第21話 悪役とメイド再び
「お夕食の準備ができましたとミアはお伝えします」
メイドっぽく恭しいお辞儀をした後、ミアは可愛らしい口を動かしてそう言った。
街から城に移動する間の食事は最低限だったし、気づけばかなりの空腹感。
「すぐ行こう。サーリィはどうした?」
ミアの横にバイブレーション怖がりツノっ娘の姿はなし。
お手洗いだろうか。
ならドア前に立って音姫の代わりを務めるのも吝かではない。
「彼女ならミアと一緒に準備をしていたので既に食事室にいます。そしてルイン様を呼んでくる役目にはミアが立候補しましたっ」
「なるほど大役ご苦労」
「そんな、ミアはメイドですから」
手を前にかざしていえいえと振るメイドさん。
なんと可愛いことだろうか手を繋ぎたい。
食事室までその手をにぎにぎしながら移動。
そして部屋に入る前にお金をそっと渡して『サーリィちゃんには内緒だよ』と。
そんな妄想をしつつ散らかっている机の上のものをアイテムボックスにしまい立ち上がる。
と、そこで彼女に一つ聞いておきたいことがあるのを思い出した。
今は二人きりなのでちょうどいい。
「そういえばミア、少し聞いておきたいことがあるんだが」
「なんでしょう? ミアになんでもおっしゃってください」
何でもと言われるとセクハラをおっしゃりたくなるこの心理。
まさかその思考を読んでのセクハラ待ちだろうか。
なんてえっちな子。
でもサーリィが食事室で待機してるから今は本題だけとしよう。
「俺の、記憶をなくす前の俺の目的を知っているか?」
「それは…………はい。ミアはそれを知っています」
記憶をなくす前の俺、つまりルインフェルトの目的は悪名をあげること、そして死ぬこと。
それに賛同しているかどうかはともかく、彼女は知っていると答えた。
「じゃあ、何故そんな目的を打ち立てているかについては?」
死してなお悪であれと言い、そして悪であって死ねと。
そう言った彼の理由が知りたかった。
「……ルイン様は理由を忘れられたのですか? と、ミアは気になります」
「ああ、情けないことに覚えていない」
「いえ、いえ、全ての元凶は勇者だとミアは知っていますから。それで理由……ですか、ミアは……ミアは……」
少しだけ顔をうつ向けて地を見るミア。
ライトブラウンの髪が横に揺れてメトロノームのように刻を数える。
行儀良く前で組まれていた両手はメイド服を巻き込んで少し強く握られた。
「申し訳ありません。ミアは……理由を知りません」
「そう……か、知らないか」
「はい、期待に応えられずミアは申し訳ない気持ちでいっぱいです……」
「気にするな、以前の俺が伝えてなかったのならしょうがない」
申し訳ないと書かれた顔を見せる彼女の頭を、ぽんぽんと叩き慰める。
そしてその肩を掴みくるりと回転させれば前には扉、後ろには俺。
「よし、じゃあ行くか」
扉を開け、彼女の背中を押していざ食事場へ。
「る、ルイン様っ、ミアが、ミアがお背中を押しますので交代をっ」
「はっはっはっは」
「それにルイン様っ、逆です! 食事場は逆だとミアは思います!」
「はっはっはっは」
「ルイン様っ!?」
わたわたと暴れる小さな背中を押してそのまま進んでいく。
恐らく彼女は嘘をついた。
■ ◆ ■
異世界に来て最もの贅沢を今、俺は堪能している。
美味しい料理に美味しい飲み物、そして可愛い女の子。
柔らかい椅子と絢爛な照明、そして可愛い女の子。
そして可愛い女の子。
なんという贅沢か。
もしサーリィ達の目がなければ興奮で失禁していた。
しかし彼女達の目があるからこそ失禁したいという気持ちもある。
矛盾する感情。
前ルインフェルトはメイドの前で失禁とかする系悪党だったんだろうか。
教えてルインフェルト先輩。
「ルインフェルト様に一つお願いがあるんですが……」
「ん?」
食事中の失禁は控えて欲しいとかだろうか。
わかってる俺だって所構わず漏らすのはいけないって。
だけど気持ちがスプラッシュ。
「わ、私もミアのようにルイン様、と呼んでもいいですか……?」
「何だそんなことか。別になんて呼んでくれたって構わない」
「あ、ありがとうございますっ」
お礼を述べた後、正面に座るミアへと視線を送るサーリィ。
うんうんと頷いて何やらグルの予感。
というかいつの間に仲良くなったんだ君達。
サーリィもさらっと『ミア』って呼び捨てにしてるし。
ずるいぞ俺だってミアって呼んで欲しい。
ちなみに彼女の本名がミアではないことは鑑定を通してわかっている。
本当の名前はミアルダ=クー。
ミアはまあ愛称みたいなものだろう。
そして鑑定結果はこんな感じ。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
ミアルダ=クー 噛鮫族
才能:{
スキル:{遠距離咀嚼、硬物咀嚼、魔法咀嚼}
魔法:{下神級雷魔法、下神級水魔法、上級風魔法}
【追加鑑定結果】
スキル:遠距離咀嚼
鑑定結果:異物咀嚼の才能によって与えられたスキル。口に入れずとも物を咀嚼できる。
スキル:硬物咀嚼
鑑定結果:異物咀嚼の才能によって与えられたスキル。硬い物の咀嚼を可能にする。
スキル:魔法咀嚼
鑑定結果:異物咀嚼の才能によって与えられたスキル。魔法の咀嚼を可能にする。咀嚼した魔法は魔力として体に取り込まれる。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
そう、何を隠そうこのメイドさん、めっちゃ強い。
魔法だけ見ても俺の持っていない下神級雷魔法が使えたりするのに、スキルも優秀。
硬物咀嚼があれば武器の破壊ができるし、魔法咀嚼があれば魔法主力な者など敵ではない。
そして咀嚼というリーチの短さをカバーする遠距離咀嚼。
強すぎか。
これでまだ未開花の才能もあるんだから笑えない。
味方でよかったメイドさん。
しかしあの小さい口にこんなにも強力な力が備わっているとは。
その片鱗など見せず、今もパンを小さくちぎってもむもむと咀嚼している。
大は小を兼ねると言うが、小の中に大を兼ね備えているのだからまさしく最強。
サーリィもミアの口を見て小さいことは悪いことではないと強く理解して欲しい。
そして最終的にはリーチの短さをカバーする遠距離ちっぱい的なスキルを取得して欲しい。
兎にも角にも、小さい口のギザ歯っ娘メイド万歳。
「……ミアの歯が気になりますか?」
「あ、ああ。ちょっとな。悪いなジッと見て」
余りにも凝視してたものだからミアにもその視線が伝わってしまったようだ。
本当はちょっとどころじゃなく気になっているけれど、そこは余裕を見せるのがダンディズム。
「気持ち……悪いですよね。申し訳ありません」
口元を隠すようにして手で覆い、精一杯の作り笑顔を見せるミア。
一体全体何故そんな思考になったのか教えて欲しい。
ダンディズムが良くなかったのか。
もっとはぁはぁと息を乱して『き、気になりますぅ!』と言えばよかった。
しかしその場合はシンプルに『気持ち悪いですね』と言われた可能性が高い。
とにかく明らかにミアは落ち込んでいる。
前に座っているサーリィも良くない雰囲気を感じてそわそわしだした。
ここで俺が普通に気持ち悪くないと言っても、浅い慰め言葉だと思われないだろうか。
特にルインフェルトになってからはコミュニケーションの難しさが格段に上がっていることから十分にあり得る。
ここは俺の身を以て気持ち悪くないと証明してあげるべきだろう。
つまりは物理的接触を経てからの感想。
自分の欲望を優先しているわけでは決してない。
「触ってみてもいいか?」
「も、もちろんミアは構いませんが……ちょっとだけ待ってください」
そう言って口元を隠しながら少し水を含み、飲み干すミア。
食事中であったために口内状況を気にしている様子。
別に何かが挟まっていたとしても気にしないのに。
むしろ抜き取って美味しくいただく心構え。
「あ、あー」
こちらに顔を伸ばし、両手を使って頰を引っ張り出来るだけ大きく口を開けようとするメイドさん。
なんだこの可愛い生き物は。
手で触るとは言ってないぜ、とそのままマウストゥマウスに臨みたい。
そんな気持ちをグッと抑えてひとまず手前の歯に触れてみる。
感触としては普通の歯と変わらない。
ただ形が鮫のそれに酷似しているだけあって、尖った部分に指を押し込めば容易に刺さりそうだ。
もう少し指を奥に入れて歯の裏側も触ってみると、生え変わるための歯がずらりと並んでいた。
種族名に鮫と入っているだけあってその辺りも似ているんだなと納得。
その後じっくりねっとり全ての歯を検分してから指を抜いた。
そして一拍おいてから彼女の目を見て言う。
「強くて綺麗な歯だ。気持ち悪いところなんて見当たらない」
これは説得力があるだろう。
ミアも安心してにっこり、サーリィもそんな彼女を見てほっこり。
その筈だったんだが、目の前にいる少女は目からポロポロと涙をこぼしていた。
「ど、どどうした!? 何か痛かったか!?」
「いえ……いえ……ありがとうございます。ミアは痛いところなんてありませんっ」
「じゃあどうした!? サーリィか、サーリィにも言わせればいいか? よしサーリィ同じ様に言ってみろ!」
「は、はいっ! ツヨクテキレイナハダァ、キモチワルイトコロナンテェ、ミアタラナイゼェ」
「あれ、お前俺のこと馬鹿にしてる?」
「そ、そそそんなことありませんっ! 真剣ですっ!」
予想以上に下手くそな物真似を披露したサーリィをとっちめようと身を乗り出す。
彼女がしっかりと心を込めないとミアが泣き止まないのだ。
しかし青いツノに手をかけようとしたところでメイドさんに横から掴まれた。
「違う、違うんです……ただルイン様は、ルイン様は記憶を無くされても変わらないんだと、ミアは安心しただけです」
ん、どう言うことだ?
記憶を無くしても変わらないってことは……さっきのセリフみたいなことをルインフェルト先輩も前に言っていたと。
それを今の俺が言ったから記憶が欠けても変わらないんですね、と。
「なんだそういうことか……」
「はい、お騒がせしてミアは申し訳ない気持ちでいっぱいですっ」
そう言った彼女の顔は晴れ晴れとしており、申し訳ないと言う割には少しの喜びも含んでいる様に見えた。
よく考えれば同じセリフを同じ様に言ったってことは、俺が彼女のことを忘れていたと認めた様なものじゃなかろうか。
実際には忘れていたも何も知らないんだが、彼女はそう受け取るに違いない。
だからこそ彼女は言ったのだろう。
「改めてルイン様、
少し遅れた自己紹介を。
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