第54話 自爆

 人間が、爆発した。

 地下都市上層部の男と、まだ二十歳程度の若い男が、爆発した。


 おそらく服に火薬を仕込んでいたのだろう。

 最初から、国王や俺に抱き付いて自爆するために来ていたのだ。


 こんなことが、あっていいのだろうか……。

 これが、地下都市側が出した結論なのか。

 なぜだ。あちらにとっても、この会談はチャンスだったはずだ。


 こちらも力攻めは望んでいない。

 だからわざわざ茶屋に連絡役になってもらい、今日のこの場を作った。

 ここでお互いが話し合い、条件はどうであれ降伏ということでまとまれば……地下都市側も死者が出なくて済んだはずだ。それを……。


 もはや、国王や俺を殺してどうにかなる段階ではない。

 そんなことをしても、地下都市の寿命は五年も延びないだろう。

 なのに……なんでだ?

 こんな馬鹿なことをする意味はどこにあるのだろう。


 ここまで打ち合わせを重ね、準備をしてきたものが……一瞬にして崩壊した。

 俺や国王が目指していた、地下都市に対しての平和的な解決は、ほぼ不可能になっただろう。


 ……。




 扉を乱暴に開ける音がした。

 そしてたくさんの足音。

 警備の兵士たちが入ってきたのだ。


「陛下! 大丈夫ですか!」

「医者を呼べ! 急げ!」

「城の外の兵士に連絡を回せ!」

「不審者がいたら逃すな!」


 彼らの叫び声や怒号が、聞こえる。


 俺はうつ伏せのまま、手足に少しだけ力を入れてみた。

 動く。

 意識もはっきりしているし、手も足の感覚もしっかりしている。重症とまではいかないだろう。


 ――それよりも。

 両手で抱え込んだままの、クロと国王の安否だ。

 伏せた体勢のままで、左右を確認する。


 クロはこちらを見ていた。目が合う。

「リク、大丈夫か」

「ああ、クロ。お前は大丈夫そうだな」


 うつ伏せの国王はからは、少しうめき声が聞こえる。

 ――よし。

 怪我はしているかもしれないが、意識はありそうだ。


 いつの間にか、兵士たちが周りを取り囲んでおり、「陛下!」と叫んでいた。

 ――あ、そうだ。もう一人の女性はどうなった。

 きしむ体に無理矢理に活を入れ、そして起き上がった。


「こ、これは」


 見てはいけなかったのかもしれない。

 いつものように倒れたまま気絶していれば、楽だったのかもしれない。


 机や椅子、その他装飾品が散乱している中で……煙をあげている黒い塊が二体。

 ついさっきまで地下都市の人間だった、塊。

 それが、奥の壁と右奥の壁の近くに転がっていた。


 どちらも、そこから放射状に伸びるように、黒い破片と薄いピンクの破片が散っている。


 胃から何かが逆流してくるのを感じた。

 慌ててそれを抑えつけ、会議室を見渡す。


 女性はいなかった。

 奥の窓が開いたままになっている。彼女は爆発する直前、もしくは爆発をやり過ごして逃走したのだろうか? 作戦は失敗だと判断して。

 もしそうなら、これから本部に報告をしに行くつもりなのかもしれない。


 こちらの他のメンバーは、すでに立ち上がっていた。

 しかしこの凄惨な光景に圧倒されているのか、呆然と立ち尽くしている。

 まるで、部屋の中に入ってきた兵士たちだけ時が流れているようだ。


「陛下! 起き上がってはいけません!」


 兵士の悲痛な声が聞こえた。

 いつの間にか、足元横から、ゆっくりと国王が起き上がってきていた。


「リク……大丈夫だったか……」

「陛下、まだ動かないほうが――」

「……余は大丈夫だ。お前らは――」

「俺もクロも大丈夫です。ほかのみんなも無事ですよ」

「そうか……よかった」


 一瞬だけ少し安心したようにも見えたが、やはりすぐに厳しい表情になった。

 この状況では当然だろう。


「陛下! 医者と救護の者を呼んでおります。そのまま動かず寝ていてください。頭を打っているかもしれません。危険です!」

「余は大丈――」

「陛下、兵士さんの言うとおりですよ。お医者さんが来るまで寝ていてください」

「あなたもです! 血だらけじゃないですか!」


 国王と俺は、無理やりまた寝かされた。




 ***




 小さな打ち合わせ室にベッドが置かれ、国王と俺の二人専用の臨時医務室が作られた。


「はいリク、薬塗るわよ!」

「いてえええええええ! 何すんだお前!」

「何って。薬塗ってるだけだけど?」


「いま塗るって言い終わる前に塗っただろ!」

「細かいことは気にしちゃだめよ?」

「エイミー、オレも塗っていい?」

「いいわよ、じゃあカイルさんは左側を」

「じゃあわたしは足がいいかな」

「そうね。じゃあカナは足を頼むわ!」

「カイルとカナは関係ないだろが!」


「おい、お前らうるさいぞ……」


 部屋に置かれたもう一つのベッドの上から、国王の呆れ声が聞こえてきた。

 国王は今、エイミーの師匠である医者の診察を受けている。

 そして俺のほうは、シャツとズボンを脱いでうつ伏せになり、エイミーに火傷の薬を塗ってもらっているところだ。


 幸いにも、クロはほぼ無傷だった。

 国王も、隣で診察をしている医者の話を聞く分には、重い症状はないようである。

 他のメンバーもきちんと距離を取って伏せてくれていた。特に大事に至るような怪我はないと思う。


 俺は、破片での細かい刺し傷や切り傷が全身にあった。そして背中と足に火傷を負った。

 兵士に指摘されたとおり、出血がかなりあったように見えたのだが、一つ一つの傷に深いものはなく、今後の行動に大した支障はないようだ。火傷もすぐ治る程度のものだろう。


 薬を塗ってもらっていると、見張りの兵士から、「ファーナ将軍がいらしています」という声が聞こえた。

 国王は通すように返事をする。


「陛下。領主オドネルをさきほど確保しました。拘束して部屋に閉じ込めています。城側の兵士についても、一度全員の武装を解かせてあります」

「やはり何か見つかったんだな?」

「はい、先ほどの自爆事件とも無関係ではないようです」

「そうか。あとで落ち着いたら、余とヤマモトとリクで行く。それまで頼んだぞ」

「はい。お任せください」


 領主オドネルは捕まったようだ。やはり何かあったのだ。

 領主側の兵士の武装解除も当然だろう。

 これで、この城の内外で武力を行使できるのは、首都から来た兵士のみという状態になった。


 報告が終わった女将軍は、すぐ部屋から出ていくかと思いきや、俺のベッドに寄って声をかけてきた。


「おい。リク、大丈夫なのか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。わざわざありがとうございます」


 女将軍は「ならよいのだが」と言い、薬を塗っているエイミーのほうにも話しかけた。


「お前はエイミーと言ったな。リクの火傷は酷いのか?」

「いえ、大したことないですよ! 薬を塗ればすぐ治ると思います」

「そうか、私も塗っていいかな」

「どうぞ!」

「いや、あなた忙しいんでしょ。はよ現場に戻りましょうよ……」


 よくわからないが、女将軍も薬を塗っていった。


 そして扉の外から、今度は「ランバート将軍がいらしています」という声が聞こえた。

 また国王への報告のようだ。


「まだ外を捜索中ですが、現段階では逃走したと思われる女は見つかっていません」

「そうか……。最初から三人のうち、一人は成功失敗にかかわらず、報告のために逃げるつもりだったのだろう。準備万全だっただろうから、もう見つからぬかもしれぬな」

「申し訳ありません」

「よい。それよりそなたも無事でよかった」

「ありがとうございます。彼が叫んでくれたおかげです」


 視線を感じた。俺がうつ伏せのまま首だけ横に向けると、二人とも俺のほうを見ていた。

 手柄を横取りするわけにはいかないため、訂正を入れることにする。


「自爆に気づいたのは、俺じゃなくてクロですよ」


 クロは、俺がいるベッドと国王がいるベッドのちょうど間、入口と反対側の窓際に座っていた。

 入口近くは兵士が詰めているので、窓のほうにいたほうが防犯上もよいと考えたのだろう。


 クロは目を合わせず、少し逸らしている。すぐにわかる。これは照れだ。

 ランバートは、そんなことはお構いなしにクロのほうに寄って行った。体が大きいので、ドスンドスンというような振動が伝わってくる。


「またお手柄だな。たいしたもんだ」


 大きな手のひらを乱暴にドン、とクロの頭に乗せて撫でた。

 そして将軍はそのラウンド髭の顔を、再度俺のほうに向ける。


「そういえば、なんでお前は脱いでるんだ?」


 う……。


「薬を塗っていたんです! リクが火傷してたので!」


 エイミーが勝手に先に答えてしまう。


「なるほど。お嬢ちゃんたちに裸を見せているのかと思ったが違ったか」

「そんなわけないでしょ……」

「俺もちょっくら塗ってみるかな」

「どうぞ!」

「あ、それはやめてもらえると嬉しい、かもしれません」

「まあ遠慮するな」

「え? あ、ちょっと待っ……いてえええええええ!」


 思いっきり乱暴に塗られた。死ぬかと思った。


 というか、さっきから絡まれすぎではなかろうか。

 若干の違和感を覚えたが、それも痛みでかき消されていった。

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