第3話
父との約束を守りあれから三日後、井口という男性に会うため駅に隣接するカフェで待ち合わせをしている。いつもなら昼夜逆転の生活をしているところだが今日ばかりは早く起きた。そのせいかかなり体調が悪い。
昨晩は午後十時に寝床に就いたにも関わらず、眠気が全くなく午前二時を過ぎたあたりからの四時間、浅い眠りをしただけだ。午前七時台の電車に乗り、そこから約四十分で目的の駅に着く。この時間帯の大嫌いな満員電車に乗るのが久しぶりで苦しかったが「社会に、今、戻ってる」という実感があり、少し嬉しくなった。
待ち合わせ時間は九時なのだが遅刻してはなるまいと早めに家を出た。時間が余りすぎたのでスマートフォンで掲示板に書き込みをする。掲示板に書き込みといっても、みんなに役立つ書き込みではなく、無論何かの悪口だ。そうしているとあっという間に時間が過ぎた。
まだまだ勢いの止まらない砺市で次の悪口を書き始めようとした時
「あのぅ、すみません。南さんでしょうか?」
背後からいきなり聞こえた。脇を中心に体の末端にかけて大量ににじみ出る冷や汗とともに素早く振り返り「はっ。はい!」反射で素早くスマートフォンの画面を暗くした。
あれだけ勢いよく悪口を書いていた砺市もいざ人前となると大変萎縮する。背後から急に来て、悪口を見られたんではないかと思うと居ても立っても居られない。
「私、成年社会復帰団体の井口と申します」
軽く自己紹介をした後さらに続けていう
「あのぅ、頭に何か付いていますよ。南さんに店に入った時から白いゴミが付いていたのでずっと気になっていました。スマートフォンを熱心にタッチしていたので、何か面白いゲームでもされているんですか!?私の息子もゲームに熱心なので参考までに。堅苦しいような挨拶をしても互いに打ち解けにくいですから雑談でもしましょう!」
三十代後半に見え、黒縁のメガネ、整髪剤をつけて整えられた髪型。爽やか、誠実、温厚。こんな自分でも、なんだか素を出せそうだと砺市は思えた。
そんなことよりも井口という男性が自分はゲームをしていたと思っている事に砺市はとてつもない安心を覚えた。髪にゴミが付いてるのなんてどうでもいい。確かにそう言えば満員電車の中、周りの人から視線が感じられ、自分が慣れてないだけと思っていたが、それはゴミを見ていたんだろうと思った。あまり付いていて欲しくのないものだが今日ばかりは付いてくれていてありがとう。そう思えた。ゴミのおかげで彼の視線をスマートフォンから外す事が出来た。熱心にゲームをして感心しているようだが実際は熱心に悪口を書いていました。なんて、口が裂けても言えない。ラッキーな事に安堵が生まれ砺市も会話がスムーズに出来た。雑談もひと段落したところで井口は本題を切り出した。
「今回南さんに行かせたいところがあります。そこは児童保護施設です。そこに見学に行ってもらいたいのです」
「は、はい。わかりました」
砺市ははっきりと何をさせられるかわからなかったのでそこで今日することを理解した。しかし、なぜそんな施設に行かなければならないのだろうと砺市は思った。でも、まあ社会に適するためになにかなるのだろうと考えが変わった。
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