第48話 無限の世界

 ベッドで仰向けになり、目を瞑って腕で顔を覆う。

 このまま昼寝といきたい。


「はあ……どうしよう。この件、逃げたい」


 俺がそう愚痴ると、ベッドに一人上がってきたとおぼしき揺れが伝わってきた。

 もちろん誰かはすぐわかる。


「何言ってんのさ。仕事はこれからでしょ」


 金髪少年カイルが、すぐ横にくっついてきながら軽くたしなめてくる。

 彼は俺がベッドで寝ていると、上に乗っかってくるか横にくっついてくるかどちらかである。

 どちらも嫌なのだが、毎度の話なので抗議するのも面倒になってきている。


「ふーん。少し汗かいてるね」

「コラ。シャツの中に手を入れるなって。前も言っただろ」


 注意はするのだが、どうも響いている様子がない。

 まだ子供とはいえ、足を絡めてきたり顔を擦り付けてきたり手で直接触ってきたりはさすがにヤバい。そのようなことはやめるようにと以前から言っており、合意も得ている……はずなのだが。どうも約束があまり守られていない。


 元戦闘員の「仲いいですね」というテンプレート化したセリフが聞こえてくる。ちょっとは不自然だと思わないのだろうか。


「自信ないんだね? 今回」

「まあな。もうキャパオーバー」

「何か心配なこととか、わからないことがあるの?」

「何がわからないのかわからないくらい混乱というか」

「だいぶ参ってるみたいだね」

「見てのとおりだ。どうしようかなあ……」


 今は、打ち合わせを終えて部屋に戻ってきて、カイルやクロにその内容を説明し終わったところだった。

 地下都市関係者二名の捕縛に成功したのは、もちろん喜ばしいことではあった。

 しかし、大変なのはここからだ。その二名を通して、地下都市側との交渉の場を作らなければならない。

 茶屋での作戦成功で浮かれている場合ではなかった。


 先ほどの打ち合わせでは、例によって鶴の一声ならぬ神の一声により、二名の説得は俺がチャレンジするということになった。


「あの神さま結構タチ悪いんだよな。何が『リクにすべて任せればよい』だよ……また丸投げかよ」

「でも、今回も兄ちゃんがやるしかないんじゃないの? 他の人だと無理でしょ」

「仮にそうであっても、当の俺が不安なんだっつーの」

「不安かあ」

「ああ。どう話をしたらいいかさっぱりわからん。説得に失敗して全部パーという未来しか想像できない」

「オレが手伝ってもダメかな?」

「うーん、今回はお前のノリは逆効果だろうな。コテコテに洗脳済みの大人二人だぞ」


 前回のタケルのときのようにはいかないはずだ――と思う。

 あのときは、初めて話す者同士ではなかったし、彼は既に『組織』に対して疑問を抱いている状態で、洗脳も薄れていた。

 今回はまったく状況が違う。正直、上手くいく気がしない。


 失敗が許されないというのも、また厳しい。

 俺がミスると、二人には永遠に協力してもらえないばかりか、場合によっては自害される可能性もある。やり直しがきかないのだ。


 そして失敗した場合、地下都市とのパイプは作れないことになる。

 敵対の姿勢が明らかであり、今後も国の事業を妨害してくることが確実な勢力――それが地下都市であるため、放置するわけにもいかない。俺の説得が失敗した場合は、やはり大軍を用意して地下都市を攻める以外に方法がなくなるだろうと思う。


 そうなれば、『地下都市二万人皆殺し』が現実味を帯びてくることになる。

 考えただけで背筋が寒くなる。一大学生が背負うには、あまりにも重すぎる仕事だ。


「僕にも何かできることがあればいいのですが」


 俺は、腕を顔から外して目を開けた。

 ベッドの横を見ると、タケルが椅子に座っており、すまなそうな顔でこちらを見ていた。


「いやー、そう言ってくれるのはありがたいけど。今回お前をあの二人の前に出させるわけにはいかんだろ。何が起きるかわからないぞ」

「そうですか……。ではクロさんの意見は? 何かよい意見をお持ちかもしれません」

「え? うーん。さすがにクロに聞くのは違うような気がするが」


 自分が話題になっていると気づいたのだろう。クロがベッドの横まで来た。


「クロ。お前は捕まえた連中への接し方なんてわかんないだろ?」

「ああ、私にはわからない。が……」

「が?」

「この中だけではなく、他の人間の意見も求めてみてはどうだ」

「城の他の人に相談すればいいってことか?」

「そうだ。この部屋の二人は強力な人間だが、家の中に比べ年齢が偏っている」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

 が、どうやら、俺の家族構成と比べ……ということのようだ。

 家の中だと、年長者――父親、母親がいたが、この部屋には子供しかいない。確かに偏ってはいる。


 クロは、俺や姉が両親に相談事をするシーンを見ていた。

 なので、クロにとってはそれがベストの年齢バランスだと考えているのかもしれない。


「そうだな、オオモリ・リクよ。いくら神からすべてを任されたとはいえ、自力で考えがまとめられないのであれば、他の人間に相談するのは――」

「げっ!」


 誰かと思ったら、部屋に入ってきたのはコスプレ参謀のヤマモトだった。

 どう考えてもヤバいシーンにしか見えないであろう現況をなんとかすべく、カイルを引き剥がした。

 慌てて起き上がり、ベッドに腰掛ける。


「ちょっと! ノックしてくださいよ!」

「申し訳ない。このヤマモト、深くお詫びする。まさか最中とは思わず失礼した」

「いやこれは違うんです。そういうアレじゃなくてですね……」

「え。違うって何がー?」

「ややこしくなるからお前は喋るな!」

「ふむふむ。それはさておき、オオモリ・リクよ――」


 さておかれた。


「私ヤマモトも、お前のことは、陛下をよく助けてくれており、極めて有用な人間であると評価している」

「はあ」

「しかし。自覚もしているだろうが、お前自身はさほど実務遂行能力があるわけではない。後先のことを考えず行動することも多く、思考が短絡的で拙いようである。そしてプレッシャーにも強くはない。つまり『有用』ではあるのだが『有能』ではない」


 ――なんだこいつは。

 現れていきなりディスってきたぞ……。


 もしかしたら、前の打ち合わせのことを微妙に根に持っているのだろうか――そんなことすら考えてしまった。

 あのとき、ヤマモトはタケル自害の偽情報を公表する案を出したが、俺は人道的な理由で反対した。

 結局ヤマモト案しかなかったため、それが通ったわけであるが、彼を汚れ役にしてしまったのは間違いないだろう。


「あー、もしかして。前の打ち合わせで、俺があなたを悪役にするようなことを言ったので、怒ってらっしゃるとか?」

「ほほう、そんなことを気にしているとは。なるほどやはりお前は短絡的であるな」

「はい?」

「参謀というのは、悪役となってナンボの仕事であるぞ」

「はあ、そうなんですか?」


「そうだ。お前の思ったとおり、あの案は人間としてはあまり褒められたものではない。だがあのケースでは、あれより方法はなかったわけである。そうなれば私ヤマモトが率先してそれを提案するのが筋である。

 誰かが汚れなければならぬのであれば自分が汚れる、それは参謀の大切な役割のひとつなのだ」


「なるほど。じゃあ俺が反対したのは空気が読めてなかった感じですかね」

「いやいや、やはり人道的には問題があるのだから、誰かが反対しなければならないのだ。よってお前が反対したのは問題はないぞ。

 お前が反対意見を述べなければ、おそらく他の者が反対したはずである。満場一致ではタケルがあまりにも気の毒であろう」


 そういうことをタケル本人の前で言ってしまっているという点を除けば、なるほどな話ではある。


 少し、ビックリした。

 この人物はあまり考えていない人間だと勝手に脳内評価していたからだ。服装も服装だし、単なる目立ちたがり屋とすら思っていた。

 意外とそんなことはなかったらしい。


 よく考えたら、本当に何も考えない人間であれば、とっくに参謀をクビになっているはず。

 前はヤハラがいたので、遠慮していただけということなのかもしれない。


 タケルを見ると、「そうだったのか」というような顔でヤマモトを見ていた。


「僕、皆さんに気を遣わせてしまっていたんですね。すみません」

「タケルよ、気にするでないぞ。私ヤマモトこそ気分を害する提案をして申し訳なかったと思っている」


 ヤマモトは立ったままタケルのほうを向いて頭を下げた。

 下げられたほうのタケルは「いえいえ」と、恐縮気味に手枷のままの両手を振った。


「なんか難しいなあ。あなたが珍しく積極的に意見を出したのは、そういうことだったんですね」

「そうである。ああいう役はヤハラの仕事だったのであるがな」


 タケルがヤハラという名前に反応したのがわかった。

 ヤマモトの目が少しだけ遠くなり、宙のほうを向く。


「ヤハラはスパイだったわけであるが、参謀としては非常に優秀な人物であった。だがもう彼はいない。よって私ヤマモトがその穴埋めをすべく、一層努力せねばならないのだ」


 そう言うと、ヤマモトは視線を俺のほうに戻し、羽毛扇の先を向けた。


「お前も一流の参謀になりたいのであれば、私を見習って、日々努力を怠ってはならぬぞ」


 なぜ俺が一流の参謀を目指すことになっているのだろう。

 ……という突っ込みはまあいいとして。

 とりあえず、単に嫌味を言うために来たわけではないというのは理解できた。


「さて、話を戻すが」

「はい」

「私ヤマモトがここに来たのは、お前に対し助言することを陛下に申し出て、許可を頂けたからだ」

「わざわざ陛下に宣言してから来たんですか? 正直、今回はうまくいく自信ないですよ? 俺が失敗した時にあなたも連帯責任になってしまいそうですけど」

「わかっておらぬな。それが目的なのだ」


 ヤマモトはふたたび羽毛扇の先をビシッと俺のほうに向けて、そう言った。

 この男の話し方は回りくどいので非常にわかりづらいのだが、どうやら俺を助けようとしてくれているらしい。


「……見かけによらず親切なんですね」

「見かけによらずとは失礼である。この格好はわが父の故郷、西の国に伝わる伝説の賢人にあやかったものである」


 見かけといっても、俺は別に服装のことを言ったわけではない。

 しかし、ピントがずれた彼の回答のおかげで、ヤマモトの父親が西の国出身だということ、そして服装はやはりコスプレだったということがわかった。

 漫画の三国志を通してですが、俺はその賢人を知っていますよ、と心の中で答えておいた。


「自分で考えても自信が持てないときは、人に相談するのも立派な問題解決である。お前にその気があるのであれば、この私ヤマモトが大変有益な助言をしてやらぬこともない」

「そうですね。では是非アドバイスを頂けると嬉しいです」

「よし、よくぞ申した」


 ハイハイ前置きが長いです、とっとと始めてください――とは言わなかった。

 俺はいまだ仕事の仕方というのはよくわかっていない。

 この人もまだ三十代だと思うが、年長者の指導は貴重だ。


 ヤマモトは、部屋の窓際に置いてあった背もたれのない椅子を持ってきて、ベッドの近く、入口側に置いてそこに座った。

 立ち上がっていた俺とカイルもベッドに座り、クロも俺の足元で座り込む。

 全員座った形だ。


「私からは、頭の整理の手伝いをしようと思う」

「整理?」

「そうである。打ち合わせのときから、お前は重度のプレッシャーにより酷く緊張し、不安に苛まれて混乱しているように思える。頭が整理できていない」

「まあ、そのとおりですね。重たすぎて怖くなってます」

「頭の中は無限の世界である。その無限の世界において、どんな範囲で、そしてどんな順番で見ていくのかというのは、大変重要なことだ。

 何がベストなのかは、その案件ごとに異なる。森から見ていくのか、それとも木から見ていくのか。今回はどちらがよいのだろうか?」


「……ちょっとよくわからないですが」

「ふむ。今回のお前の場合、案件の全体もしくは広い範囲を見ようとしたときに、その重たさから、恐怖やプレッシャーを強く感じて混乱してしまったわけであろう?

 そのようなときは、いきなり大きく見ようとせず、ひとまず深呼吸をし、一つ一つのモノから見たほうがよいと考える。森は怖くとも、木の一本一本が怖いわけではあるまい」

「……」

「まずは深呼吸をするがよい」


 スーハ―スーハ―、深呼吸をしてみた。

 なぜか、カイルとタケルも深呼吸している。

 クロはじっとその様子を観察していた。


「よし。ではまず、なぜお前が選ばれているか、その理由から始めようではないか。なぜだ?」

「んーっと。俺が古代人だから?」

「そうであるな。では、なぜ古代人だと今回適役になるのであるか?」

「地下都市の人間は地上の人を『人間』だと思っていないので、他の人では会話に応じてもらえないということですね。たぶん」

「そのとおりである。古代人のお前であれば、彼らにとっては『人間』であり、そして先輩にあたるわけであるから、まず話くらいは聞こうとなるであろう」

「なるほど」


 俺はタケル説得のとき、神が「最も成功率が高い者に仕事を依頼すること――それはいつの時代でも当然のことだ」と言っていたのを思い出した。

 今回もそういうことになるのだろうか。


「そうなれば、まずお前が何をすればよいのかはわかるな?」

「……古代人であることの証明?」

「そのとおりである。証明できるものはあるな?」

「いちおうあります」

「よし。では捕縛した二人に対し、まず一番最初にやることが決まったな」

「はい。自己紹介ですね」


 ヤマモトは「そのとおりである」と言って頷いた。


「では次は、今回こちらにとって特に避けなければならぬことは何か、である。どんな仕事をするにせよ、リスク管理は重要だ。今回の場合はどうであるか?」

「ええと、そりゃ説得する前に自害されてしまうことですかね。全部パーになります」

「うむ、わかっているようだな。ではそれを防ぐにはどうすればよいか」


「うーん、それがわからないのがキツイところなんですよね。なんかもう、猿ぐつわを外した途端に舌を噛まれて自害されそうで。怖いです」

「なぜ彼らは自害しようとするのだ?」

「ええと……拷問されて、地下都市の秘密について喋らされてしまうことを防ぐため、かな?」


 タケルに視線を送ってしまう。タケルは俺と目が合うと、無言でコクリと頷いた。


「おそらく、そのとおりである。自害するのは相手にとって『自害に意味がある』からだ。洗脳されているゆえに、それが地下都市のためになるのであれば、喜んで自害するであろう。

 だが今回のケースについてはどうだ? 彼らにとって、自害は地下都市のために意味があるのだろうか?」


「あー……。ないですね。こちらはもう地下都市の位置も把握していますし、他の情報を入手するにしても、タケルがすでにいるので。彼らは自害したところで何も防げません」

「そうだな。だが彼らはその事実を知らぬだろう。そうなればどうする?」


「すでにこちらが地下都市について詳しく把握している、ということを伝えればいいんですかね?」

「そうであるな。それを伝えれば、自害したところで地下都市の安全が保たれるとは考えないだろう。では自己紹介の次にやることも決まったな」

「はい」


 ヤマモトは再度頷き、「では次に行こう――」と進めた。


「自害が防げたとしても、黙秘されては意味がないな? 次は、どうすれば交渉のパイプ役を引き受けてもらえるか、それを考えなければならぬ」

「そうですね」

「二人の洗脳を解くのは容易ではない。しかし逆に、洗脳されているということは愛国心の塊ということだと考えればどうかな」


「パイプ役を引き受けることが地下都市のためだ、と考えてもらえるように説明すればいいわけですかね」

「うむ。そうだとすればどうする?」

「んー……。こちらは大軍で地下都市を攻め落とそうと考えているけど、その前に交渉がしたい。そう伝えればよさそうですか」


「そうだな。そうすれば、捕縛した二人が自らパイプ役になることを考えてもらえる可能性も出てくる。流れ次第ではあるが、場合によってはもっと地下都市の危機を煽ってもよいかもしれぬ。

 要は、二人が動かぬほうが地下都市にとってリスクであると認識させることができればよいのだ」

「なるほど」


「よし、次は――」




 ――へえ。なるほどね。

 話しながら急速に視界が開けていき、気分も楽になってくるように感じた。


 こういうときは漠然と悩むのではなく、問題を細かく切り分け、一つずつ順番に考えていけばよいようだ。

 混乱しているときも、そうしていけば問題が整理されていく。そして問題が整理されていけば、気分も楽になっていき、新しいアイディアも出やすくなる。


 緊張がなくなったというわけではないが、なんとなく、交渉が失敗する気はしなくなった。

 人って、不思議なものだ。

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