第49話 出発

 茶屋で捕縛した地下都市関係者への説得は、無事に成功した。

 彼らはこの国と地下都市とのパイプ役を務めてくれた。めでたく、両首脳の話し合いの場が設けられることになった。


 地下都市側のトップである「総裁」は出てこないそうだが、代わりにその側近が出てくる予定だ。


 一方、こちら側は国王が出席することに。これは国王本人の希望である。

 俺はそれを聞いたとき、最初は反対した。

 相手はトップが出てこないので釣り合いが取れないし、何よりも国王が危険に晒される可能性がある――そう懸念を伝え、再考を求めた。


 しかし国王は、

「自分が出ていくことと引き換えに、会談をこちらの支配地域でおこない、そして警備という名目で軍を連れて行くことも認めさせたい」

 として、自身の意見を通した。


 これは、地下都市側に対してかなり歩み寄った会談の条件を提示したことになる。

 こちらは「おとなしく投降しなければ攻め滅ぼしますよ」という立場だったので、やる気になれば、強気に「代表者を首都まで寄越せ」という態度に出ることも可能だった。


 国王がそうしなかったのは、俺とタケルで交わした約束――できるだけ死傷者が出ない解決法を模索する――に最大限の配慮をしてくれた結果だと思う。

 なるべく地下都市側を刺激しないようにし、穏やかな空気で会談を、ということなのだろう。


 ありがたいと思う。

 交渉が決裂し、力攻めで地下都市二万人大虐殺というのは、タケルとの約束を抜きにしても絶対に避けたいから。


 会談の場所は、地下都市に一番近いこちらの城でおこなうことで決定した。

 軍も派遣する予定だ。




 ***




 すっかり、早寝早起きの習慣が定着している。

 寝覚めもいい。起きたときのスッキリ感は、以前よりもずっとある。


 この時代に来る前では考えられなかったことだ。

 あの頃は平気で夜更かしをして、朝は当然のように寝坊していた。

 寝覚めも悪く、二度寝も習慣化していた。


 ――意識が、変わったからかな。


 こちらに来てから、やらないといけないことや、考えないといけないことが多くなった。

 重圧がかかることが多くなり、死の危険に晒されるようなこともあった。

 結果、締めるときは締めて、緩められるときにはしっかり緩めよう、という意識が生まれてきたのかもしれない。

 早寝早起きも、そんな意識の変化に、体が適応していった結果なのだろう。


 しかし、今朝はいつも以上に早く起きてしまった。

 まだ少し薄暗い気がするので、五時前くらいかもしれない。

 きっと、今日がいつもの一日ではないからだ。


 体に活を入れるため、朝の散歩をすることにした。


 カイルを起こさないよう、慎重にベッドを出ようとした。

 だが、例によってベッタリ抱き付かれていたので、解く際に気づかれてしまったようだ。ムニャムニャ言って上半身を起こしてきたので、まだ寝ていろとベッドに倒した。


 タケルは床に敷いたマットの上で寝ている。

 起こさないようにそっと足を運んでいたつもりだったが、やはり気がついたのか、小声で「おはようございます……」と挨拶してきた。

 俺は「おはよう」と返してから、カイルと同じくまだ寝ているよう告げ、部屋から出た。


 入口近くでペタンと寝ているクロには、こちらから朝の挨拶をしておいた。

 きっと、寝ておけと言ったところで拒否して付いてくるだろうから。




 クロと一緒に、城の廊下を歩く。

 外はよい天気のようだ。一定間隔にある窓からは、朝の若い光が差し込んできている。


 立ち止まり、窓から外を見ながら、伸びをするようにストレッチをした。


 兵士も当番以外はまだ寝ている時間だが、一人の足音が近づいてきた。

 顔だけをそちらに向けると、銀髪長身の男性。神だった。

 神は近くまで来ると声をかけてきた。


「ずいぶんと早起きなのだな」


 俺は体も回転させ、神のほうに向き直った。


「おはようございます。あなたも早いですね」

「おはよう。わたしはもともと『夜だから寝る』という習慣はない。この体を使うようになってから、眠くなるようにはなったが。まだ朝は早く起きてしまうようだ」

「へえ」


 これは初耳だった。

 こちらから聞くとはぐらかすわりには、意外と自分からボロを出すことが多い。

 それらの発言をきちんと拾ってまとめれば、神の仕様に関するそれなりの設定資料集ができそうだと思う。


 ――そうだ。

 今は俺とクロしかいない状況だ。せっかくなので聞いておこう。


「こちらに降りてきて、もう一か月近くになると思いますが。どうですか? 初めて経験するこちらの世界は。人間を間近に観察して、何か思うことはありますか」


 俺の質問を聞くと、神は腕を組み、窓の外のほうを見て考え込んだ。

 そこまで真剣に聞いた質問ではないので、別に一生懸命考えてくれる必要はなかった。しかし、見ると意外にシリアスな雰囲気だったので、俺はその姿を見守った。


 組んだ腕を解くと、神はこちらを見て、言った。


「なかなかよい」


 限りなくシンプルな回答が返ってきた。


「それじゃわかりませんよ」


 俺がそう言って少し笑うと、神は「そうか」と、また少し考える素振りを見せる。


「毎日いろいろな人間がわたしのところに来ているが、人間と話をするのは楽しいと感じる。そして観察していても退屈しない」

「人間が気に入ったということでしょうかね」

「そういうことになるな。その性急さを含め、気に入った」

「性急?」


「そうだ。人間はそのキャパシティと寿命とのバランスが悪い。生物の中では圧倒的な器を持っているのに、それを消化するには一生があまりにも短い。そのせいか、わたしから見れば誰もが急いているように見える。

 だが、それがよい方向に行っているのかもしれない。どの人間も、わたしが想像していたよりもはるかに貪欲で、精気に満ちている。だから面白いのだろう。

 もともと人間については、歴史を紡ぐことができる生物という点で評価はしていたが、こうやって地上で近くから見ることで、あらためて個体それぞれの素晴らしさも感じた」


 今度はずいぶんと詳細に答えた。

 神は無表情のまま言っているが、賛辞であるのは間違いない。


 しかし人間は性急、せっかちということらしい。

 なんとなくイタズラ心が芽生えてきたので、もう一つ質問をすることにした。


「へえ。じゃあ、そんな素晴らしい人間たちの世界を初めて体験して、人生観ならぬ神生観は変わりましたか? 自分ももっと生き急がなければならない、とか」


 あなたはそんなマイペースな性格だから、地下都市の存在に永らく気づくことなく、文明停滞の問題解決も遅れてしまったんですよ――。

 暗にそう皮肉ったつもりだ。


「もちろんまったく変わらないわけではないだろうが……。

 お前たち人間は、城の庭にいる虫が美しければ、人生観が変わるほど影響を受けるのか? それと同じだ。神であるわたしが、人間にそこまで大きく影響されるとは考えにくい」


 まったくこちらの意図に気付いてもらえなかった。

 しかも俺らは虫らしい。


「アナタ俺と話すときは本音全開ですよね。他の人にはそんなこと絶対言わないくせに」

「わたしは同じように接している。お前しかそのようなことを聞いてくる人間がいないだけだ」

「サヨウデスカ」


「お前の扱い方はいまだよくわからぬ……。他の人間のように、神であるわたしのために喜んで働くという考えもない。どうやったらやる気を出すのかも量りづらい。

 わたしはお前については評価しているし、今回も期待している。そうむくれるな」


「あ、大丈夫ですよ。むくれているわけじゃないですから」

「……そうか」


 もう慣れたということもあり、たまに飛び出す神のおかしなコメントも、決して悪意があるわけではないことがわかっている。

 突然難しい仕事を振ってきて、なんのフォローもないことについては、正直勘弁してくれと思うが。


「そうだ。ジメイという孤児院の子がいただろう? あの子をわたしが借りることになった」

「へ? なんでですか」

「わたしの世話役としてだ。わたしは人間の細かい慣習などはわからない。今回の地下都市側の人間との会談には同席する予定だが、それまでの道中で問題を起こされてはお前も迷惑だろう」

「なるほど……。まあ、あいつなら神さまの世話役としては適任だと思いますけど」


 実は、先週から孤児院の子供たちがまた揃ってこちらに来ている。

 しかし、俺の使っている部屋に泊まったのは、上京してきた初日だけだった。

 今回は全員が専用の宿泊場所を用意してもらっているらしく、次の日からはそこに泊まっているようだ。


 詳しくは聞いてはいないが、それぞれの師匠にあたる人物が、今回の作戦で何やら裏方的仕事をすることになっているらしい。

 子供たちは経験を積むために、師匠か孤児院の院長あたりに命じられて付いてきたのだろうと思う。


 本日、軍は首都を出発する予定だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る