脱走➀
「ちゃんと着いたみたいだな」
僕らは無精ひげの男に一言言って荷台から降りようと、声をかけたが一向に返事がない。
さすがに大声を出すわけにはいかないので、しばらく待ってみたが呼ばれる気配がない。
不審に思った姉がカーテンの方へ行き、外の様子を覗き始めた。
しばらく外の様子を除いていた姉は小声で「やっぱり……」と何かに納得した様子だった。
僕も姉に釣られてカーテンの外を見ようと動いた瞬間、姉が勢いよくこちらへ引き返してきた。
その拍子に僕は、姉の足にぶつかり尻もちをついてしまった。
「ど、どうしたんだよ?」
リンゴが姉に問いかけるも、かまわず荷台に積まれた大きな木箱を調べていた。
「よし」
そう頷いた姉は、太ももに巻き付けてあった針金とナイフで木箱に掛けられている錠をいじり始めた。
「何やってるの?勝手に開けてはだめよ!」
ミカンが姉を制止させようと、何度か繰り返し言っても聞かないので姉の手をつかんで止めさせようとすると、その手を勢いよく振り払った。
そしてミカンを喧噪に睨みつけると、
「これ開けないとみんな死ぬかもしれない。いや、死ぬよりももっとひどいかもね。」
僕らは呆然とその言葉の意味を理解しようとしていた。今この状況が一体何だというのだ。姉は一体何を知ったというのだ。
考えを巡らせているうちに、姉の手は休まず錠を解くことに集中していた。
「今ここはおそらくオークション会場の地下よ。ほかにも似たような馬車があったわ。あの髭面の男は、出品の手続きにでも行っているんじゃないかしら。だから今が逃げ出すのに絶好のチャンスなのよ」
「ならその木箱なんか開けないでとっとと逃げ出せばいいじゃん」
リンゴが疑問を投げかける。
「それじゃ駄目よ。そのまま出ていったらそこら辺にいるオークション会場の警備員に捕まるわ。他の大人が混乱したところに乗じて逃げ出さないと。それにここは子供禁制なのよ?なるべく目立たないようにしなきゃ」
手を動かしながら姉は、説明を続ける。
「でも私たちが逃げだしたら、あの無精ひげの男は衛兵に通報するんじゃない?子供が紛れ込んでいたって。」
今度はミカンが質問する。
「それなら平気よ。私たちのことは公にできないはずだから」
「どうして?」
ミカンの疑問に姉は淡々と返答する。
「それは……大人の事情ってやつかしら」
大人の事情がどんなことを意味するのかは分からなかったが、姉の醸し出す雰囲気を察したのか、リンゴとアンズの表情も徐々に強張ってきたのが見てとれた。
「イオ、とりあえず今が危ない状況ってことだけ理解しておいてね。でも安心してお姉ちゃんがついているから」
姉は優しく僕を見つめニコリと笑ってから、開錠の作業へ戻った。みんながしばらく黙り込んでいたところ、ミカンの方からすすり泣く声が聞こえてきた。
「どうしよう……捕まっちゃったらもうお家へ帰れないのかな?ママぁ……パパぁ……」
「だ、大丈夫だよ。きっと帰れるって!」
必死で慰めるリンゴであったが、まるで効果がない。
「ミカン。大丈夫よ。私の考えが間違っていなかったら、きっと出られるから。安心して。それにその涙はここぞって時まで閉まっておきなさい」
「でもぉ……」
「大丈夫よ。またお母さんとお父さんに会えるわよ」
姉の言葉にミカンは頷き、涙と鼻水をローブでぬぐい泣くのを堪え始めた。
今の姉は、この中で誰よりも冷静で強い。この状況でこんなに平然としていられる姉を僕は誇らしく思った。
「みんな。そろそろ逃げ出す準備をしておいて。アンズ、みんなのランタンを使えるように。リンゴは、持ってきたロープをみんなに配って。ミカンとイオは……心の準備ね!」
姉は僕らに素早く指示を出すと、それぞれ脱出の準備を始めた。
ついに木箱の錠が開いた。
姉が錠を外し、木箱の箱を開けると、突然身の毛が逆立つような感覚に見舞われた。夏だというのにまるで冬のようにあたりの空気は冷えていくようだった。
それに、木箱の中に何かいる…… とてつもなく嫌な感じがした。
「みんな、木箱の後ろに来て。」
姉の指示で木箱の後ろに隠れ、出口から遠ざかる。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。無精ひげの男が戻ってきたのだ。
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