ火の粉が最前列で母親に抱き上げられていた子どもの耳を掠めてしまったらしい。別の新聞によれば跡にも残らない傷だったそうだが、一部でもこうも大きな見出しにされては、過敏な政府は対応に追われる。正午過ぎには公共放送で、「炎魔法は大小に関わらず使用禁止」と発表された。家庭では光熱費を抑える必須魔法であったというのに。

 今さらといえば、そうなのかもしれない。炎魔法に先んじて、日常的な魔法の使用は厳しく制限されている。風魔法は暑さから涼むためにしか使えないほど規制されているし、水魔法は使うたびに役場への報告義務が課せられている。その手続きが面倒な富裕層なんかは、魔法から離れ、近年発達した発電装置や水道設備といった、魔法不利用の生活を取り入れる世帯も増えているらしい。

 この手の政府の発表の前置きには、いつも必ず「災厄を未然に防ぐため」とつく。「災厄」といえば、この国においてはかの魔法使いの二つ名を表している。

「災厄の魔法使い『リュカ』かぁ……」

 私はなんとなく呟く。最近、その魔法使いのことばかり考えている。

 魔法が制限されようと、魔法の使用人口は緩やかに減少傾向にあるだけで、全体の半数以上は魔法使いの世の中だ。危険視するがゆえの学習。子どもを魔法学校に通わせるのはまだまだ常識とされている。

 私もまた、その魔法学校に通う一人。初等・中等・高等学校のうちの、高等魔法学校に通う二年生だ。魔法を数年学んできた私とすれば、現状はなんだか息苦しくて、あんまり楽しくない。

 通学の途中で、町のシンボルたる屋外ビジョンによる放送を眺めてこぼれた呟きに、隣に並ぶ女子が呆れ顔を浮かべる。

「まぁた愛しのリュカ様の話ぃ。お熱いことお熱いこと」

 ゆったりとした喋り方で、私のペースを乱すのは、私の友人テレーザ。ウェーブのかかったセミロングの金髪で、お嬢様みたいな上品な口調、しかしながら嫌みがなくって、むしろそれが彼女の愛嬌にもつながっている。

 今の皮肉だって、本気で言っているわけじゃなく、いたって楽しく会話をしようという意図さえ感じる。

 だから私もわざとらしく膨れっ面で応じる。

「そういうのじゃないんだってば。ただ、生きづらい世の中になったのは、その人のせいなんだなって」

「……んまぁそうねぇ。災厄の魔法使いがいなければ災厄なんて言葉、こんなに頻繁に聞くことはなかったでしょうね」

 テレーザは指を顎に当てて、思案顔で同意する。

 災厄の魔法使い、リュカ。史上最悪の闇魔導師、世界を一度終わらせた大罪人。数々の悪行は世界のあらゆるところで繰り返され、各地に多彩な忌み名を残している。

 しかし多くの災厄をもたらしておきながら、彼は突如姿を現さなくなった。最後に被害を受けたのが約10年前、ここエスピリカの中心街エトワであった。

「『災厄さえなければ』……そんな文句は家族から何度も聞いたわあ。同じ学級にもいるでしょう、兄や姉がって子たちが」

「小さいころだし、みんなあんまり実感ないって言ってるけどね」

 魔法は使い方を間違えるだけで災害になる。

 初等学校の時分から口酸っぱく言われていることだ。魔法は怖い。だけど。

「けど、魔法が使えなくなっていくのは、イヤ」

 これも何度宣言したかわからない、私の中で生き続けるわがままだ。

「そうねぇ。目下の問題だと、わが製菓部でパンやクッキーを焼けなくなるのは、だいぶ困るわねぇ」

「……もう、いい加減茶化さないでよ!」

 またからかうようにうそぶく友人に、私は頬を緩める。

 災厄の魔法使いだかなんだか知らないけれど、私はあなたのせいできつく縛られたこの縄を、絶対にほどいてみせる。

 そのための方法を、実は私はひとつ思いついている。

 それはこっそりと調べ続けていた、とある場所。

「本当に、町を出ていくのねえ」

「……うん」

 通学路がいつもより長く感じる。こんなに長い沈黙はお喋り好きなテレーザにしては稀だ。

「ただのファンだと思っていたのに。そんなにお熱だったなんて、これっぽっちも気づかなかったわぁ」

「私の野望のために、教わらなきゃいけないことがあるからね」

 テレーザは所在なさげに、肩口の巻き髪をくるくるといじっている。彼女には唯一事情を話していて、その上でこうして止めるでもなくいつも通りの下校についてきてくれている。

 町を出るのは今夜。表向きは長期休暇を利用した留学。両親にも学校にも伝え、申請書類や各所への交渉まで手伝ってもらったが、その全てを台無しにして私は旅に出る。

「アトレア、無茶だけはしちゃダメよぉ。今日があなたと会える最後の日だなんて、冗談でも許さないんだから」

 今になってそんな寂しげな顔をされても、「テレーザはあざとくてかわいいな」としか感じない。

「それは……約束できないかなあ……」

 だから情けない苦笑いで勘弁してほしい。

 私、アトレア・フラウディアは、災厄の魔法使いリュカに会いに行く。

 この窮屈な世界を終わらせるために。

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