第20話 悪役とメイド
状況を整理しよう。
視界はデカイ毛玉のせいで真っ白。
左腕は共に押し潰されたサーリィがガッチリホールド。
そして体に覆いかぶさるように乗っているメイドさん。
なるほど整理できた。
じゃあ三人で八時間コースでお願いします。
「ミアは……ミアは心配しておりました……ルイン様が討たれたとの報を聞いて、周囲にスレインや勇者が集まってるのを見て……ミアは心配しておりました!!」
ルインフェルト先輩の関係者と思われるメイドさん。
どうやら訃報を耳にしていたようだ。
顔にかかる毛玉を押しのけてちらり様子を伺うと、向こうも気づいたようでお腹に埋めていた顔をあげてこちらへと視線を向けた。
淡いブラウンの髪と涙で濡れた翡翠の瞳。
首元までの後ろ髪は綺麗に整っているが、もみくちゃになったせいか目に掛かる前髪や長めのサイドは少し乱れていた。
そして何より気になるのは心配と言うその口。
小さく整った口の奥に見える歯は、まるで鮫のようにギザギザとしていた。
「本当に……本当によくぞご無事で……ッ!!」
感ここに極まれりと涙を流し始めたメイドさん。
どうしたものか。
ルインフェルトであってルインフェルトではないこの現状。
元のルインフェルトは既に死んでいると言うべきか。
……とりあえず今すぐ伝える必要もないな。
先延ばしは悪だって言われてもそも悪役だから痛くも痒くもない。
「悪かったな心配させて」
栗色の髪を撫でてみる。
なんとも言えない女性特有のいい香りがした。
「いえ……いえ……ミアが心配性なだけです。ルイン様が勇者などに遅れを取るはずがありません!」
「そう、だな」
自分のことではないとは言え、心にグサリとくるものがある。
ミアちゃん、勇者ってめっちゃ強いんだぜ。
あとなんか綺麗な女の子をいっぱい連れてくるっていう姑息な手を使うんだ。
せこいよね。
エロいよね。
まあうちにはもうサーリィがいるからそんな手はもう通用しない。
「それでミア――」
「ああっ、申し訳ありません。ミアは重たいですよね。すぐに立ち上がります」
馬鹿な、八時間コースの約束はどこに行ったのか。
店長を呼んでくれ。
そしてミアの胸の当たり心地は最高だったと伝えてくれ。
おっきいおっぱいも好きです。
上に乗っていた心地よい体重がなくなり、少しの寒さを感じる。
彼女が立ち上がった以上そのまま寝転がっているわけにも行かないので立ち上がった。
しかし横にいたサーリィは地面に背を預けたままだ。
駄々っ子と言う奴だろう。
『嫌だ嫌だミアのおっぱいに埋もれるんだ!』と喚くサーリィの声が聞こえる。
いや聞こえないわ。
よく見れば目を開けたまま気絶していた。
「こちらはルイン様の奴隷ですか?」
「ああ、とりあえず詳しい話は中でしよう」
「ミアはもちろん了解します。では彼女はミアが運びますね」
ミアは事も無げにサーリィを持ち上げ、そのまま小脇に抱えた。
二人は同じぐらいの身長なだけに少しおかしな光景だ。
そしてサーリィを抱きかかえるチャンスを奪われて少し悲しい。
ともかく彼女の後を追って初めて自分の家へ足を踏み入れた。
■ ◆ ■
「記憶が、曖昧……ですか」
ラークアーゲン城の一室、ミアが言うには俺の自室と言う場所で話をしていた。
城内はミアが管理してくれているのか意外にも綺麗で、今向かい合って座っているソファもその間にあるテーブルも清潔に保たれている。
ちなみに座り方はこちら側のソファが俺一人、反対側にサーリィとミアだ。
これが悲しき男女差別というやつか。
「ああ、勇者と戦う以前のことがあまり思い出せない」
彼女達には自分が勇者との戦闘で記憶の大半を無くしたと説明した。
サーリィと違ってミアは以前のルインフェルトを知っている。
何の弁明もなしに見た目だけでルインフェルトを名乗るのは無理があるだろう。
「なるほど、それで私を買って色々と質問していたのですね」
「そうだな。あとは単純にお前があの中で一番優秀だったからだ」
「それは……その……ありが、とぅ、ございます」
少し照れたようにして顔を赤らめるサーリィ。
気持ちを誤魔化すように自分の悪魔らしい尻尾をいじっている。
あれは性感帯だったりしないんだろうか。
公然とした自慰行為に万歳。
「そういうわけで、もしかしたら以前の俺とは少し違った行動をとるかもしれないが、その辺は大目に見てくれ」
「それはもちろん、ミアは了解します。……ただひとつ、ミアはお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「その、記憶というのは……いえ、ミアはやっぱり何でもありません。気にしないでください」
「そうか? 答えられるかは別として、もし何かあったら遠慮せずに聞いてくれ」
「はい、ありがとうございます」
もしかしたら彼女は彼女自身のことを聞きたかったのかもしれない。
残っている記憶に彼女のことは入っているのかと。
ただ何となくその質問は誰も得をしないものだと察したのだろう。
礼を言う彼女の顔は少し寂しげに見えた。
ともかく、これで多少ルインフェルトらしからぬ行動をしても大丈夫だろう。
素っ裸で辺りを走り回ったとしても何ら疑問に思われないはずだ。
合言葉は『くっ、記憶が曖昧で』
「それでは一度城内をミアが案内しましょうか? ルイン様は何か思い出すかもしれませんし、こちらの彼女にも必要ではとミアは考えます」
「それは助かる」
「よろしくお願いしますっ」
ミアに連れられて我が家の中を歩く。
広い城内のほとんどは使われていなかったり崩れて使うことが出来なかったりと、意外と案内された場所は多くなかった。
食事室とその横にあるキッチン、浴場、寝室、書庫、地下倉庫、そして何に使うんだと言う謁見の間。
あとは名ばかりの客室にミアの部屋といった程度。
「そういえばミアさん、最初につけてたあの大きな毛玉は何だったんですか?」
無駄に長い廊下を歩いている時、サーリィがふと訪ねる。
確かにそれは気になっていた。
グッジョブサーリィ、エロいだけじゃないぞ。
「あれはミアの掃除道具です」
「そ、掃除道具?」
「あれを纏って転がるだけで掃除が出来ます。ミアは画期的だと確信していますっ」
グッと拳を握りしめて熱弁するミア。
薄緑の目からはキラキラとした星が飛び出ているようだった。
対してサーリィはどうコメントして良いか分からず、こちらに視線で助けを求めてきた。
そんな目をされたら助け舟を出さないわけにいかないじゃないか。
豪華客船ルインフェルト参ります。
「ミア――」
「ルイン様も絶賛してくれていましたっ」
「いややはり良い掃除法だな以前に絶賛したのも頷ける。サーリィは以前から俺が褒め称えている掃除法になんか文句があるのか? あ? ん? お?」
「ええぇぇぇっ!? も、もちろん私も素晴らしいと思います!」
「ありがとうございます、ミアは誇らしい気持ちでいっぱいですっ」
嬉しそうにギザ歯を見せて笑うミア。
危ないサーリィのハニートラップに引っかかって間違いを犯すところだった。
以前との矛盾はないに越したことはないからな。
突然の裏切りにあったサーリィには悪いが、あとで角を磨いてあげるから許してほしい。
そんなこともありつつ案内は終わり、俺は自室に戻ってきた。
ちなみに殺戮なんたらと思わしきものは城内に一つもなく、ルインフェルトを恐れた人たちが作った噂話だったのだろう。
さて、サーリィは話したいことがあるとのことでミアが連れて行き、現在絶賛一人。
見慣れないながらもなぜか落ち着く椅子に座り、少しこれからのことを考える。
まず、早急にこの城を離れなくちゃならない。
ルインフェルトが生きていると知れたら、ムキョウとか言うあの勇者が戻ってくる可能性がある。
能力が増えたとはいえ、まだ全くこの体を使いこなせていない現状。
迎え討てるとは思わないほうがいい。
ルインフェルト先輩との約束はまだしばらく待ってください。
ならどこへ行くか。
恐らく人族の国はどこもルインフェルトの悪評が付いて回るだろうし。
うーん。
サーリィがいたであろう魔族の国なんてのはありかも知れない。
逃亡ついでに彼女の両親に挨拶をしよう。
お義父さんお義母さん、娘さんは奴隷にして僕が頂きました。
解放して欲しくばお義母さんも僕にください。
魔族領も生きづらくなりそうだ。
色々と考えては見るけれど、結局はこの世界に疎いものの浅知恵。
あとでサーリィとミアにも意見を聞いて考えた方が有意義だな。
というわけで思考を放り投げる。
まだサーリィ達は戻ってこない。
アイテムボックスの整理でもしてようか。
黒い渦の中から目録を取り出し、以前確認した続きから物を取り出してみる。
出てきたのは銀色のブレスレット。
表面には枝分かれする木々のような模様が青く刻まれていた。
鑑定してみる。
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壊れたブレスレットの魔法道具
鑑定結果:壊れている
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とりあえず壊れてるということはわかった。
というかそれしか分からない。
なぜこんな物がアイテムボックスに入っているのか。
どこかから奪ってきた宝をそのまま全てアイテムボックスに突っ込んだりしてたのかも知れない。
とりあえずそれをしまって次のアイテムを取り出す。
次に出てきたのは何かのインゴットだった。
薄赤い色をしており大きさは両手にちょうど乗るほど。
同じように鑑定。
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ラクラウィット鉱石のインゴット
純度:80%
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聞いたこともない鉱石だ。
純度80%っていうのが良いのかも分からない。
少し触ったり叩いたりしてみる。
金属らしいひんやりとした手触りが気持ちいい。
そう言えば『その場凌ぎ』のスキルはまだ使ったことがなかったな。
最低限の素材を使用して、最低限の物を作成することができるらしきスキル。
素材としてちょうどいいかも知れない。
試しにさっき見たブレスレットを思い出してスキルを使ってみる
「その場凌ぎ」
手の中にあった鉱石が淡く光り、徐々にその形を変えていく。
輝きが収まった時には薄赤いブレスレットと、使われなかったインゴットの残りが。
ブレスレットには装飾などは付いておらず、本当に先ほどのインゴットを叩いて伸ばして腕に着けれるようにしました、と言った感じだ。
これが最低限か。
まあ加工の時間が削減されることを考えれば使えるスキル……だよな?
その後もインゴットをこねこねとしつつ、なんとかこのスキルで幼女が作れたりしないかと考えてみる。
しかし完成する『最低限の幼女』の最低限と言うのが難しい。
幼女の最低限とは何か、幼くて女の子であればそれだけで最高に幼女じゃないか。
なんという難題。
なんという矛盾。
そんな終わりなくくだらない思考は扉を叩く音によって終わりを迎えた。
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