侵入②

「おーい!おじさーん!こっちこっちー!」


アンズは大きく手を振り、無精ひげの男をこちらに呼び寄せる。

無精ひげの男もこちらに気づいた様子で、片手を上げアンズへ応答する。


到着した馬車が僕らの真横に停まると、そこに駆け寄って来たアンズと何やら話し込んでいる。

アンズの言葉に耳を傾けていた無精ひげの男は、うんうんと頷きアンズへ返答を返した様子だ。


アンズも深く頷き、その後話が終わったのかアンズはこちらに駆け足で近寄ってきた。


「さあみんな。おじさんが中まで送ってくれるって!この馬車に乗って正門を潜るよ!はやくはやく!」


どうやらこの馬車の荷台に乗って検問をやり過ごす作戦らしい。しかしこの無精ひげの男は一体何者で、アンズとどういう関係なんだろう。それに、馬車に乗ったとしても正門で行われる検問では、荷物の中身が全部チェックされるのだから、荷物に身を隠したとしても絶対に見つかってしまうのではないだろうか。


そうこう考えているうちに、ほかのみんなは、馬車の荷台に乗り込んでいた。


「あんた何やってんの?早く乗ってよ。」

アンズに声を掛けられ、慌てて馬車に乗り込んだ。


馬車の荷台は、覆われたテントによって薄暗く、幾つかの布で隠された木箱が積まれていた。何が入っているのか気になったが、この先の不安でそれどころではなかった。

僕らを乗せた馬車は、無精ひげの男の合図とともにゆっくりと進み始めた。

本当に無事で正門を抜けられるのだろうか……

僕は姉の右手を強く握りしめ不安を噛みしめていた。


正門へ向かうまでの途中で、アンズから現状の説明があった。

話によると、今回の中央区侵入作戦(リンゴ命名)を立案し、作戦を練っているとき、町の東側の港で無精ひげの男に出会ったらしい。


この男は、珍しい動物や魚を見つけては捕獲し、貴族たちが参列するオークションに出品しているとのことで、今回の降龍祭で行われるオークションへ出品しようとこの町まで来たというのだ。アンズが港で出会ったときの男は、何匹か珍しいのを捕まえたは良いが、なかなか納得のいく大物が見つからず、狩りに煮詰まっていたらしい。


丁度そこへ獣の気配などに敏感なアンズが通りかかったのだという。話をするうちに、捕獲した大物の世話係として検問を突破する算段をつけたアンズは、ネキアンの力を使ってオークションへ出品する品を探す代わりに、馬車に乗せてもらえるように依頼したらしいのだ。


捕獲した動物の世話係とは、よく考えたものだが僕らはまだ子供。検問にいる衛兵たちは、僕らを世話係として認識してくれるのだろうか。

荷台の中でも特に目立つ大きな木箱のほかに、とても大物とは思えない鳥やら動物やらが鉄格子の中に収められていたが、どれも見たことのない種類の動物だった。


しばらく捕獲された動物たちと戯れていると手綱を牽いている無精ひげの男から、カンカンと何か棒で荷台を叩く音が聞こえた。そろそろ検問に到着するという合図だ。


僕たちは、荷台に用意されていたお揃いのローブを身にまとい、身を縮こめて静かにしていた。

いよいよ馬車が正門の前で停車した。


何やら無精ひげの男と衛兵が話し込んでいるのが聞こえた。

ちゃんとは聞き取れなかったが、大物がどうとか話していた気がした。

無精ひげの男と話し終わったであろう衛兵が、荷台の方へ足を進めたのがわかった。


ゆっくりと足音が近づき、僕の心臓ははち切れそうな勢いで鼓動していた。

衛兵の手によりカーテンが勢いよく開けられ、僕らは突然に差し込んだ日光によって、視界が潰され目を瞑ってしまった。


すると衛兵の口から「こ、これは……」という声が漏れ、まずい!バレた!と絶望しかけた矢先、衛兵は開けたカーテンを閉め再び無精ひげの男の元へ戻っていった。

また何やら無精ひげの男と話し込んでいた様子だったが、「良し、通っていいぞ。」とその一言が聞こえた。


僕らは顔を見合わせ、安堵した。

あとはこの馬車から降りれば、いよいよ中央区を見物できる。


「ところで、この馬車はどこへ向かうの?私たちはどこで降ろしてもらえるの?」

姉がアンズへ質問を投げかけた。


「あ……」

「ま、まさか検問を抜けるところまでしか考えていなかったの?」

ミカンの声が急に震え出した。


「だ、大丈夫よ!ぼくたちは、飼育係ってことになっているんだから。オークション会場で動物を運んだら帰してくれるわよ。」


本当に大丈夫なのか?全員に不安がよぎる。


しばらく馬車が進み、会場の中に入ったのかカーテンの隙間から差し込んでいた光が消えた。

そのまま馬車はしばらく走り続け、少しひんやりとした空気が荷台の隙間から流れ込んできた。

やがて馬車はゆっくりとスピードを緩め、停車した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る