Another side:サーリィ3
「サーリィはルイン様が怖いのですか?」
「えっ、そ、そんなことはありませんよ!」
ミアさんに話があると連れられてきたキッチン。
彼女が料理の準備を始めたのでそれを手伝っていたら、突然そんな質問が飛んできました。
ルインフェルト様は私の大恩人です。
怖いなんてそんなはずがありません。
「……ミアはそれが嘘だと確信しています」
「うっ……わかり、ますか?」
「ミアにはお見通しですっ。そして多分ルイン様もそれを理解してるだろうとミアは推測します」
「ですよね……」
ルインフェルト様のことはもちろん慕っています。
人族のことは嫌いですが、あの方だけは例外だと胸を張って言えるほど。
彼と共に悪役になろうと、心にも誓いました。
ただ、それとは別の感情なのです。
父のことは尊敬するし好きだけれどやっぱり怖いみたいな、そんな複雑な感情なのです。
「ミアさんはルインフェルト様のこと、怖くないんですか?」
「もちろんですっ。ミアは全く怖くありません!」
「ルインフェルト様の、その、世間での噂とか評判は知っていますよね?」
「あんな噂など気にしてはいけないとミアは憤慨します!」
「も、もしかして街一つを消滅させたとか、村人を老若男女関わらず皆殺しにしたとかって噂は嘘なんですか!?」
「み、ミアはこの食材を切るので、さ、サーリィはこれを煮てください」
あ、明らかに話題を逸らしましたよね。
ということ嘘ではないんでしょう……。
受け取った野菜を鍋に入れてぐるぐると煮ていきます。
横を見ればミアさんが手慣れた動きでお肉をスパスパと。
そのまましばらくは無言で作業をしていました。
再びミアさんが口を開いたのは、鍋に二つ三つ食材が追加された後のことです。
「……ルイン様は、ルイン様は自分で自分を縛っています」
「縛っている……ですか?」
「ルイン様は自分は悪役でなくてはならないと」
「そ、それはどうしてですか?」
悪でなければいけない理由。
私の頭で考えてもそんな理由は一つも浮かんできませんでした。
だからこそミアさんに問いかけたのですが、その答えは待てども返ってきません。
グツグツと鍋の煮える音だけが料理場に響きます。
「……ともかく、ルイン様はお優しくて紳士的だとミアは知っています。サーリィもそれを理解したら怖くなんてなくなるはずです!」
「理解、と言われてもどうすればいいんでしょう……」
「今までのルイン様の行動を思い出して見ればいいと、ミアは思います」
そう言われて一番に思い浮かんだのは才能を開花してもらったことです。
けれどあれは他言が禁止されているので、ここで言うことはできません。
他には何かなかったかと考えてみます。
物凄く濃い時間ではありましたが、出会ってからまだそこまで日にちは経っていないので出来事を思い出すのはそこまで難しくありませんでした。
「そういえば、スレイヤーに蹴飛ばされた時、凄く怒って下さいました」
「ルイン様はお優しいから当然ですっ」
「……あと街を出る時、外壁を飛び越える必要があったんですが、私を抱えた後しばらくその場に立ち尽くしてらっしゃったんです。あれってもしかして……」
「サーリィの心の準備ができるのを待っていたんだと、ミアは推測します」
「じゃ、じゃあ森の中を走る時、最初は抱きかかえて頂いてたんですが、途中でおんぶに変わったり、また抱えたりと変えていたのも」
「ルイン様の腕がそれぐらいで疲れるはずはありませんから、サーリィの疲労を考えてのことだとミアは確信しますっ!」
「そ、そうだったんですね……!」
不思議に思っていた行動、それらは全てルインフェルト様の優しさだったようです。
私よりも良くルインフェルト様のことを知っているミアさんが言うのだから間違い無いでしょう。
まさか自分がそんなに丁寧に扱われていたとは思わず、少し顔が赤くなるのを感じます。
恐らく私が気づいていないだけで他にも色々と気遣われていたのでしょう。
そう思えば確かに怖さが薄れてきた気がします。
「それに、ルイン様は奴隷としてサーリィを買ったにも関わらず一度も手を出してません」
「そ、それは私に魅力が無いからで……」
自分の平坦な胸を見ます。
どっからどう見てもぺったんこです。
ルインフェルト様は小さい胸が好みの人もいるとおっしゃってましたが、それが慰めだと言うことは私にもわかります。
幻身で胸を作り出す練習とかしといたほうがいいでしょうか。
「サーリィは十分魅力的だとミアは思います。それにミアも手を出されていませんっ」
「ミアさんもですか!?」
ばいんっと音がしそうなほど大きな胸を張って「ルイン様は紳士的ですからっ」と言うミアさん。
ミアさんの容姿は女性の私から見ても可愛らしくて、なんと言うか抱きしめたくなります。
そんな彼女にも手を出していないとなると、私の胸が小さいから何もしなかったと言うわけでは無いのかもしれません。
ただ、手を出されてないことを自慢げに言ってもいいのだろうか、と思ったことは内緒にしておきましょう。
そこからしばらくは料理を進めつつ、ミアさんのルインフェルト様自慢を聞きました。
掃除道具を作ったら褒めてくれたとか、料理はいつも美味しいと言ってくれるとか、彼女の事をバカにした貴族を皆殺しにしたとか、綺麗で可愛いアクセサリーをもらったとか。
何個か耳を疑うようなものが混ざっていましたが、それを話すミアさんはとても嬉しそうでした。
ルインフェルト様が彼女を大切にしていたというのは間違いなく本当なのでしょう。
そんな彼女がふと口をつぐみ、不安そうな表情を浮かべました。
「どうかしましたか?」
「ルイン様の記憶は戻るのかと、ミアは心配です……」
先程まで彼女が話していた内容は、全て記憶がなくなる前のルインフェルト様との思い出です。
それが全て失われているとなれば、不安になる気持ちもわかります。
ましてや記憶がなくなって性格まで変わってしまっていたらどうしようと。
私も同じ状況なら考えたかもしれません。
「き、きっと大丈夫ですよ。それに記憶が少しなくても、ミアさんを大切に思う気持ちは変わらないはずです!」
何の根拠もない慰め。
いえ、慰めにもなっていないかもしれません。
けれどミアさんはそれを聞いて笑ってくれました。
「……そうだとミアは嬉しいです。じゃあサーリィももっとルイン様と仲良くなれるよう努力していきましょう! まずは呼び方から変えるべきだとミアは思います」
「そ、それはミアさんみたいに『ルイン様』って呼ぶって事ですか?」
「その通りです。あとミアの事もミアと呼んでください」
「わ、わかりました……ミア」
「はいっ。これからよろしくお願いしますね」
彼女との話を経て、随分とルインフェルト様、いえルイン様への恐怖心が和らいだような気がします。
そもそもな話、噂の類を考慮しなければとてつもなくお優しい方です。
確かにちょっと虐殺もしますが、それは、えっと、理由があって、でもすごく生き生きとしておられて、えーと、うーん……。
その辺は少しずつ理解していきたいと思います。
奴隷という身でもありますが、返しきれないほどの恩を頂きましたから。
終わらないほど長い付き合いになるでしょう。
私が息絶えるその時までお側でご奉仕させて頂きます。
ご、御奉仕といっても夜伽とかではありませんっ。
ルイン様は紳士な方ですから。
でも、もし紳士的に誘われたらどうしましょう。
それは困ります。
困ります……よね?
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