第2話

男の名は南 砺市(みなみ といち)。


二十六歳。独身。


国立大学を卒業後、一流企業に就職するものの人間関係や仕事に馴染めず一年未満で退職後、ひきこもり状態になる。現在は親の仕送りで生活をして、夕方過ぎに起き、カップラーメンやスナック菓子を食べ、夜中はゲームとインターネットで時間にを潰す。


そして、社会では仕事が始まろうとする朝の時間に寝床に就く。


こうした暮らしをもう数年続けている。


南はこんな自分を変えたいと思っていた。しかし、社会に馴染めず、友達もいた事がなく、行動を起こす事が怖い。南は変わる事が出来ない。


数年間、生きている間は睡眠、食事、現実逃避。


自分を変える為に悩んだ事もあったが社会への怖さから現実逃避に時間を費やす。

この時間を費やす事で悩む時間が無くなり、忘れられる。悪を倒し、英雄になり、臣民に称えられるゲーム。自由自在に発言が出来て、今話題の有名人の悪口を書き込めるインターネット。これらがあれば現実逃避は容易い御用だ。


おそらく多くの人が南を残念で、哀れで、落ちぶれだと思うだろう。


南にもわかっている。


だが悩みに悩んだ南はまた現実逃避に入る。





一方その頃、砺市の父、大門(だいもん)と母、八乙女(やおとめ)は数年間ひきこもる砺市を社会復帰させるべく成年社会復帰団体に依頼する事にした。大門が電話をかけると井口と名乗るものが出た。井口は電話で大門から話を聞く。砺市の現在の状態、小さい頃からの性格、親子でのコミュニケーションの頻度。あらゆることを聞いて後日、井口と大門が面会する事になった。





午後八時父から突然電話がかかってきた。電話はそりゃ突然かかってくるものがほとんどだから突然という言い方はおかしいのかもしれない。


しかし、砺市の現状や精神状態、親子関係を考えると、「夜に窓の外から何かに見られている気配がありゆっくり見るとただ自分自身が映っている」時に近い面持ちだ。


忙しい時や父がとっても厳しい人なら別だが、明るい人にとって、いや、普通の多くの人なら父からの電話に出ることに精神的苦痛を受けるものなどいないはずだ。砺市は出るか迷った。なんせ父からの電話は二年も前だ。何かあればメールで送ってほしいと砺市は頼んだ。理由は話すことが苦手だけど文章だと言いたいことを伝えやすいからだ。しかも、メールも全て母から送られてくるものばかりだった。


何度も言うがひきこもる砺市にとって電話に出ることはとても苦しい。砺市の心理は電話に出たとき「いつまでこんな状況なんだ」と父から言われるのが怖いのかもしれない。だが結局、「この電話を出ることで何か現状を変えれるかもしれない。」と無理に自己暗示をかけて出た。


「もしもし」


砺市は震えそうな声と体を抑えている。


「……」


大門は何も発さない。


砺市が勇気を振り絞り出た電話で父の返事がない。砺市はなんだこの状況と心の中で呻き、頭が混乱する。


パニック状態だ。最悪の精神状態になる。


「もしもし、元気か」


謎と恐怖の空白時間の末、大門はいった。


その言葉により意識が戻ったかの様に「元気だよ」といった。

この声は震えていた。そこから大門が淡々と話す。


「お前のこれからのことを考えて社会復帰団体に相談し、職員の方に会ってもらう事にした。井口という名の男性だ。今度その方と会ってくれ。お前が少しでも良くなるように彼も手伝ってくれるそうだ。会ってくれるな?」


「わかったよ......」


父からの提案に拒否する事が出来なかった。


詳細な説明はメールで送るといわれ、長いように感じた電話を切り画面を見ると通話時間はたったの四十秒だ。短っ、と思いつつ電話を切った直後に感じた事は長らく自分の声を発していなかったため自分はこんな声だったのかと驚いた。ひきこもりになってから全く誰とも話さないようになったため、久しぶりに自分の声を聞いた。それにしてもあの沈黙は怖かった。なぜ返事がないのか。間違えて電話をしてしまったのか。怒りを沈黙で伝えているのか。あらゆる沈黙の理由を即時に考えた挙句、パニックで精神状態が最悪だった。


沈黙時に微かに父の趣味である将棋チャンネルの音が聞こえた。それにより本当に父からの電話であり、何を言いたいのか気になった。

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