第53話 使節団
地下都市の使節団。彼らは約束どおりに城に現れた。
当初、俺は城下町の入り口のところまで迎えに出る予定だった。
しかし前日の火事により、俺が命を狙われている疑いが濃厚になったため、兵士のみでの出迎えに変更された。
こちらが待機していた部屋に届いた連絡によると、使節団は中年男性と若年男性、そしてやや若めの女性の、合計三名とのことだ。
――人数が少なくないか?
少しだけだが、違和感を持った。
使節団というくらいであるから、最低でも十人くらいの人数で来るのかと思っていた。
だが、「護身用と思われる剣を自主的に守衛に提出し、持ち物検査でも拳銃やその他未知の武器は所持していなかった」という報告を聞いたときには、少し安心した。
あくまでも、話し合うために来た。他の目的ではない――そういうことで間違いないだろうと思った。
続いて、三人が兵士に案内され、城の控室に入ったという報告が部屋に届く。
今俺らが待機している部屋は、引き続き子供たちとその師匠が寝泊まりしている大部屋である。
現在、部屋の中にはカイルとタケルのほか、エイミー師弟とレン師弟が待機している状態だ。
そして部屋の外には、兵士がほぼ隙間なく詰めている。その全員が首都の兵士たちだ。この城の兵士ではない。
国王の指示だと思うが、城の中も外も、首都から来た兵士であふれかえっていた。
この上ない厳戒態勢である。
この後の段取りは、まず俺が三人の控室へ挨拶に行くことになっている。
「西暦二〇十五年から来ましたオオモリ・リクです」と自己紹介し、そこで相手も名乗ってくるだろうから、その名前を記憶。そして戻ってきてから、三人が何者なのかタケルに確認を取る――。
それが打ち合わせで決めた段取りである。
「いよいよだね。大丈夫? リク兄ちゃん」
左手にメモ用紙、右手にペンを握ったまま、レンがこちらの覚悟を確かめてきた。
「ああ、大丈夫だ……と思いたい」
断言できないのは残念だが、観察眼のある彼に嘘をついたところで見透かされるだけだ。素直に自信がなさそうに答えた。
行軍中、俺はレンとその師匠に、ほぼ毎日聞き込みを受けてきた。
彼らは、この時代に来てからのクロの軌跡を、本にまとめ上げるつもりのようだ。
なぜそのようなことをするのかと問うてみたところ、以前にジメイ経由で神託があったらしい。おそらく、クロをこの時代に呼び出した神からの指示だと思われる。
記憶が確かならば、クロを呼び出した神は、その目的を「失われてしまった人間と犬とのつながりを復活させること」としていたらしい。
クロの伝記を残させようとしているのも、その一環なのだろう。
「大丈夫だよ、きっと」
隣にくっつくように座っていた金髪の少年カイルが、そんなことを言ってくる。
「……お前は落ち着いてるな」
「だって、今までもなんとかなってきたでしょ。今回もうまくいくって」
彼はこちらを見上げて、根拠のないことを力強く断言した。
なんというか、相変わらずである。そしてそれが、意外なほど心強い。
「よし。じゃあ、あちらの控室に挨拶しに行ってくる」
俺が立ち上がると、カイルとクロも立ち上がる。
それを見たタケルが、手枷を付けた姿で座ったまま声をかけてきた。
「リクさん。相手の名前、忘れないようにしてくださいね」
「ああ、三人だけだから大丈夫だと思う。戻ってきたらよろしく頼むぞ」
「はい」
「リク! 行ってらっしゃい!」
「痛っ……なんで僕を叩くんですか……。では待ってますね。リクさんお気をつけて」
タケルの背中を力強く叩いたのは、エイミーである。
彼女も師匠にあたる人物と一緒に来ているのだが、その師匠というのは医者である。
彼女が医者の弟子というのはイメージとのギャップが凄いが、面倒見がよいのは間違いないので、適性はあるのかもしれない。
控室の前に着いた。
忘れ物がないか再度確認する。
壊れたスマートフォン、内定が決まったときに両親から貰った腕時計、山口県に本店がある某服屋のパーカー、財布……。
ヤハラ経由で俺の素性は伝わっていたと思うが、これでもかというくらい俺の時代の証拠を揃えた。
クロについては、まだ相手に直接姿を見せない予定だ。扉の手前で待機させる。
これはヤマモトの発案だ。「手の内はなるべく見せないほうがよい」というのがその理由らしい。
ノックする。
「入ってもいいですか?」
どうぞという声が聞こえる。
大きく深呼吸をしてから、扉を開けた。
***
タケルは幸いにも、三人全員について知っていた。
それぞれが地下都市でどんなポジションの人間なのか、というところまで判明した。
使節団の代表がオサダ・タカオという中年男性。上層部の一人で、組織図上はスパイだったヤハラの上司にあたる。年齢は四十代後半。
もう一人の男性はハヤシ・トキオという名の若者で、タケルと同じく戦闘員として育てられた人間であり、普段は地下都市の警備を担当しているとのこと。年齢はまだ二十歳程度らしい。
そして女性はヤガミ・シオン。十代の頃は戦闘員だったが、現在は中央で総務を担当しているらしい。年齢は三十代半ばから後半くらいではないかという話である。
控室への挨拶も無事に終了し、いよいよ本番を迎える。
この城で一番大きな会議室。大きなテーブルには、普段は二十四個の椅子が並べられているらしいが、今日は両者の人数に合わせて奥に三つ、手前に七つが置かれていると、事前に説明があった。
こちら側の七つの席の内訳は、俺のほかには国王、神、参謀を代表してヤマモト、将軍を代表してランバート、事務方の官僚一人、そしてレンの師匠にあたる歴史学者……となる。
クロも今度は部屋の中に入るが、席には座らずに、俺の足元あたりにいてもらう予定でいる。
この話し合いが上手くまとまれば、地下都市は無血開城。
こちらの被害はゼロで済むし、相手の被害もない。
タケルとの約束も果たされることになる。
そして地下都市が開城となれば、俺が神から課せられた仕事も終了となる。
そうすれば、この時代からはさよならだ。
みんなと別れるのは寂しいが、元々俺はここにいるべき人間ではない。本来いるべきところに帰らなければならない。
ここまで長かったが、最後の山となりそうだ。
――俺、頑張れ。
そう自分に言い聞かせ、会議室の扉を開けた。
部屋に入る。
会議室は、きらびやかな装飾が至るところに施されていた。
大きさこそまったく異なるが、首都の城の謁見の間にも劣らないような豪華さだ。
こちら一同が入室すると、奥の三つの椅子に座っていた地下都市側の三名も、席を立った。
やはり揃って色白で、全体的に黒っぽい服を着ている。
席を立った三人は、挨拶のためだろうか? テーブルの脇に出て横一列に整列した。
左側からハヤシ・トキオ、代表であるオサダ・タカオ、そしてヤガミ・シオンの順番だ。
俺はそれを、なんとなく眺めていたが……。
オサダの視線が、一瞬だけ俺の足元のほうに向いた。なぜかはわからないが、その視線が異様に厳しかった気がした。
その俺の足元……少し後ろには、クロがいる。
彼らは、控室での事前の挨拶ではクロを見ていない。単純に初めて見たという理由で驚いたのだろうか。もしくは、ヤハラ経由でクロの存在くらいは聞いていただろうから、「この犬がそうなのか」と反射的に警戒したのか。よくわからない。
こちらも緊張で平常心ではないので、単なる気のせいかもしれない。
「余が国王だ。今日はお会いできて嬉しく思う」
「私は使節団代表のオサダ・タカオです。こちらこそ、嬉しく思います」
タカオに笑顔はないが、言葉遣いは丁寧だった。
見る限りでは、地上の人間を見下しているという雰囲気は感じられない。
これは幸先よしである。
この先の話し合いにも、期待が持てそうだ――そう思った。
「我々の文化では、正式な挨拶ではお互いが抱擁を交わすことになっています。そちらは代表として国王陛下とオオモリ・リク殿にお願いしてもかまいませんか」
「もちろんだ」
国王は笑顔で応えた。
するとオサダとハヤシは、その場で胸に一度手を入れた。
どこかで見たナポレオンの肖像画のようだった。地下都市特有の儀礼なのだろうか。
両陣営が見ている前で、オサダと国王、そしてハヤシと俺が抱擁するために近づこうとする。
――ん?
足元に若干の違和感。
いつも俺の少し後ろにいるはずのクロが、ちょうど真横に出てきた。
不思議に思いながらも、後ろに下がるようクロに手で合図を出す。
しかしクロは下がらなかった。
――どういうことだ?
気のせいか、少し「ジジジ……」という音がする。
クロからか?
いや、違う。なんだ?
クロがさらに前に出る。
そして全身の毛を逆立てて、俺に叫んできた。
「リク! 火の臭いだ!」
「――!」
臭いは、俺には感じなかった。
しかしクロの鼻に疑いは持たなかった。
そして声の調子から、ただの火ではないであろうことが、瞬時に判断できた。
体もすぐに反応してくれた。
俺は目の前のハヤシを思いっきり前蹴りし、反対側の壁のほうへ飛ばした。
続いて、まさに国王と抱擁しようとしていたオサダにも横から体当たりし、遠くに飛ばす。
そのまま片手で国王の腕を掴んだ。部屋の入口のほうに向けて、クロをもう片方の手で抱え込みながら、滑り込むように頭から飛ぶ。
「みんな! 伏せろ!」
飛びながら、力の限り叫んだ。
他の人間にそれが伝わり、それに従ってくれたかどうかは、わからない。
だが、精一杯の祈りは込めた。
直後、爆音と衝撃が、うつ伏せになった俺の体を襲った。
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