第25話 悪役と旅立ち
俺の机の上には茶色い毛むくじゃらの物体が置かれていた。
まるでドブに住むネズミの毛を集めて出来たようなその物体は、机の上に置かれていて気持ちのいいものではない。
もしこれが学校の教室であればいじめを疑う。
しかしここは俺の住まいで俺の部屋。
いるのは可愛い角っ娘と可愛いメイドと可愛いでこっぱちオンリー。
彼女達からの贈り物だというのならどんな思惑があろうとも、大切に仕舞って家宝にする自信がある。
そうしないのはこの物体は俺が置いたものであり、俺が作り出したものだからだ。
「流石にこれを被る気にはなれないな……」
これはスキルで作り出したカツラ。
変装用にと作ったのだが、さすがは最低限を作り出すスキル。
絶妙に使えない。
「入るわよ」
返事を待つことなく部屋に入ってきたマル。
その手には生首が。
契約成立の献上品だろうか。
なんて恐ろしい子。
「ほらこれ、スレイン協会に行くなら必要でしょ」
「生首が?」
スレイヤーの管理をしているスレイン協会。
加入条件として悪党の首が必要なんだろう。
なんて恐ろしい協会。
「違うわよウィッグ! 生首なんて持ってくるわけないでしょ!?」
勢いよく投げ出された黒髪が机にぽさっと乗っかる。
確かに髪だけで顔は付いていなかった。
「いくつか持ってるから貸してあげるわ。その長さなら男でも問題ないでしょ?」
腰に手を当ててふんっ、と鼻を鳴らすマル。
まだ彼女がここに来て一日しか経っていないが、吹っ切れた様子でそこに怯えは見えない。
境界の勇者の件を含め、彼女にも色々事情があるようだ。
それこそ、こんな悪党の手を借りてでもスレインを続ける事情が。
「こんな感じ、か? どうだ? 俺だとわからないか?」
ウィッグを着けてマルに問いかける。
やはり少女の持ち物なだけあって男には少し長い。
いつもより中性的に見えるんじゃなかろうか。
目を顰めてじっと俺を見つめる少女。
負けじとこちらも見つめ返す。
目と目の語り合い。
伝える言葉は良いおっぱいですね。
「……まだだめね。前髪で目を隠せばわからないでしょうけど、それだと不意に見えるかもしれないし」
「目ねぇ。眼帯を外して包帯でも巻いてればどうだ?」
眼帯を外し代わりに手で片目を覆う。
再び俺の顔を顰めっ面で凝視するマル。
そろそろ好きになりそうだ。
愛を込めてウインクをするが片目を隠しているので実質まばたき。
「それならまあ大丈夫、かも。ルインフェルトって言えば白髪眼帯ってイメージだし」
白髪眼帯。
まさに中二病の権化。
ここは手に包帯を巻いて是非とも三種の神器を揃えたい。
「それにしても、はあぁぁぁぁぁ……」
急に大きな溜息を吐き出したマル。
何か悩みでもあるんだろうか。
次に溜息をする場合は事前に教えて欲しい。
瓶でその息をキャッチし、あとで美味しく頂く大作戦。
「あの二人の事は上手く丸め込んでる見たいだけれど、私は絶対に騙されないから! この変態っ!」
バタンッと大きく音を立てて出て行ってしまった。
誤解とは中々解けないもの。
悲しい行き違いは全世界共通で起きてしまうのだ。
涙を堪えつつ、マルが先程立っていた場所へ移動する。
そして大きく深呼吸。
なんだか甘い香りがするような。
服の一部とか貰えないだろうか。
変態とかそういうのじゃなくて、純粋な気持ちでそう思う。
ふと窓の外を見てみると、ミアとサーリィが特訓をしていた。
サーリィの作り出した岩棘がミアに襲いかかる。
ミアが小さな口をもぐっと動かすと岩棘がかき消えた。
それでも負けじと今度は魔属性の魔法を使ったようで、サーリィの影から複数の手が現れてミアに迫る。
ミアが小さな口をもぐっと動かすとその全てが断ち切られた。
サーリィの目に涙が浮かんでる気がする。
泣かなくて良いんだサーリィ。
そのメイドさんが強すぎるだけで。
君だって十分成長しているさ。
だから自分とミアの胸を見比べるんじゃない。
きっと強さの秘訣はそれじゃないぞ。
しばらく二人の訓練を見ているとマルが城から出てきた。
何やらサーリィ達に声を掛けており、二人もそれに応えている。
最初は和やかに見えたがどうやら口論になったようだ。
ミアがガチンっと口を動かすと、マルの目の前の地面が抉り消えた。
なにそれ怖い。
このまま殴り合いに発展するようなら止めようと思ったが、今度は二人してマルの頭を撫で始めた。
マルは嫌がって振り払おうとするが、二人は撫でるのをやめない。
羨ましい。
俺も今から下に行って急に喚き散らせば撫でてくれるかな。
刹那の幸福のために恥も外聞も捨てる。
そんな人生も悪くない。
目の前のガラスを叩き割って飛び降りようか考えていると、下にいる三人がこちらに気づいたようで手を振ってきた。
正確には手を振ってるのは二人で、一人は舌を出してあっかんべーと。
それがバレたようでまたサーリィとミアに何かを言われている。
仲が宜しいことで。
俺の方がみんな付き合いが長いはずなのに。
何故こんなにも置いてかれている感があるのか。
考えられるのはやはり性別の差。
それは小さいようで大きな違い。
決して超えられない溝がそこにはある。
この溝を埋める事はできなくとも、何か歩み寄る手段はないものか。
考えに考える。
そして一つの閃きを得た。
そうだ、ブラジャーを着けよう。
■ ◆ ■
「本当に行かないのか?」
城の入り口で俺は問いかける。
色々と準備を済ませ、今日城を出ればそのまま隣国、自由国家アレアスに向かう予定だ。
国を移動するための依頼はもちろん、『赤白き解放者』のスレイヤーとして登録も済ませてある。
そんな中、ミアはいつも通りメイド服を着て、隣には掃除用の巨大な毛玉を置いていた。
「はい、ミアはここで城の管理をしています。ミアはメイドですからっ」
そう言ったミアの目に迷いはない。
自分の使命はそれだと確信しているようだ。
ここで俺が泣き叫んだりすれば、間違いなく彼女だって付いてきてくれる。
そして俺としても泣き叫ぶのはやぶさかではない。
背中を大地に預け、両手両足をバタバタと振りかざし、『やだやだミアも行かないとやだやだ!』と何時間でもゴネる準備はできていた。
しかしそれはもはや許されない行為。
ミアとサーリィの密約を見てしまったのだ。
『ミアが側に居ない間、ルイン様のことをお願いしますね』とメイド服の一着を渡すミア。
『任せてくださいっ』と張り切って受け取るサーリィ。
最初見たときは、サーリィのメイド姿が見られるぜひゃっほいバンザイわっしょいぐらいにしか思っていなかった。
しかしその後ミアにも来て欲しいと少し強めに誘ったとき、サーリィが物凄く悲しい顔をしたのだ。
実際には何も言葉にしないがその悲しそうな顔が
『私だけでは頼りないですかそうですよねミアには戦闘はおろか料理でも掃除でも胸の大きさだって敵いませんしルイン様は小さい胸でも好きな人はいると言ってましたがこうなったらやっぱり私もスキルで胸を大きくするべきでしょうか少しずつ大きくすればバレないでしょうしミアよりちょっと大きいぐらいまで成長させればルイン様も。ああそれにしても今日もルイン様カッケェ! 好き! 抱いて!』
と言っていた。
俺の想像ではあるが間違いなく言っていた。
つまり俺がここで駄々をこねるとミアを困らせ、サーリィを悲しませる事になる。
それは俺としても頂けない。
だから俺は断腸の思いで彼女の言葉に同意する。
「……わかった。城を任せたぞ」
「はいっ。もしミアに用事がある場合は、ホームゲートを開いて遠慮なく呼んでください!」
ホームゲートは俺が使える下神級時空間魔法で自分の位置と、定めたポイントを繋ぐワープゲートを作り出す魔法。
これが無ければ俺は無理にでもミアを連れて行っただろう。
問題としては自分の位置がゲートを作り出した後も更新されるので、俺がゲートをくぐってここに戻ってきてしまえば、もう元の場所には戻れないということ。
逆に言えば俺以外ならこの城と俺のいる場所を行き来することができる。
ミアとずっとお別れなんてことにはならない。
「ああ、何もなくとも定期的にゲートを開くから顔ぐらい見せに来てくれ」
「もちろんミアは肯定します!」
言質は頂いた。
サーリィもマルもその言葉を聞いたはず。
聞いたよな?と確認の意味を込めて二人に視線を向けるとサーリィは笑い、マルはフンッとそっぽを向いた。
なんだそれは聞いてないというアピールなのか。
「私もミアとこのままお別れなんて寂しいですから、ありがとうございます」
「別に私はどうでもいいわよ。早く行きましょ」
「マルちゃん……」
「誰がマルちゃんよ!!」
ありがとうとか、どうでもいいとか、マルちゃんとか。
そういう言葉が聞きたかったんじゃないんだが。
アイコンタクトするにはまだまだ親密度が足りないらしい。
まあ聞こえてはいただろう。
これで定期的にゲートを開いても文句は言われないはず。
一日一回オープン・ザ・ゲートしたとしても定期的には違いない。
「じゃあそろそろ行くか」
じゃれ合っていた三人娘に声をかける。
決して仲間外れが寂しかったから水を差したとかではなく。
俺が一番みんなと仲がいいし。
俺のことがみんな一番好きだし。
ただそれを態度と言葉と行動に表さないだけで。
「行ってらっしゃいませ。ミアはルイン様の進む道が輝きに満ち溢れていると確信しています!」
ふんすっ、と息巻くメイドさん。
勇者から逃げ出す道が輝きに満ち溢れてるかと言えば微妙なところだが、彼女が可愛く確信してるならそれだけで問題はない。
それだけで輝いている。
「行ってくる」
「行ってきます!」
「ふんっ」
目指すは自由国家アレアスの街、ナサティダス。
双子街と呼ばれるその街は、二つの異なる宗教が交わっている一風変わった場所。
そこで突然街中に魔物が現れるという事象が起きていた。
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