第23話 悪役と変質者

 俺は再びウェルルックの街にやってきた。

 最初に踏み入れた時と同じく一人で。

 もちろんミアやサーリィに見限られた訳ではない。

 彼女達は新しく得た才能の練習がしたいという事で城に置いてきただけ。

 今頃俺の事を思い出して寂しさに震えているだろう。

 現在進行形で寂しさに打ちひしがれている俺が言うんだから間違いない。

 

 ここに再びやってきた理由は、ミアが言っていた国間の通行証をなんとかできないかと思ったから。

 流石に国境ともなれば街に侵入した時のように壁を越えてはい終了、とも行かないだろう。

 ルインフェルトの力があれば無理やり突破することもできるが、面倒を増やし続けて魔族領域に着いた時には勇者がたんまり差し向けられてるなんてのは避けたい。


「はぁ……あんだけ騒いだのに結局祭りもなしか……」


「当たり前だろ、そもそも生きてたんだから……祭りなんてしたらこの街がどうなるか」


 通りすがりに聞こえてくる声。

 俺がここを発った数日前の熱気は何処へやら、街全体が沈んでるように感じられる。

 まあずっと近場にいた悪党がやっと死んだかと思えば、死に体のスレイヤーと共に存命が知らされたのだ。

 我ながら気持ちはわからなくもない。

 

 ちなみに今は以前着ていた灰色の無骨なローブではなく、黒地に金で刺繍された高級感あふれるローブを着ている。

 流石に同じ格好で来ては街中に入った途端に身バレしかねない。

 そうなれば速攻でルインフェルトファンのレディ達に囲まれてしまうだろう。

 抱いて抱いてと黄色いコール。

 その場で始まるR18。

 という展開になったらサーリィ達に申し訳ない。

 だから身バレするわけにはいかないのだ。


 まあ実際にこのフードを取って集まってくるのは完全武装のおっさん達。

 殺せ殺せと赤黒いコール。

 その場で始まるR18(スプラッター)。

 異世界とはなんと世知辛いものか。


 兎にも角にも新たなローブを着て街中を歩く。

 ミアからの話によれば通行証はスレイヤーか商人なら獲得できるだろうと。

 前者は敵対勢力。

 後者はそもなり方がわからない。


 もちろん俺だって闇雲にこの街まできた訳じゃない。

 ちゃんとアテがあってのこと。

 商人になれないなら商人の通行証を拝借すればいいのだ。

 もし当人が必要だと言うのなら当人ごともっていく所存。


 というわけでサーリィと感動的な出会いを果たした奴隷売りへと向かっている。

 彼女があそこにいたと言うことは魔族領近くまで行くツテがあるはず。

 一度顔バレしているからお話も弾むことだろう。

 問題点としては奴隷売り本人を連れていく必要が出た場合、サーリィがNOと言わないか。

 売り売られの関係が良きものだったとは考えにくい。


 できれば通行証だけでなんとかならないか、そんな事を思いつつ大通りに差し掛かる。

 ここから数本脇道に逸れれば目的地だ。

 と、言うところで後ろから声をかけられた。


「ちょっと待ちなさい!」


 少しあどけなさの残る女性の声。

 ナンパだろうか。

 ナンパだろうな。

 フードをかぶっていても隠せぬ魅力。

 イケメンルインフェルト、不用意に振り返ります。


 背後にいたのは赤白い髪をした少女。

 少し内側に巻かれたショートボブで、おでこを見せるように前髪は白いピンで留められていた。

 服装も髪にちなんでか赤みがかっていて、それでいて安物ではないと思わせるような。

 言うなればどこかのご令嬢がファンタジックな高級コスプレをしている感じ。

 あと胸が大きい。

 ミアと同じくらい大きい。

 ちょっと掴んでみてもバレないだろうか。

 これだけ大きければどこかに把握できてないゾーンがあってもおかしくない。


「あなた――」

 

 ビシッと俺を指差す少女。

 次に来る言葉は好きか大好きか愛してるか。

 一目見た時から、どころか一目見ずとも惚れるとは。

 ちょっと少女の情緒が心配になる。

 

「変質者ね!!」


 おっとっと。

 どうやら俺に話しかけていた訳じゃないらしい。

 あまりにもその赤い瞳がこっちを見ていたからお兄さん勘違いしちゃったよ。

 くるりと踵を返して歩き出す。

 こんな天下の往来で変質者呼ばわりされる者がいるとは。

 よっぽど変質者らしい人物なのだろう。

 大人しくお縄に付いて欲しいものだ。

 俺はちょっと一人でいる幼女を見つけたので声をかけてきますね。


「ど、どこに行くつもりよ!? 待ちなさい!」


 後ろから赤髪の少女にガシッと肩を掴まれる。

 やめて欲しいそんな事されたら変質者が俺のことだと思われるじゃないか。

 肩を振りほどいて再び歩みを進める。


「こんな大物、絶対逃さないんだから……! 止まりなさい!」


 今度は腰のあたりにがっしりとしがみついてきた。

 少女とは思えない力強さだ。

 急に岩を括り付けられたような、そんな重みを感じる。

 だがこの体ならなんのその、多少違和感を感じる程度でしかない。

 むしろ背中に当てられた柔らかみのおかげもあってか、いつもより力が湧き出る。


「とーまーりーなーさいぃ!」


 いつの間にかできた人だかりを、少女をずるずると引きずりながら掻き分けるように進む。

 大通りなだけあって少しの出来事で大渋滞だ。

 残念ながら先ほど見つけた幼女の姿は既にどこへ行ったかわからない。


「止まりなさ、痛っ! なんかぶつかったんですけど!? ちょっと、とまっ! 痛い痛い人混みを通らないで! 止まりなさいよ! ねえ! 一回止まって何もしないから!」


 俺には止まれない理由がある。

 もしここで俺が止まればどうなるか、考えてみて欲しい。

 少女は手を離し、言葉通り何もしないかもしれない。

 変質者と呼んでしまって申し訳ないと頭を下げるかもしれない。


「ちょ、止まって! お願いだから! 止まってってばあ!」


 だけどそうじゃないんだ。

 俺は別に謝って欲しい訳じゃない。

 ただずっとそうやって腰に抱きついて、おっぱいを押し付けて欲しいだけなんだ。

 だから止まるわけにはいかない。

 少なくとも少女が手を離すまでは。


 と言う訳で腰に少女を装備したまま街を練り歩く。

 これも一種のデートと言っても過言ではないだろう。

 手を繋ぎ、腕を組むカップルがいるんだ。

 腰にしがみついた彼女を引きずりながら歩くカップルがいたっておかしくはない。

 街ゆく人々の羨望の視線が痛いぜ。

 このまま夜景の見えるレストランに行こう。

 

 しかしながら楽しい時間はあっという間で、五分と経たずに少女は諦めて手を離した。

 ビタンッと潰れたカエルのように地面に伏す少女。

 しかし俺が立ち止まったことに気づいたのか、急いで立ち上がりその細い指をこちらへと向けた。


「はぁはぁ……やっと、やっと止まったわね! もう観念しなさい!」


「はぁ……観念するも何も、俺は変質者じゃない」


 背中から離れた温もりに対する名残惜しさから、少しだけ少女の相手をしてみる。

 後ろにひっついていたので見えてなかったが、先程に比べて大分衣服が汚れていた。


「ふんっ、それでごまかせるとは思わないことね。私はスレイン『赤白き解放者』のマスター! マルデリカ=シーネス=フォティベルグよ!!」


 言ってやったぜ、とドヤ顔を見せるでこっぱちの少女。

 だがもちろんのごとく俺は知らない。

 名前すら長くて覚えられなかった。

 マル……なんとか。

 まあマルでいいか。


「マルデリカってことはあの変質者狩りの――」


「確か女性の味方とかどうとかって言う変質者狩り――」


「あれでも確か『赤白き解放者』って少し前に――」


 俺の薄い反応とは反対に、周りにいた野次馬たちはその役目を果たすべくざわついていた。

 どうやら彼女は変質者を狩るものとして有名らしい。

 そして俺はそんな有名な彼女にご指名を受けたと。

 周りの俺を見る目が痛々しいものへと変わっていく。

 冤罪だと言うのに肩書きとはこうも人を信じさせるものか。


「これで状況がわかったでしょ? 大人しくその怪しげなフードをとって観念しなさい!」


「待て待て、何を持って俺が変質者だって言うんだ。俺が何かしたのを見たのか?」


「私には変質者を嗅ぎ分ける嗅覚があるのよ。あなたからはCランク……いえ、下手をするとBランクAランク級の変態的な匂いがするわ!」


 変態的な匂いとは一体。

 もしかしてサーリィやミアもその匂いを感じてたりするんだろうか。

 自分で自分を少し嗅いでみる。

 ローブを変えたこともあってか悪い匂いはしない。

 マルを鑑定もしてみたが、そう言ったスキルがあるようには見えなかった。

 つまりは完全に彼女の感覚次第と言うことか。

 問題はそのジャッジが世の中で一定以上の評価を得ていること。

 BランクやらAランクと聞いた野次馬たちのざわつきが大きくなっていく。


「そんな曖昧な判定で人を変質者だと決めつけるな」


「まだ認めないの? ならちょっとそのままそこを動かないで」


 彼女は大きな虫眼鏡のようなものを取り出してこちらをみる。

 どれだけ拡大してもイケメンだろう。

 変態的なところなど見つかるわけがない。

 まあフード越しだけど。


「これは各スレインに与えられている犯罪者照合用のスキル器具よ」


 なるほどな。

 スレインは指名手配犯を追うことが多いとミアやサーリィも言っていた。

 スキル器具って言うのは初めて聞いたけれど、そういうアイテムがあってもおかしくはない。

 ん?

 犯罪者照合?


「ほら! やっぱりリストに載ってるじゃない!」


「…………」


「ふふっ、もう言い訳も無いようね! ええと照合結果ランクは、ランクは……ランクはSSダブルエスで……?」


 SSと言った瞬間ざわついていた民衆が途端に静かになる。

 勝ち誇り笑顔を浮かべていたマルもその表情のまま顔を青く変化させた。


「な、なま、えは……ルインフェルト……ラク、あす?」


 状況を理解しながらも律儀に最後まで言葉にするマル。 

 すると示し合わせたかのごとく、一斉に人々が逃げ出した。


「あああぁぁあああ!! ころ、殺される!!」


「いやだあぁああああああ!!」


 悲鳴が上がる上がる。

 こちらはピクリとも動いていないのに、まるで金棒を持った悪鬼に追いかけられているかのごとく。

 我先にと言いつつも仲良く皆涙を流しながら逃げていった。


「おい、あのマルデリカとか言う嬢ちゃん動いてないぞ!!」


「放っとけ! もうあいつはお終いに決まってんだろ!!」


 遠くの方からそんな声が聞こえたのを最後に、視界から目の前の少女以外の人がいなくなった。

 活気ある大通り。

 真昼間にそこから人がいなくなった様子は退廃的ですね。

 そんな思いを込めて赤髪の少女ににっこり。


「きゅぅ」


 少女は気絶した。


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