侵入➀
現在僕らのいる区画は、商店や宿舎などが連なる中層区域だ。この町は東に海、西側は山岳地帯となっており、敵の侵入を受けにくい場所にある。特に山岳地帯には、子供たちが迷いの森と恐れる広大な森林があり、敵国の軍隊が侵入してきたとしても無事にこの町までたどり着くのはほぼ不可能だろうといわれている。町の外周には、天高くそびえる防護壁が円を描くように建てられており、出入り口は、北の大門1つのみだ。そこには、衛兵の徹底的な検閲が行われたのちに町へ入ることが許される。
大門を抜けるとアンズやミカンの住んでいる低層区画に入る。低層区画は主に住宅街で外壁を背にするように石造りや木造の住宅が立ち並んでいる。東西南北それぞれ1つずつ中層区画へ続く大門より2回りほど小さな門があり、町のみんなは、市場の並ぶ中層区画へ毎日通い食料や衣類、生活雑貨を購入している。
今僕らがいるのは、中層区画の南側に位置する商店街の路地裏だ。中層区画から中央区に行くには、僕らのいる位置と正反対に位置する北の正門を潜り抜けるしかない。だが、リンゴとアンズ2人の努力の甲斐もあり、中央区へ行くための第一の関門、上層区画への侵入経路を見つけたのだという。
上層区画は領主の一族や、王国の貴族たちが暮らす区画であり、中央区へ行くためには必ず通らなければならない。そのあとにも様々な検閲をクリアしていかねばならないし、そこから中央区に向かうところでリンゴの両親の経営する果実店など、顔見知りの商人たちと顔を合わせなくてはならなくなる。貴族が多く行き来するということは、王国の軍人も数多くいることだろう。侵入だけなら容易にできるとして、その後の道のりが困難を極めていた。
「よーく見てみろ。ここの壁面だけ、石の素材が違うんだ。他のはちゃんと王国の職人のもとで加工された石なんだけど、ここだけ少し作りが違うんだよ。」
アンズに言われ、僕らのいる路地裏の突き当り、つまりは中層区画と上層区画を遮る外壁の隅を凝視すると、全長1mにも満たない範囲のみ白んだ石で埋められていた。
「たぶん、あの子供の仕業だと思うね。彼はきっとここを通ったんだ。ここを抜けた上層区画は、中央区のお城の丁度裏側だから、人通りも少なくて見つかりにくいんだろう。それにこの石の色は、知っている人がやれば結構壊すのが容易な石なんだよ。」
さすが海を渡ってきただけはあるなと、一同が感心していると姉が急かす様にアンズの方を小突いた。
「はいはい。まずは、ランタンの中から輝石を取り出します。力を込めて輝石が熱を帯びてきたら、壁の端に押し当てて壁を熱します。壁が熱くなったら輝石を離しこの杭と木づちで突いていくとぉ~」
まるで実演販売のように解説付きで壁が壊れていく様を説明するアンズ。
すると、木づちで突いた部分が、徐々に綻んできた。リンゴが輝石で外壁を熱する係となり、アンズと連携を取りながら、作業に集中していく。ほんの数分で外壁に穴が開き、トンネルのようなものが見えてきた。
外壁は相当分厚い作りになっているのでこのトンネルは、外壁が作られた際に、作り手の悪戯か若しくは貴族が秘密裏に国外へ出るための抜け穴なのか、人一人通れるくらいまで外壁を崩すまでの間、様々な憶測が飛び交った。
しばらくすると、アンズが「よし。」と終了の合図をかけた。
「いよいよ中央区が拝めるんだなぁ。早く行こうぜ!」
意気揚々とトンネルの中に入ろうとするリンゴを、ミカンは慌てて制止した。
「まってまって!よく考えてよ!通ってすぐに見つかっちゃったら台無しよ!ここは誰かひとり偵察に出るべきじゃないかしら?」
「だから俺が一番に行こうとしてるじゃないか。それならミカンが行くか?」
「いやよ。行くなら鼻の利くアンズとかの方がいいんじゃない?」
そういって全員がアンズの方へ目をやると、
「え?ぼく?別に鼻が利くとか関係なくない?」
「じゃあアンズ、出口にたどり着いて安全ってわかったら呼んでくれ。」
リンゴの言うことに渋々頷き、小さなトンネルに入っていった。
しばらくして上層区画へ侵入したアンズから「来て大丈夫~」と安全が確保されたことの合図が出た。
僕らは、順番にトンネルをくぐり上層区画への侵入を開始した。姉は最後に周り、僕らのあけた穴を、木の板で隠し見つからないようにカモフラージュをしてからこちらに到着した。
トンネルを抜けると、好都合なことに草木が生い茂った草むらに行きついたので、最初の関門の上層区画への侵入は案外容易だった。
僕は既に不安と緊張で、すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
みんなの後ろを歩き、草むらを抜けるとそこには天高くそびえる中央区のお城がすぐそばに見えた。
普段は山の上からひっそりとした佇まいを眺めるだけであったが、これは絶景。姉に声をかけられるまでの数秒間は、口を開けて呆然とその巨大な建築物を眺めていた。
「イオ。ほらさっさと行くよ。」
「あ、うん。」
さて、上層区画への侵入はできたものの、次はいよいよ中央区へ向かうために、正門へ行かねばならない。かといって正門から堂々と入るとなれば、厳しいチェックを通り抜けなければならない。
ミカンも同じことを思っていたようで、アンズとリンゴに問いかけてくれた。
「これからどうするのよ?正門へ行ったら間違いなく捕まるわよ?」
アンズとリンゴは顔を見合わせて黙り込む。
「も、もしかして何も考えていなかったの?」
ミカンが恐る恐る尋ねると、
「そんなわけないだろ?ちゃんと考えてあるよ!俺らの計画に狂いはない!」
と鼻高々にリンゴが宣言した。
すると遠くから大きな影がこちらへ来るではないか。
「み、みんな!だれかく、来るよ!早く隠れよう!」
僕は急いで姉のもとへ向かい危機を知らせた。
するとアンズが、「来たようね。」とニヤリと尖った八重歯をのぞかせた。
「ど、どういうことなの?」
きっとミカンも僕と同じくらい不安でいっぱいに違いない。いつもより顔が青ざめている。
ゆっくりとこちらに近づいてきたのは、荷物を乗せた馬車を牽く鍔の広い帽子をかぶった白髪交じりの無精ひげを生やした怪しい中年の男だった。
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