第68話 緑の楽園

 白い空間が解けると、そこには見たこともないような景色が広がっていた。


 見渡す限りの青空。

 たっぷりと降り注ぐ日差し。

 それを余すことなく受け取るように広がる、緑の草原。

 向こうには丘があり、その少し前には小さな木。

 そして中央には、虹色の橋が空に向かって伸びていた。


 ……なんて素晴らしいところなんだろう。


 けれども、誰もいないみたいだ。

 誰もいないと、この景色も少し、さびしく感じる。


 最後に、もう一度会いたかった。

 結局、神社で「またあとでな」と言ったきりだ。


 でも……いいかな。

 これでクロは家族のもとに戻ることができる。

 二人とも帰れないよりは、ずっといい。




 ん?

 向こうにある小さな木の後ろで、何かが動いた。


 それは、木の前に出てきて止まった。

 白い……犬……。


「クロ……」


 名前をポツリとつぶやく。

 クロの尻尾がピンと反応した。


 そして全速力でこちらに向かってきた。


「クロ! 会いたか――うわっ」


 クロは大きくジャンプして飛び付いてきた。

 そのまま押し倒され、俺は草の上であおむけになった。


「危ないじゃないか……って、わっ、コラ、くすぐったいって」


 上に乗られたまま、顔をペロペロと勢いよく舐められた。


「コラコラ、いつまで舐めてるんだ。やめなさい」


 そう言うと、舐めるのをやめ、今度は抱き付くように頬をくっつけてきた。

 尻尾が高く振られている。

 ちょうど目の前に来たクロの頭を、撫でた。


「神さまが気を遣って会わせてくれたのかな?」


 クロは「ワンワン」と答えた。

 そうか。もう言葉はしゃべれないんだ。

 でも、それでもいい。

 一人の神と、一匹の神の、粋な計らいに感謝した。


「わはは、だから顔は舐めるなっての……ははは、なんかお前、急に懐っこくなったな」


 また舐めてきたので、いったん諦めてクロの自由にさせた。



 日差しは強いが、暖かい。

 おだやかなそよ風が気持ちいい。


 そして、俺の上にはクロがいる。

 舐められたり、頬をこすり付けられたり、好き放題されながら……

 いつまでも、この緑の楽園にいたいと思った。



 でも、行かないとな。

 そうしないと、クロが家族に会うのが遅くなってしまうから。


「じゃあ、ずっとこのままいたいけど、そろそろ行こう」


 名残惜しそうなクロを立たせ、頭を手のひらでポンと叩いた。


「むこうの橋まで行こう」




 近くに行くと、空へと昇るその虹色の橋は、階段状になっていた。


「一緒に登ろうか」


 ゆっくり一段ずつ、一緒に登っていった。


 その先に着くところは違うだろうけれども。

 一緒に登れて、嬉しかった。

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