Another side:マルデリカ

 私は悪党が嫌い。

 他人のことを考えず、自分の利益のために平気で人に不利益を振りまく。

 その不利益を取り戻すためにどれだけの人が泣きどれだけの人が苦労するのか。

 それを知らずに笑っている悪党が嫌い。


 私は奴隷が嫌い。

 奴隷になった者が嫌いなんじゃなくて、奴隷という制度が気に食わない。

 人族とそれ以外にどれだけの違いがあるっていうの。

 少し造形が違ったり、少し変わった力があったりするだけで蔑視するなんて。

 私には絶対できない。

 

 だから戦おうと思った。

 幸い、姉ほどでは無いけれど魔法も使えたし。

 悪意や劣情を感じ取る嗅覚もあった。

 伯爵の娘という立場を利用してスレインを作り、同じような考えを持つ人たちと共に悪を討つ。

 苦労はあったが生き甲斐のある日々に満足していた。


「Sランクスレインになったら街を作りましょ!」


 Sランクスレインにはその功績に対する報酬として、スレイン協会から特殊拠点が与えられる。

 特殊拠点の形は様々だが、私は街を作ろうと思った。

 悪党がおらず、奴隷のない、全ての種族に平等な街を。

 そんな私の提案に対して皆は笑った。

 Sランクにはなれっこないと。

 他種族に平等な街を人族の領域で作れはしないと。

 私は不満で頰を膨らませた。

 けれど少しずつ進んでいって、Sという高みが近づいてくればみんなも賛同してくれる。

 全種族平等を謳う勇者も居るらしいし街だって不可能じゃない。

 そう確信していた。


 しかしある日を境に私のスレインから人が減り始める。

 一人二人抜けた時は悲しいな、と。

 三人四人抜けたところで何かがおかしいと感じる。

 そして五人六人と続いた時に理由を問い詰めた。

 すると彼女は周りの目を気にしつつ小さな声で

 

「第三境界の勇者に目をつけられてる。もうこのスレインではやっていけない」


 と一言。


 意味がわからなかった。

 何故私達のスレインが勇者に、それも境界付きなどに目をつけられたのか。

 Sランクを目指しているとはいえ、今はしがないCランク。

 悪事を働いた覚えもないし、正義たる勇者に目を付けられるいわれはない。

 何かの勘違いだと思いたかった。


 けれど私の思いは届かず。

 目をつけられた理由は私達が悪事を働いたから、ではなく。

 勇者がどうしようもないぐらいに悪党だったから。

 勇者が正義だと言ったのは一体誰か。

 そいつを火で燃やし尽くしてやりたい。


 結局皆がスレインを抜け、私は一人に。

 振り出しへと戻された。

 しかもこれ以上前に進めない振り出し。

 勇者が噂を流布しているようで、誰もスレインに入ってくれようとしない。


 国へ帰ろうか。

 そうも思った。

 けれどあそこは私にとって心地よい場所とは言えない。

 仕方なく私はなるべく第三境界から離れるようにと移動した。

 一人しかいないスレインなど受けれる依頼は少なく、詳細な行き先など選べない。

 兎にも角にも離れることだけ考えた。


 道中では嗅覚を頼りに悪党を狩る。

 悪意に比べて劣情は匂いが大きく、見つかるのは変質者ばかり。

 でもそれは他種族の奴隷を助けるという点では大きなメリットだった。

 そう言ったタイプの悪であれば一人でも対処しやすいし。

 街中で声をかければ最悪衛兵や他のスレインだっている。


 私は諦める訳にはいかない。

 誰に邪魔されたって、誰に笑われたって。

 Sランクになって理想の街を作る。

 そして人族領域の中にも他種族の居場所を作るのだ。

 そう、他種族の。


 ……いや違う。

 私が本当に作りたかったのは――


「ッ!」


 ふと匂いがした。

 いくら嗅いでも慣れない不愉快な匂い。

 変質者がいる。

 あたりを見回すとすぐにその匂いの発生源がわかった。

 黒地に金の刺繍がされたローブの男。

 

「…………」


 何かいつもと匂いが違う気がする。

 でも何が……?

 って考えてたら見失っちゃう。

 変質者には違いないし、考えるのは後からでもいいか。


「ちょっと待ちなさい!」


 くるりと振り返る男。

 顔は見えない。

 けれどより劣情の匂いを発しているのがわかった。


「あなた、変質者ね!!」


 さあ、これでどう出てくるか。

 走って逃げ出すか、人違いだと言うか、あるいは襲いかかってくるか。

 どう来たとしても対処はできる。


 しかしそのどれにも当てはまらず、男は普通に歩き出した。

 え? え? 私ちゃんと言えてたわよね?

 指だって向けてたし。

 それなのに完全無視って。

 しかもなんかまた嫌らしいこと考えてる。

 このタイミングでってどういうこと!?


「ど、どこに行くつもりよ!? 待ちなさい!」


 肩を掴むも振りほどかれたので。体にタックルをかます。

 倒れるかと思ったけれど、意外とがっしりしていて転倒どころかバランスの一つも崩さなかった。

 匂いのキツさといい、体付きといい。

 これは大物な予感。


「こんな大物、絶対逃さないんだから……! 止まりなさい!」


 全力で止めようとしてみても、全く歩むスピードが変わらない。

 けれど大物なら捕らえた名声で人を集められる。

 逃すわけにはいかない!


「はぁはぁ……やっと、やっと止まったわね! もう観念しなさい!」

 

 五分ほどの攻防を経てやっと止めることができた。

 人混みを歩くから色んなところぶつけるし、その間もずっと劣情を醸し出してるし。

 せめてその苦労に見合う悪党であってよね。


「はぁ……観念するも何も、俺は変質者じゃない」


「ふんっ、それでごまかせるとは思わないことね。私はスレイン『赤白き解放者』のマスター! マルデリカ=シーネス=フォティベルグよ!!」


 周りのざわつきが聞こえる。

 私の名も少しは広まってきたみたいだ。

 スレイン名よりも変な二つ名が先行してるのは微妙な気持ちだけど。

 あとやっぱりここでも勇者の流した噂は届いてるみたい。

 もっと遠くへ行かないと。


 この変質者を捕らえたらまた移動しよう。


「これで状況がわかったでしょ? 大人しくその怪しげなフードをとって観念しなさい!」


「待て待て、何を持って俺が変質者だって言うんだ。俺が何かしたのを見たのか?」


「私には変質者を嗅ぎ分ける嗅覚があるのよ。あなたからはCランク……いえ、下手をするとBランクAランク級の変態的な匂いがするわ!」


 どうやら自分は変質者じゃないと言い張る方向性に決めたようね。

 それに対する策はある。

 スレインに支給されてる犯罪者照合のスキル器具。

 これで大人しく鑑定されるもよし。

 もし逃げ出したならそれでも悪党だって確定するわ。


「…………」


 男はすんなりと照合を受け入れた。

 もしかして本当に犯罪者じゃない?

 いや、道を歩きながらあんなに劣情をダダ漏らしている奴が普通なわけない。

 絶対何かしらの犯罪を犯しているはず。

 私は自分の嗅覚を信じる。


 と、思っていたら急に男が慌て始めた。

 それと同時に照合者あり、と器具にでる。

 ほら、やっぱり私に間違いはなかった。


「ほら! やっぱりリストに載ってるじゃない! ふふっ、もう言い訳も無いようね!」


 合っていた安心から少し声が弾む。

 そしてその勢いでスキル器具に書かれた照合結果を読み上げた。

 いや、読み上げようとした。


「ええと照合結果ランクは、ランクは……ランクはSSダブルエスで……?」


 だぶるえす?

 それはもしかしてAより上のS。

 そのさらに上のSSのこと……?


 ……意味がわからない。

 確かに大物かもしれないって思ってたけど。

 完全に私がどうにかできる範疇を超えてる!!


 それに待って……この国、この街でSSランクって言ったら……。


「…………」


 目の前の男は待っている。

 私が名前を読み上げるのを。

 それを皮切りに暴れ出すつもりなのか。

 嫌だ、読みたくない。

 でも目の前から感じる圧力が勝手に私の口を動かしていた。


「な、なま、えは……ルインフェルト……ラク、あす」


 SSの中でも最も危うい。

 最低最悪の狂人。

 その名前を私が上手く言えていたかどうか、正直自信がない。

 けどその言葉を聞いて周りの人達が悲鳴を上げ逃げ出したのだから、形にはなっていたんだろう。


 私も逃げ出したい。

 けど足が動かなかった。

 それにきっと逃げたって意味はない。

 私は面と向かって暴言を吐いたんだもの。

 いの一番に殺される。

 その証拠に目の前からルインフェルトは動いていない。


 何故。

 何故また私が!!

 勇者から逃げて逃げて逃げて。

 少しずつ名声を集めてここまで来たのに。

 結局何の意味もなかった!

 何の意味も成せなかった……ッ!

 ただルインフェルトに喧嘩を売ったバカとして私は終わるんだ。


 この世界は私には……。


 せめて苦痛なく殺してほしい。

 その願いも目の前の男が邪悪に満ちた表情で笑ったのを見て、届かぬと知った。

 そこで私の意識は途絶える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る