朱い瞳と鱗の少女

永月 慶

セントラルファイブ

 季節は夏。国中の大人や子供たちが最も大切にする季節。もちろん僕も大好きだ。夏も下り坂に差し掛かった本日より、年に一度の『降龍祭』が始まる。


 降龍祭は、今の王国が建国された300年程前から続く古いお祭りで、毎年国中全ての町がそれぞれの地域の特色を余すことなく披露し国外からの観光客や近隣諸国の役人、それに貴族持て成し2日間のこのお祭りを盛大に楽しむのである。降龍祭は遥か昔、戦争に勝つためにその身に龍の魂を降ろし戦い、大きな戦果と国に平和をもたらしたとされている戦士を祀る為のお祭りなのだそうだ。


この祭りは終盤に『龍降ろしの舞』と言われる儀式のようなものを模した踊りを町の住民が奏でる音楽と合わせて踊り、戦士がもたらした平和がずっと続くように願いを込めるのである。

そういったことに、僕たちの関心は疎く、我々子供たちはこの2日間に限定された『子供の勤労の禁止』という国が決めた法律のおかげで、自由に遊びまわることができる特別な日としての認識が大きい。


そうした事もあり僕ら子供達は、『降龍祭』という名前は馴染みがなく、大人になれる特別な夏という意味を込め、『夏祭り』とそう呼んでいる。この時期だけは、どんな子供も普通に祭りを楽しむだけならある程度自由に行動できる。けれど、認められているのは、勤労の禁止のみ。酒や博打、商売などはもちろん認められていない。子供らしい範囲でなら自由が許されている。もちろん、大人の、しかも貴族や特別に許可された商人しか行けない中央区には、絶対に入ってはいけない。


そんなことを考えるやつがいたら、ビシッと言ってやりたいものだ。



「なあ、今年こそ中央区に行ってみようぜ?きっとうまい食べ物がたくさんあるぞ。」

僕の身近に早速禁忌を犯そうと僕らを揺さぶる者が1人。


「リンゴ……あんたまたそんなこと言ってるの?おじさんとおばさんに見つかったら怒られるよ?」

果物屋の1人息子のリンゴは、年に一度の店の手伝いから解放されるこの時期をとても楽しみにしていた。リンゴの両親は祭りの間、中央区で役人相手に果物を売ることに朝から大忙しだという。そんな夏祭りの時期だけは冒険好きな彼の本領を発揮できる唯一のタイミングなのだ。


『中央区』そこは子供にとって未知なる世界。高くそびえるお城が外壁から首を出していること以外、その中は子供では見ることができない。警備がとても厳重で中央区を囲む外壁は空へ近づくにつれて徐々に反れた作りになっているため、よじ登ろうとしてもそう簡単には上がれない作りになっている。それに、たとえ大人であっても役人や貴族から許可を得たものしか入ることを許されない。


数年前、子供が1人中央区へ入ることができたそうだが、やはり正攻法で入ったのではなく、衛兵や貴族の間をうまく抜けて侵入したとのことらしい。その珍事以降、子供が中央区に入った話を聞いたことがない。町にとっても、王国にとっても予想外の出来事だったらしく、翌年からは一段と警備が厳しくなったのだという。

しかし、リンゴの話によると普段は虫一匹通すことのない厳重な警備体制だが、夏祭りの時期に関しては、他国の貴族や役人に警備の人員を割かれ警備が手薄になる所があるというのだ。


「子供は入っちゃいけないっておじさんに言われたんでしょ?それは、一度は入ってみたいけど、私たちが大人になれば入れるようになるわよ。それまでのお楽しみにしちゃいけないの?」


クリームパンを頬張り、口にクリームをつけながらリンゴを制止するミカン。

彼女はリンゴが突拍子もないことを言い始めたり、いたずらを計画した時には、真っ先に注意する1つ年上のお姉さんだ。

他に1人、リンゴの企てるいたずらに協力する、アンズという僕やリンゴと同い年の女の子がいるのだが、今日はまだ来ていないようだ。


「お楽しみ?ダメダメ。行くのは今日じゃなきゃいけないんだ。なんてったって今日は―――」


リンゴが何かを言いかけたとき、大荷物を抱えた人影がこちらに駆け寄りながら呼ぶ声が聞こえた。


「おーいリンゴー。手伝ってくれー!!」

こちらに駆け寄ってきていたのは、僕らと少し姿形の違う小さな女の子だった。『ネキアン』と呼ばれる種族で、四肢は犬のような毛並みと爪、顔も毛で覆われている獣人の内の1種族だ。

獣人族の中でも、背は低く曲がった猫背が特徴的だ。さらに獣人族の中でも頭が良く、戦闘を好まないため、人との共存ができている数少ない種族なのである。

お姉ちゃんに僕、リンゴとミカン、それにネキアンのアンズ。このメンバーが、僕らが街へ降りたときに遊ぶ友達なのだ。


大きな風呂敷を背負ったアンズは、季節も相まって汗だくでこちらへ向かってきた。疲労困憊のアンズは、僕とリンゴに荷物を広げるように指示をした。路地に移動し風呂敷を広げると、その中にはどこぞで拾ってきたのだと思うようなガラクタが小さな山を作っていた。


「すごーい。これアンズちゃんが全部持ってきたんだ!」

「うん。そうなの。とても重かったわ。さあ、これらを使って中央区へ行きましょう。」

やっぱり……アンズは事前に今日の目的をリンゴから聞かされていたのだ。いたずらでもなんでも僕やお姉ちゃん、ミカンに伝える前には、必ず二人で一度計画を練っているのだ。


「でかしたぞアンズ。ちゃんと俺の言ったものは持って来たようだな。よしみんな。戦闘準備だ!」

迷惑なリーダーシップがこの場のみんなを冒険へと駆り立てる。中央区は大人が多くいる場所。しかも上流階級の貴族様だ。こんな平民の僕らなんかどうとでもできるし、彼らの一声があれば、問答無用で極刑に処されることだろう。

行かない方がいいと素直に思った。捕まった時のことを考えるだけで胃の奥がキリキリとする。そんな姿の僕を姉が見たらどんなことを思うのだろうか。


「くだらないわ。どうせ大したものはないわよ。ご飯を食べるとしても、私たちには、肝心のお金がないじゃない。それに今日は、首都の貴族様が来るのよ?いつも以上に警戒しているに違いないわ。」

姉は、リンゴとアンズを呆れたように見つめ、事の静止を図った。

するとミカンは、ハッとした表情で、「そうよ!今日はあの王子様が来る日じゃない!」と声を張り上げた。

姉は、しまったと諦めたようにミカンの方を向いた。


夏祭り初日の目玉は、大陸を治める王の嫡子『エリック・ベル』の来訪パレードだ。パレードは中央区の中のみで行われ、それ以外の区画へ来ることはない。

そもそもなぜこんな田舎町にとも思ったが、王子様は幼少の頃、この町に一時期住んでいたらしい。


「それなら絶対行かなきゃな!ミカン、お前王子様と友達になれるかもしれないぞ?」

普段ならこうした挑発には乗ってこないミカンだが、王子様となると話は別のようだ。


「そうよね……また来年来るかって言ったら、来ない確率の方が高いものね。今日しか見ることはできないし……今日行かなかったら、一生後悔しそうな気がしてきたわ!」

「あんたねぇ……大人に見つかりでもしたら王子様どころじゃないの分かってる?」

姉は呆れ顔で言った。


「それでもよ!!今日のパレードで見れなきゃおばあちゃんになっても見れないかもしれないでしょ!?だから私……行くわ!」

姉は少し困ったような表情をしていたが、ミカンの揺らがない決意に負け泣く泣く中央区へ行くことを承諾した。姉が行くことを決めたことで、僕は強制的に行くことが決まってしまった。ただでさえ馴れない町を一人で歩けるかと言われれば、数秒後には不安で視界が曇りそうだ。


「いい?あんたたち、行くのはいいけど貴族には絶対にバレちゃだめだからね?見つかったら最後、家には帰ってこれないと思ってもいいわ。」

「なんだよ?まるで行ったことがあるように言うじゃんか。まさか、中央区へ行って帰ってきた子供ってお前だったりしてな!」

姉の忠告に、疑問で返したリンゴに、姉は感情なしに答える。


「知らないわよそんなの。大人たちの話を聞いただけ。ほら、さっさと準備しましょ。」


アンズの持ってきたガラクタの中から、使えそうなものを厳選した結果、人数分用意された飲料用にろ過された水と、頑丈そうなロープ、それに使い古しの輝石の入ったランタンが一つだけだった。

そのほかは、刀身のみの木刀や壊れたテントの骨組みといった使えないものばかりであった。


僕以外の四人は、そそくさと準備を終わらせ、侵入するためのミーティングを始めていた。僕はミーティングをそっちのけで残ったガラクタを片付けていると、一際輝く真っ赤な輝石を見つけた。

その輝きは、まるで真夏の夕焼けのように朱く透き通っており、輝石を通してみた世界は、僕の知る世界とはまるで違った。


「おい!イオ!そろそろ行くぞ。ガラクタなんて放っておいて準備しろ!」

慌てて輝石をズボンのポケットにしまい、準備した道具を革製のリュックサックにしまい込んだ。背負いながら四人のもとへ向かい全員が集まったところで、リーダーのリンゴが出発の掛け声を発した。


「んじゃ行きますか!!目指せ中央区!!」

リンゴの掛け声とともに未知なる大人の世界へ歩き始めた。

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