第4話

駅前のカフェから歩いて十分ほどで上平園(かみたいらえん)という建物に着いた。建物自体は年季があるがすぐ横に小さな公園があったり、旬の野菜を育てたりしている。井口がインターフォンを鳴らすと建物から一人の女性が出て来た。


「これは井口さん、お久しぶりです。このところ気温の寒暖差が激しいですが、体調はいかがですか」


「お久しぶりです。僕はいつでも健康です。福野さんこそ体調はいかがですか」


「私も体調を崩さずにやっております」


「なら良かったです」


井口は安心した顔で返答していた。どうやら建物から出て来た女性は福野という名前らしい。やや長身の眼鏡をかけた五十代といったところかと砺市は思った。井口はさらに会話を続ける。


「先日電話でご相談させていただいた件なんですが、彼が南砺市さんです。ぜひここに案内したいなと思い連絡させていただいて、快く承諾していただいた事に大変感謝します」


丁寧な心遣いで言葉を発した。


「いえいえ、お役に立てるならぜひ。一人でも多くの人に子供達を知ってもらい理解していただきたいですから」


福野さんの顔はどこか自分を包み込んでくれるかのような優しさがある。井口は福野に軽く会釈をしてから砺市に視線を移した。


「先ほども伝えたようにここは児童保護施設です。上平園という名です。この方はここで園長をしておられる福野さんです。ここには様々な理由で子供達が住んでいます」


井口の目は福野に会釈をした時の温厚な目と違いどこか真剣で誠実な目をしていた。井口は続けた。


「南さんが社会に何かを感じている事を、ここで解決できると思います。そこで南さんにはここでスタッフとして働いて欲しいのです。最初は無理にとは言いません。週に一回でもいいのでここへ来て何かを掴んでみてください。他にもスタッフさんはいますが、ほとんど福野さんだけでこの施設の切盛りをしています」


砺市はここでスタッフとして働けばいいのかとわかった。ここで働く事で自分自身が強くなるのかは定かではないが井口さんの言葉を信じてやってみようと心に誓った。


「どうぞ中に入って見ていってください」


福野はいった。


その言葉に応じるように砺市と井口は施設に入った。施設の中は古い建物のため多くの傷や年季があるがホコリやゴミなどが無くきれいに使われていた。一部屋に子供が二人で寝るらしい。福野からこの施設の説明があった。


「今子供達のほとんどは保育園や学校に行っています。今この施設に不登校の子が一人いて部屋にこもっています。夕方になると他の三人の子供達も帰って来ます」


登校を拒否している子もいるのかと砺市は思った。自分にもわかる。学校に行くのが面倒だとか、勉強についていくのが嫌だという問題ではない。同級生や他の学年の子たちとの群れ方交わり方がわからない。人と接することがこれほどまでに苦痛かと。ただ自分は親にいわれて学校に行っていただけだ。特に友達と遊ぶこともなく、ひたすら時間を潰していた。おそらくその子も自分に似た考えがあるのではないかと感じた。ただその子には親がいないことが自分と違う。自分はただ親がいて、親にいわれたため学校に行っていた。福野さんを含めその他のスタッフはその子に学校へ行くことを勧めているだろうが、状況が状況だけに行く事を拒みたいのだろう。何か力になりたい。


「その子と会う事は出来ませんか」


砺市の真剣な目に井口と福野は驚く。


「たぶん、会ってくれないな」


福野がそう伝えると砺市は悲しい顔をした。自分が引きこもっている時誰か知らない人に会うなんて事は考えられなかった。今自分は初めて会ったばかりの井口さんと福野さんと自然に会話出来ているから錯覚していたがその子は会おうなんて思わないだろう。


しかし、その子を何とかしたいという思いは強くなった。

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