第2章 屍の上で笑う者

第22話 悪役と夢

 知らない場所だ。

 恐らく知らない場所。

 なんか視界にフィルターが掛かっていてよく見えないけれど。

 片田舎のような閑散とした場所でかつ日本ではないような。

 こんな場所に俺は来た覚えがない。


「ねえ」


 目の前には女の子がいた。

 これまた知らない子。

 白くて透き通る長い髪。

 こんな子一度会ったら忘れるはずがない。

 だからこそ知らない子。

 その子と二人、草花でできた自然の絨毯に座っていた。


「わたしの、わたしの生まれてきた意味ってなんだと思う?」


 期待に満ちたような、そんな目をしている気がする。

 生まれてきた意味を問われたって答えられるはずないのに。

 でも、俺の中には何故か答えがあった。

 だから俺はそれを嬉しそうに吐き出す。


「それは――」


 途端に激痛が走る。

 右目が溶け出して視界が赤く染まる。

 でも、それでも俺は。

 彼女に答えを言わなきゃならない。

 だから片目がなくなろうとも悲鳴一つ上げず、決められた言葉を発する。


「――死ぬことだよ」


 そう言って俺は女の子にナイフを突き立てた。

 



■  ◆  ■




「………………」


 何か夢を見てた気がする。

 けれど全く思い出せない。

 いい夢だったのか悪い夢だったのかさえも。

 起きた時に夢を覚えてないのは記憶が海馬だからとかなんとか。

 何か思い出そうとしてしばらくベッドで唸ってみるも、成果は得られなかった。


 仕方なく布団を放り投げて立ち上がる。

 この部屋には俺しかおらず、多少不審な行動を取ったって問題はない。

 一度服を全て脱ぎ捨てて全裸になってみる。

 唐突なサービスシーン。

 この部屋には俺しかいないから問題はな――


 ガチャッ


「ルイン様、そろそろ起きるじ、か……ん」


 扉を開けて飛び込んできたのはサーリィ。

 俺としたことが寝ぼけていたのかその接近に気づかなかった。

 目前に広がる肌色の園を見て、固まるサーリィ。

 白く陶磁のような肌が徐々に赤く染まっていく。


「ああ、ちょうどさっき起きたところだ」


 対する俺は堂々とした態度。

 まるで恥じるべきところなどないかのように、昂然とその場に立ち尽くしている。

 前を隠すなんてとんでもない。

 ピンチをチャンスに変える男、ルインフェルト=ラクアス。

 全裸で少女に近づきます。


「朝食もできた頃か? 顔を洗ったら向かうからミアと一緒に待っててくれ。って聞いてるのかサーリィ?」


「し」


「し?」


「し、しし失礼しましたッ!!」


 扉を閉めて視界から消える少女。

 その後にはドタバタと走り去っていく音が聞こえた。

 今回のことは彼女がノックをせずに入ってきたから起きた出来事。

 だからと言って今後ノックをしろと強要はしないが。

 その場合は毎回裸のお兄さんが待ち受けてると知ってほしい。


 気づけば夢のことなど、見たことすら忘れていた。


 サーリィに告げたように顔を洗い、少し身なりを整えてから食事場に向かうと、並べられた料理と二人の姿が。

 目の合ったツノっ娘が少し顔を赤くして顔を背けたが、今日の俺はそんなにイケメンだろうか。

 不思議に思うふりをしながら席に座り、二人にも着席するよう促す。


 それから食事をしつつ、昨日俺が考えていたこれからについて相談した。

 記憶を無くした影響で戦闘において万全ではないということ。

 ムキョウの勇者の存在。

 魔族領域への逃亡は、戦闘の勘が戻るまでの療養場所として考えていると説明した。

 そして二人に意見を求める。

 

「ミアはもちろん賛成です。ルイン様の身が一番大切ですから。ただ……魔族の領域まで行くとなると相当大変だとミアは思います」


「そんなに遠いのか?」


「人族の領域は細かく国に別れています。この場所から考えても三つ四つは国を跨いで行く必要があるとミアは憂慮します」


 国を越えるというのは元の世界でも簡単な事ではなかった。

 パスポートが必要だったりビザが必要だったり。

 この世界の入国審査がどんなものかは知らないが、何の証明書もなしに、ましてやこの悪人面を通してくれるとは思えない。

 だからこそ彼女は大変だろう、と。


 もちろんこの体はハイスペックだ。

 街の外壁を飛び越えるほど簡単ではなくとも、国境を無理に突破することは可能。

 ただそれが一度ならまだしも三度四度ともなれば警戒を産み、最悪な場合勇者と戦闘なんてことにもなりかねない。


「ちなみに正規で国を越えようと思ったらどんな方法があるんだ?」


「ミアが知っている中で手っ取り早いのはスレイヤーの特別高位通行証か依頼通行証でしょうか。あとは商人もそう言ったものを持っているとミアは聞いたことがあります」


 スレイヤー達のギルド、スレインにはランクがあるらしく高ランクのスレインだけが持ってる国間の通行証が特別高位通行証。

 ランクに関係なく、依頼の都合上で国を移動する必要があるときに発行されるのが依頼通行証だとミアから説明を受けた。

 スレインは立ち上げが厳しく、そのマスターとなる人には相当な審査があるらしい。

 だからこそ特例的に国を超えた傭兵事業ができると。


 補足として勇者は基本的に国から国への移動が認められてないとのこと。

 以前サーリィが勇者は人族同士の戦争のため、他種族への牽制のための兵器だと聞いた。

 それを踏まえればおかしな事ではない。

 ただ例外もいて、その一人がムキョウの勇者。

 国境の無い勇者で、無境。


「サーリィも何か意見があったら遠慮せず言ってくれ。魔族領域に行くことについてとか」


 ミアと俺の話を黙って聞いていたムキョウのサーリィ。

 無い胸で、無胸。

 本人に聞かれたら変形した手でグサッとやられそう。

 しかし、いつもなら魔族領へ行くと言った段階で『ま、魔族も虐殺ですか!?』とか言っていたはず。

 そうでなくとも彼女の故郷でもある。

 何も口を挟んでこないのは少しおかしい。


「わ、私はルイン様にお仕えすると決めましたから! その先にどんな惨事が待っていようと、付いていきます……ッ!」


「「………………」」


 言ってやったぜ、と満足気な表情をしているサーリィ。

 どうやら俺の予想は当たっていた模様。

 ミアと顔を見合わせる。

 そして二人して立ち上がり、サーリィの左右に陣取った。

 彼女の肩にそれぞれ手を置いて、優しく語りかける。


「……もしかして俺が魔族の虐殺を企んでるとか、思ってる?」


 俺はガシッとサーリィの右角を掴む。


「えっ?」


「……ミアは悲しいです。サーリィとは昨日あんなにルイン様の話をしたのに」


 ミアはガシッとサーリィの左角を掴む。


「えっ? えっ?」


 状況が理解できないまま完全捕縛されたサーリィ。

 彼女の両角はすでに我らが手中にあり。


「よーし引っこ抜くぞー」


「ミアは齧ります」


「ま、ま待ってください!! お、思って無いです! 思って無いですからああ! ああああっ、角をひっぱらないでください食べないでください折らないでくださいいいっ!!」


 角を掴んでぐるぐると。

 横ではミアがギザ歯をふんだんに使ってガジガジしている。

 見習って俺もちょっと齧ってみた。

 ミアが左角から齧り始めて俺が右角から。

 気分は特殊なポッキーゲーム。


 しばらくした後、テーブルには突っ伏して涙を流すサーリィの姿が。

 ちゃんと角が付いているかを確認しつつ「もうお嫁にいけません……」とつぶやいている。

 その点は優良な嫁ぎ先を確保してあるから安心して欲しい。

 顔が怖くてメイド持ち前科持ち指名手配中の優しい男性です。


 サーリィがさめざめと泣いている間に、俺はミアの才能を開花させることにした。

 今度はしっかりと事前に説明をさせていただく。

 サーリィの一件もあるが、開花する才能が『暴飲暴食』というのも少し不安があるし。

 開花した結果まんまるガールにジョブチェンジされては困るのだ。


「『暴飲暴食』って才能を知ってるか?」


「噛鮫族に良くいる才能だとミアは記憶しています。胃袋の限界がなくなるスキルや、一口が大きくなるスキルが得られるはずです」


 そ、それはスキルとしてどうなんだろうか。

 正直なところフードファイトぐらいにしか使い道が思いつかない。

 いや、元々彼女が持ってるスキルと合わされば強力な気もする。 


「その才能が欲しいと思うか?」


 気分は心の中から聞こえてくる怪しげな声。

 チカラガホシイカ。

 ナラバ代償トシテ体をヨコセ。

 性的な意味で。


「……ミアには『異物咀嚼』の才能があります。そして『暴飲暴食』の才能よりもこちらの才能の方が優秀なので……」


 まさかの答えはNO。

 というか今の才能と換装するのはいかがですか、という提案と捉えたようだ。

 そりゃあお断りするのもわかる。

 だってただのフードファイターだもの。


「いや、その才能はそのままに、もう一つ才能が欲しいかって聞いてるんだ」


「……? えっと、ルイン様。才能は一人一個までで――」


 ミアがたしなめるように言おうとした時、突っ伏していたサーリィが飛び起きてそれを遮った。


「ルイン様は人に新たな才能を授けれるんですよ!」


 自慢げに喋る角っ娘。

 なぜそんなに彼女が鼻高々としているのかはわからないが、第三者でかつ経験者の彼女が加勢してくれるのはありがたい。

 先程までのうじうじとした様子は何処へやら、嬉々とした表情でミアに話す姿はまさに水を得た魚だった。

 

「私も今は二つの才能を持っていますっ!」


「……そ、それは本当なのかと、ミアはにわかに信じられませんっ」


 サーリィの言葉を受けても半信半疑な様子。

 それほどまでにこの世界において『才能は一人一つ』というのが常識なのだろう。

 ここでもし俺が素知らぬふりをすればどうなるか。

 きっと今後ミアは彼女のことを可哀想な子と認識するに違いない。

 それはそれで面白そうだが、話が進まないのでここは肯定しておく。


「サーリィの言ってることは本当だ。なんなら見せてもらえばいい」


「任せてください!」


 嬉しそうに幻身を、そして魔属性魔法を発動させるサーリィ。

 まるで長年欲しかったおもちゃをやっと買ってもらえた子供のような。

 そんな無邪気さを感じる。

 なんだかお菓子の一つでも与えたくなるな。

 そしてもっといっぱいあげるから家においでよ、と。


「これで『隠蔽』と『魔属性』の才能があるとわかってもらえましたか?」


「そ、そんなの……そんなのって……」


 サーリィのスキルや魔法を目の当たりにして、本当に才能が複数あると理解した様子のミア。

 少し俯く彼女の肩は怒りを我慢するかのようにワナワナと揺れていた。

 人は信じていたものが根底から崩れた時、怒りに逃げることがある。

 この肩の震えはその前兆なのかもしれない。


 顔を上げた時、ミアの目には沢山の星が浮かんでいた。


「すごいですっ!! ミアは今、大興奮しています!! さすがはルイン様です!!」


 ここぞとばかりにわっしょいしてくれるメイドさん。

 大興奮と言う彼女の言葉に偽りはないようでいつもより距離が近い。

 おかげでこちらも大興奮。

 このまま彼女を抱き上げて、でんぐり返ししながら寝室に向かいたいです。


「そうだろう、そうだろう。よし、じゃあ改めて聞くが『暴飲暴食』の才能はいるか?」


「はいっ! ミアに新しい才能を下さい!」


 こうして我が家に巨乳ギザ歯メイドフードファイターが誕生した。


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