第47話 茶屋と仔犬

 城下町は、いつも活気にあふれている。


 通りには、常にたくさんの通行人が、各々の目的地へ向かうために歩いている。

 いかにも首都の人間という馴染んだ雰囲気の者もいれば、キョロキョロとした地方から出てきたと思しき旅人もいる。

 ときには、馬車や人力車が、警笛のような音を鳴らしていた。


 通りの両脇に連なっている店の店頭では、いつも笑顔の商売人が立っており、通行人へ声掛けしている。

 店はコテコテの和風店舗もあれば、やや洋風にも見える店舗もあったりする。

 俺から見れば統一感がないと感じるその景色も、この時代の人には当たり前のものなのだろう。


 今日も、目に入る景色はいつもの城下町、のはずであるが――。


「やばい、ドキドキしてきた……」


 緊張からか、色彩が全体的に重いように感じていた。


「オオモリ殿、さっきから動きが不審すぎです。もう少し普通にしていただかないと怪しまれます」

「いやあ、そりゃわかってるんですけどねえ」


 現在、一般人に扮した城の兵士五人と、ヒゲと帽子で変装した俺とタケル、計七人で歩いている。

 クロは少し距離をとっている人力車の中にいる。何かあったらすぐに飛び出してこられる態勢だ。もちろん、車をひいているのは車夫に見せかけた兵士である。


 目指す先は、城下町における『組織』の隠れ連絡事務所。

 前に訪問した、地図屋「ヤマガタ屋」の近くにある茶屋である。


 突入する予定なのは、茶屋に顔を覚えられていないことが確実な兵士五人のみ。

 タケルは変装したまま外で待機。捕らえた人間が地下都市関係者であることを、その場で確認する予定だ。

 俺はタケルの保護者という立場で同行している。

 なので、やはり中には入らず外で待機することになるわけだが、緊張するなと言われても無理がある。栄養ドリンクを飲んだ後のように心臓が強く拍動していた。




 神降臨パーティの日から、今日で四日目になる。


 タケルが捕縛されたことについては、二日ほどきつく緘口令が敷かれていた。

 そして打ち合わせの結果、昨日に正式な発表をおこなっている。


 内容は、「神降臨パーティに暗殺者が侵入。捕縛して二日間拷問するも口を割らず、看守の隙をつき自害」というものになった。

 例によって新聞が刷られているので、すでに首都内には広まっているだろうと思われる。

 もちろんタケルは自害などしていないので、発表した情報は正確なものではない。打ち合わせで決めた偽情報である。


 この偽情報、参謀ヤマモトのアイディアである。

 タケルが帰順し情報提供していること――それを秘密にするべきというのは、首脳陣一同、意見が一致していた。

 しかし、だからといって、暗殺未遂事件があったのに何も情報を出さないというのも不自然である。


 どうしようかと一同考えていたところ、彼が「私ヤマモトに妙案がある」などと言い出し、「自供を拒否したまま死亡したことにするのがよかろう」と提案した。

 つまり、タケルが死亡してしまい、この国は何も情報を得られなかった――ということにすれば、地下都市側も油断して対応が遅れるかもしれないし、茶屋の関係者にも逃げられなくて済むだろうということらしい。


 俺は「形の上とはいえ、タケルをこの世からいなくなったことにするのは抵抗がある」と言ったが、タケル本人は「その気持ちだけで十分です」とヤマモト案を了承。最終的に彼の案のとおりにすることになった。


 今思うと、俺は対案を出すわけでもなく単に反対しただけであり、結果的にヤマモトを汚れ役にしている。

 なんだかタケルにもヤマモトにも悪い事をしてしまった気がして、後味の悪さはある。

 まあ、それは今後の反省材料にしなければならないとして……。


 茶屋にいる『組織』の人間――それは重要なキーマンになると思われていた。


 俺は地下都市に本拠を置く『組織』の対処について、国王に「なるべく被害を出さない解決法を模索したい」というお願いをしており、了承を得ている。タケルと交わした約束があったためだ。


 なので、まずは先方の要人との交渉の場を作り、そこで降伏を促そう――そのような方針でいくことになっているのだが、現状では地下都市とのパイプがない。

 亜人呼ばわりされているこちらの人間たちでは、地下都市に近づいただけで射殺されてしまうだろう。

 タケルも、今となっては『組織』の人間に顔を見られたら殺されてしまう可能性が高い。よって、彼にも頼めない。


 そこで、茶屋である。

 茶屋にいる関係者を生け捕りにし、本部の地下都市に取り次いでもらえるよう協力をお願いできれば、大変に好都合なのだ。


 茶屋は、パーティでの暗殺未遂事件後も営業を続けているらしい。

 正直、俺はそのことにも驚いた。

 タケルが音信不通で戻ってこない時点で、彼がパーティの日に国王暗殺に失敗したということは容易に想像できるはずだ。

 普通の感覚であれば、彼が捕らえられて拷問を受け、茶屋のこともしゃべる可能性もある――そう考えて警戒するはずなのでは? と思った。


 ところが、タケルが言うには「茶屋はそのような心配はしていないはずです」とのこと。

 さらには城が発表した偽情報についても、「僕が何もしゃべらずに自害したという情報自体は、まったく疑わないと思います」とのことである。


 いったいどういうことだ? という俺の疑問に、彼は『組織』の厳しい教育のおかげだと説明してくれた。

 地下都市は、もう千年以上存在している。

 長い過去の歴史では、『組織』の諜報員や戦闘員が地上の人間に捕まった例は数例あったそうだ。しかし、いずれも自害に成功し、情報が洩れることはなかったそうだ。

 諜報員や戦闘員はそのように教育されており、拷問されたとしても、口を割らず「きちんと死ぬように作られている」のだとか。


 そんな事情があるので、茶屋はタケルが国に帰順しているなどとは夢にも思わないだろう、ということだ。

 結果的にこちらには都合がよいが、何とも恐ろしい話である。


 そしてますます、タケルの協力が得られている現状は、この国にとって『奇跡』としか言いようがないと思った。


 神は「お前という古代人に会い、そして話したことで、洗脳から解き放たれたのだと思う」と言っていた。

 洗脳の支えになっていたのは、「地下都市の人間は古代人の正当な後継者であり、地上の亜人とは違う」という思想である。タケルの場合、神社での拉致事件のときに古代人である俺がそれを否定している。捕縛されたときには、すでに洗脳はかなり解けていたのだろう。

 神の言うことも、決して間違いではないのかもしれない。


 まあ、説得の仕事を俺に押し付けたことを正当化するためのお世辞、という見方もできるわけだが。




 ***




 さて。茶屋に着いた。


 前に来たときは、あまりきちんと観察していなかった。あらためて外観を確認すると、自分の時代で連想するような和風の茶屋ではなく、洋風でレトロな喫茶店という感じがした。

 入口は小さな木のドアで、脇にはあまり背の高くない植物が植えてある。意外とおしゃれだ。


 兵士の一人が、小さな声でささやいてくる。


「では客を装って捕らえてきます。少し離れた所で入口の扉を観察しながら待っていてください」

「わかりました。宜しくお願いします」

「オオモリ殿はくれぐれも自然に頼みますよ。怪しまれないようにしてください」


 俺がどもりながら返事をすると、兵士たちは中に入っていった。




 道路の少し離れたところから、茶屋のドアをチラチラと観察する。

 アゴの付け髭をいじる。落ち着かない。


「大丈夫かなあ」

「大丈夫ですよ。兵士さんには中のことも詳しく伝えてありますし」


 俺とは対照的に、落ち着いた様子でタケルが答える。

 彼は頬に付け髭を付けている。正直言ってまったく似合っていない。こんなときでなければ、からかってやりたいところだったかもしれない。


 彼の言うとおり、兵士に内部の詳しい情報は伝わっている。

 茶屋には店の人間が三人いるが、地下都市の関係者は壮年の店主と副店主のみであるらしい。もう一人の接客担当の女性は関係者ではないとのこと。


 間取りについては、店舗で使っているホールとキッチンのほかに、地下都市関係者しか入れない事務室があるらしい。ただ、普段は店主も副店主も、店舗のほうに出てきているそうだ。

 客を装って店に入り、いきなり襲い掛かれば、自害されることなく捕らえることは可能だろうとのこと。


「でもなあ、やっぱり中が見えないと不安にな――あ!?」


 ちょうど、「キャアア」という大きな悲鳴が聞こえた。

 女性の声だ。


 これは店員の声か。それとも店内にいた客の声か。

 三十メートル程度は離れていると思うが、はっきり聞こえた。

 こんなにとんでもない悲鳴があがるということは、戦闘が起こってしまったということなのだろうか?


 もしそうだとしたら少しまずい。

 こちらの兵士に死傷者が出てしまうかもしれないし、相手に自害されてしまう可能性も出てきてしまう。


 俺とタケルは、茶屋の扉に向かった。

 いつのまにか、クロも隣に来ていた。


 どうしよう……俺らも突入すべきか……。


 扉の前でそう迷っていたら、扉からガチャリと音が聞こえ、ゆっくりと開いた。

 クロが警戒して低く構える。

 何が飛びだしてきてもおかしくはない。

 剣を抜いて構える。そしてタケルと一緒に、固唾をのんで見守る。


 しかし。

 最初に出てきたのは、どこかホッとした顔をした兵士の一人だった。


 ――あれ?


 そして後からは、両手を縛られ、兵士二人に付き添われた二名の男性。

 口には、猿ぐつわが嵌められている。

 タケルが無言のままに俺を見て、少しオーバーに頷いた。

 地下都市の関係者は、この二人で間違いないようだ。


 悲鳴が聞こえてきたのでびっくりしたが、どうやらスムーズにいっていたようだ。

 よかった……。

 さすが選抜された兵士。感謝。


「ありがとうございました。上手くいったようですね」

「ええ、特に問題もなく。陛下からのご命令どおり、このまま城までお連れします」

「はい。お願いします」


 捕まった二人は、殴られて気絶させられたというわけでもないようだ。意識もあり、しっかり自分で立っている。

 俺はその二人に、声をかけた。


「事情は後でお話できると思います。手荒なことをしてしまい申し訳ありませんでした」


 そう言って、できる限りの気落ちを込めて、頭を下げた。




 特に波乱なく、捕縛に成功した。

 これは大きい。


 地下都市関係者二人と兵士たちを見送ったあと、俺らは建物内にあるという事務室を確認してから帰ることになった。


 店内に入る。


「あ! お兄さん! クロさん! お久しぶりです」

「へうぇ?」


 あまりに意外すぎて、変な声が出た。

 神社で拉致監禁されたときに世話になった、神社の巫女だった。テーブルに座っている。

 他のテーブルには誰もいない。巫女以外に客はいなかったようだ。


「あー、さっきの声は巫女さんだったのか。納得」

「すみません。ビックリしてしまって少し大きな声をあげてしまいました。今のはお城の兵士さんだったのですね」


 彼女は明るい表情でそう言うわけだが。

 ……まあ、「少し」じゃないよね。ものすっごい大きな声だったけど。

 そう思いながら、巫女の座っているテーブルに近づいた。


「あのときは本当に世話になったね」

「いえいえ! 私、初めての経験でしたので。いい思い出になりました!」

「あのー、もうちょっと言葉を選んだほうが」

「え? 何でです?」

「いや、わからなければいいです……」


 コツン。

 足元に軽い衝撃を感じた。


「リク」


 クロだ。俺を呼んで見上げてきた。若干困惑気味の顔にも見える。

 どうした? と聞こうとしたが、その原因は見てすぐにわかった。

 クロの後ろ足からお尻のあたりに、一匹の小さな仔犬が顔をこすり付けていたのだ。

 体毛は茶色く、一見すると柴犬の子供のようにも見える。首には、いかにも丈夫そうな布製の首輪が付いていた。


「この仔犬は、もしや……」

「はい。親に捨てられていていた野犬の仔犬です。お兄さんに言われたとおり、ためしに一匹私が躾けてみることにしたんです。さっきまで町を散歩していて、この店で少し休んで戻るつもりでした」

「おお。そうなんだ。順調そうだね」

「すでに結構慣れてますよ。かわいいです」


 クロは逃れようと体を回転させているが、仔犬はクロに顔をこすり付けたまま一緒に回転している。


「どうやらクロさんに懐いていますね。よかった」

「リク、私はどうすればよいのだ」

「ははは。いいんじゃないの? そのままで」


 しばらく、クルクル回っている二匹を鑑賞していた。


「そういえばお兄さん、ヒゲ生やしたんですか?」

「あ、これはちょっと変装する必要があって。付け髭だよ。外そっか」


 俺は付け髭を外した。

 そして、同じく付け髭をしたままのタケルにも声をかけた。


「タケルも外すといいよ」

「あ、いや、僕は遠慮しときます……」

「なんでだよ。その髭全然似合ってないぞ? せっかくの美少年が台なしだ」


 よっと。

 タケルの付け髭を引っ張った。


「あ! リクさん、まずいですって」


 しっかり留めていたわけではないので、あっさり外れた。

 素顔が露わになる。


 ……。


「キャアアア――!!」


 一瞬の静寂ののち、凄まじい悲鳴が店内に響き渡った。


 ――あ。そうか。

 タケルが味方になっていることを、この巫女は知らないのだった。

 ごめんよ。

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