第19話 悪役と再会
昼過ぎに街ウェルルックを出発し、現在は一夜を越した次日の昼前。
おおよそ予想通りの時間でラークアーゲン城までたどり着くことができた。
とは言ってもまだ城の中には入っておらず、近くの木陰で古城の様子を伺っている状態だ。
理由はもちろんもう一つの予想も当たったから。
つまりは城への侵入を目論む者たちの存在。
しかし彼らも未だ侵入を果たせておらず、恐らくルインフェルト先輩が張ったであろう魔法?の障壁に阻まれているようだ。
「ああっ、なんったる幸運! 君達の幸運を、僥倖を、幸福を、羨まずにはいられないとも! 何故ならここに僕がいるっ! つまりは幸だとも! さあさあ障壁を破ってくれたまへ。僕から激励を送ろうじゃないか! ああ、なんたる幸運!」
「うるせえぞ勇者! お前も喋ってばっかりいないで破壊を少しは手伝え!!」
「ふふっ、なんたる幸運。スレイヤーごときが幸運の勇者である僕に指図をしたのだから。だが答えはペケだ! 私の幸運なる仲間が手伝っているのだぞ、これ以上の幸運はその身に悪かろう」
「あぁ? 何わけのわからないことを言って――」
「放っておけって、勇者なんてわけのわからないやつばっかりだろうが」
「チッ!」
なんて言い争いをしており、こいつらが複数のグループに別れているのがなんとなくわかる。
と言うか見た目からしても一目瞭然。
幸運の勇者と名乗っていた男は過度なほどに煌びやかな装備を着ていて、その仲間だと思われる五人も彼ほどではなくとも豪華と評される物を身につけている。
一人を除いて。
反対にスレイヤーと思われる奴らの装備はまちまちで、三十人程いるが良さそうな長剣を持っている者もいれば、その辺で拾ってきたのかと思うような木の杖を使っている者もいる。
ちなみにスレイヤーというのは魔物や犯罪者を狩る者、そしてスレイヤーの固定チームがスレインだとサーリィ談。
詳しいことについてはよく知らないそうだ。
まあスレイヤーが傭兵で、そのギルド、クランに当たるのがスレインだと思っている。
さて、ここで一つだけ想定外のことが。
「アミリ=ミリルか」
立ち位置的に勇者パーティであろう中、唯一華美とは言えない装備を纏った紫髮の少女。
街へ侵入した時にしっかりと踏みつけたあの少女だ。
「お知り合い、ですか?」
「そんなところだ」
お互いに踏みつけ踏みつけられた関係、つまりは爛れた関係と言っていいだろう。
10メートルドロップキックから始まる恋愛。
そういうアダルティックな世界もあるんだよとサーリィには寝所で教えてあげたい。
「ど、どうされますか? 皆殺しですかっ?」
「まあここで待ってろ」
どうにもサーリィの中で皆殺しがブームなようだ。
一体誰の影響を受けているというのか。
そんな物騒な彼女を木陰に残し、特に隠れることもせず今尚障壁を破壊すべく魔法やらを放っている者達へと近く。
「おや、また一人幸運者が来たようだね! ああ、やはり幸とは光り輝くもの! 人が群がるのも仕方ないことだとも!」
「けっ、これでまた競争率が上がる。その身なり、勇者じゃねえだろ。どこのスレインだ? 一人か?」
俺はいつも通り灰色のフード付きコートを着ている。
確かに勇者が煌びやかな者だとされているなら、この怪しさ満点の格好でそれだとは思われないだろう。
俺はかけられた問いに答えることなく足を進める。
その途中でアミリ=ミリルがこちらに気づき、ピシリと固まるのが見えた。
「おい、聞こえてんのか? そこで止まれ!」
こちらに一番近いスレイヤーの男が立ちふさがり持っていた斧槍の切っ先をこちらへと向ける。
その筋骨隆々とした男の後ろにいたお仲間も警戒を露わにし、障壁を削る手を止めた。
「…………」
「それ以上近づけば容赦はしない。所属スレインと名前を名乗れ」
向けられた切っ先は眼前にあり、このまま歩を進めれば突き刺さる。
だからこそ俺は止まるしかない。
この男は、いや彼らはそう考えただろう。
でも。
「まだそこじゃあない」
「なに?」
俺はさらに一歩踏み出す。
それによって男が槍斧を引くわけもなく、ズプリと穂先が頭に埋まった。
だがそれでも俺は歩を止めない。
「な、何を!? どうなってる!? おま、頭が……ひぃッ!!」
武器を引こうとした男の手をがっしりと掴み、逃げを許さない。
2メートル程もあった斧槍は既に半ば以上まで突き刺さり、異様な光景を映し出していた。
見ている者からすればなぜ死なないのか、不思議で仕方ないだろう。
だが斧槍を持っている男の疑問はそれだけではない。
なぜこんなにも手応えがないのか、と彼は思っているだろう。
しょうがない、スキルが上手く使えて気分がいいし、優しい俺が教えてあげよう。
持ち手ギリギリまで飲み込み、恐怖する男の顔を見上げて口を開く。
「ここがお前の間合いだよ」
「へ?」
ズプリ、と間抜けを晒す男の心臓に短剣を突き刺す。
男は一度自分の胸を見た後、血を吐いてその場に倒れた。
俺はその血を避け、一歩後ろへと下がる。
美女の血なら喜んで被るがおっさんのは遠慮。
「い、いやああああッ!?」
「な、何をしやがるテメェ!? 誰か、回復を!!」
男の死を受けて叫びをあげる女スレイヤーは崩れるように地面へとへたり込んだ。
目に入るのは水色の布。
『そのチョイスは今日が晴れた青空であることと関係してますか?』という盛大なセクハラがしたい。
しかしサーリィにセクハラをする上司だと思われるわけにはいかないので、真っ当に生きる。
「何をするってのはこっちのセリフだ」
「はぁ!? どう見てもお前が一方的に――」
「それじゃない、そうじゃない。俺が言いたいのは――」
被っていたフードを脱ぐ。
ここまで大勢の前で顔を晒すのは初じゃなかろうか。
「――俺の家に向かって何しやがるって事だよ」
瞬間、皆が息を飲むのが伝わってきた。
目を見開き固まる者。
失禁する者。
脱兎のごとく逃げ出す者。
反応は様々だが全てにおいて根源となる感情は恐怖だった。
「ルイン……フェルトッ!? し、ししし死んだはずじゃ!?」
「どうでもいいだろうそんなことは。それよりも俺の、家に、大勢で、押しかけてきた理由を聞こうか?」
ニコリと笑って辺りを一度見渡す。
やっぱりルインフェルト先輩の目標は達成されてるんじゃないだろうか。
だって顔を見せただけでこれだもの。
さっきの水色ガールもその一部を黄色に染めてるし。
あの辺の地面をくり抜いてあとで城に持って帰ろう。
「くっ、勇者! 撤退を手伝ってくれ!!」
「勇者ならとっくに逃げてったぞ」
「はぁ!?」
スレイヤーの男が驚きとともに後ろを振り返るが、そこに先ほどまでいた勇者の姿はない。
よく耳を済ませば遠くの方から『ああっ、なんたる不運! そこは不運だとも! 何故ならそこに僕はいない! 私にはわからないことだが、不幸というものを悲しく思うさあぁぁぁ』と言った声が聞こえた。
勇者達を捕まえて殺すこともできる。
でも今回はこれを以てアミリ=ミリルへの詫びとしよう。
それに元々全滅させるつもりはない。
「よしじゃあ半分殺そう!」
「ま、待ってくれ! 取引がしたい! 俺たちはスレイン『青駆の奏者』から来てる! その影響力は、へへっ、わかるだろ? だから俺たちを見逃してくれればこの場所に二度と人が来ないよう取り計らう!! わ、悪い取引じゃないだろ?」
「うーん、却下」
「まっ――」
「半分って言ったら半分だ」
縋ろうとしてきたなんとかの奏者のスレイヤーを縦に真っ二つにする。
そもそもルインフェルトが生きていると知れればここに賊なんてやってくるわけがない。
取引が通じる相手だと思われて次から次へと挙手されても困るしな。
元々のルインフェルト先輩との乖離がありすぎても問題だ。
ここは平等に半分といこう。
スキルや魔法の練習台も欲しかったし。
よし、じゃあサーリィを待たせ過ぎない程度に頑張ろう。
■ ◆ ■
「お、おおおおつおつお疲れ様でしたっ! す、すごくべべんべべ勉強になりまして、わたわたしもこれからぎゃ、虐殺をしてこようと思いますっ」
「お、おう……それは良かったな。でも虐殺はまた今度にして城に入ろう」
「へいっ」
江戸っ子か。
久々のバイブレーションモードサーリィ。
先程の戦闘を見て完全に怯えている。
歩きながら口々に「ギャ、ギャクサツスキダナー!」とか「ヒ、ヒトコロシタイナー!」とか言っているのは必死の同類アピールだろうか。
彼女の中の俺のイメージがよくわかる。
まあ面白いし可愛いから止めはしないけど。
先ほどまで多くいた人々はおらず、今はサーリィと二人きり。
今頃見逃した奴らは頑張ってそれぞれの街を目指しているだろう。
ルインフェルトここにアリと知らせてくれればあとはどうなっても構わない。
それよりも城だ。
勇者やスレイヤーを足止めしていた障壁に触れてみる。
ひんやりしてて気持ちいい。
向こう側も見えてるし薄氷みたいだ。
それでいて氷山みたいな重さがある。
「こ、氷の障壁、ですか」
「ああ」
少し落ち着きを取り戻したのか、サーリィがペタペタと障壁を触っている。
見たところ俺以外が触れたとしても特に害はないようだ。
サーリィの手がエロいなということ以外に思うところはない。
「よし入るぞ、手を」
「は、はいっ」
片方で彼女の手を握り、もう片方で障壁に触れる。
最初に触れた時からなんとなく自分は入れるだろうとは感じていた。
これも身体の記憶ってやつだろうか。
すべすべとした手を堪能しつつ、障壁の中へと入った。
「……殺戮狂犬ギャラルドッグの声がしませんね、寝てるのでしょうか?」
「そ、そうかもな」
何故サーリィは毎度フルネームで呼ぶのか。
実は気に入ってるんじゃなかろうか。
殺戮狂犬ギャラルドッグ。
まあ、出てこないならそれに越したことはない。
少し汗ばんできたサーリィの手をギュッと握り歩を進める。
ラークアーゲン城。
ルインフェルト先輩が住んでいた場所。
かつてはどこかの王が住んでいたと言われても疑わない立派な城だとは思う。
西洋を思わせる天突く棟がいくつかあり、攫ったお姫様とかを幽閉できそうだ。
ただ一つ言うならば、老朽がいくつも見える。
壁にツタは絡みついているし、何なら崩れている場所まで。
あんまり住み心地はよくなさそう。
そんなことを思いつつ玄関前に到着。
しかし
――ゴトンガタガタガタガタゴトゴロゴロゴトン!
なんかすごい音が聞こえる。
「ル、ルインフェルト様これは殺戮機械人形の音ですか!? それとも殺戮罠の音ですか!? だ、だだっだだ大丈夫なんでしょうか!?」
「大丈夫だ心配ない安心してくれ。って言ってくれ」
「私がですかっ!?」
驚きながらもブツブツと『ダイジョウブダシンパイナイアンシンシテクレ』と唱え始めたサーリィ。
大丈夫ですよねルインフェルト先輩?
殺戮機械人形とか、殺戮罠とか。
魂が違っても外側が同じなら主人とみなしてくれますよね?
主人には殺戮しないですよね?
段々と音が近づいてくる。
俺もサーリィと一緒に唱えたほうがいいだろうか。
ダイジョウブダシンパイナイアンシンシテクレ。
彼女に抱えられた左腕だけが今は世界で一番幸福です。
そしてついに。
バンッ!と大きな音と共に玄関が開いた。
「ひっ!?」
小さく悲鳴をあげるサーリィ。
彼女の、そして俺の見たものは。
白い玉だった。
巨大な白い玉が両開きのドアにぎっちりと詰まっている。
ところどころに汚れをつけたソレはなんとか扉から出ようともがいていた。
そしてスポンッと言う効果音が似合いそうな脱出と共に一度目の前でバウンドし、頭上へと跳び上がる。
そして幾度か回転した後、まるで宝箱が開くかのようにパカりと割れた。
中から現れたのはメイド。
「ルイン様ッ!!」
半分に割れた玉を背負ったメイドに、俺とサーリィはそのまま押しつぶされた。
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